手の位置に困るとき(岩渕想太)
『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』や『VIVA LA ROCK』といった大型音楽フェスに出演、人気バンドが多数集結する『パナフェス』の主催もするロックバンド・Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)のボーカル岩渕想太が、世の中の違和感を覚えた事象に、過去の経験から独自の視点で思考を巡らせるコラム連載「岩観(いわかん)」。今回は、何もしていないときの手をどうしたらいいかについて考える。
やることがないときの手はどうするべきか
基本的にポケットに手を突っ込んで歩くのが常だから、稀にポケットのない服を着ると手をどこに置いたらいいかわからなくなる。足に合わせて前後に揺らすとウォーキングしているおばちゃんのようだし、うしろに組むと美術館の引率に来た先生のようだ。あまりにプラプラさせているのもおかしいし、かといって荷物を持って歩くのも好きじゃない。
最たるものが、写真撮影のときだと思う。職業柄、写真を撮られることが多いが、手の位置は毎回頭を悩ませるポイントだ。何かしらいつも使うハンドサインのようなものがあればいいのだが、海外のラッパーのようなカッコいいものは特に持っていない。あまりに所在なさげにしているのも変なので、最近は全力でピースサインをしたり、指ハートを作ったりする。思うにピースサインってのは、こういう思考に陥った、どこかの国の少年が所在なさげな手を解放させるために編み出した写真撮影用のポーズなんじゃなかろうか。
同じように困るものに、目のやり場というものもある。たとえば、電車に座っていて、スマホの充電が切れていて、読む本も持っていないとき。ふと前をみると、同じように何もしていない人と目が合う。やたら目を合わせつづけるのも気味が悪いので、慌てて車内広告を真剣に読み耽る人のフリをする。もしくは、その人越しの窓に映る車窓にピントをズラす。
定食屋で注文したごはんをひとり待っているとき、スマホがない時代、この時間を人々はどう過ごしていたんだろうと考える。ポカンと空いた時間、手持ち無沙汰だ。昔ながらの定食屋、あたりを見渡すと、今は読まれる機会が少なくなってしまったであろうマンガ本の棚が寂しそうに立っている。昔この店を訪れた客も、手持ち無沙汰もなんだしマンガでも読むかという思考に至ったのだろうか。
昔、オードリー若林(正恭)さんが何かの番組で言っていた。楽屋では誰にも話しかけられたくないから、大して興味もないドリンクのラベルを読み込んでいる、と。ドリンクのラベルを読み込んでいる間、人は「ドリンクのラベルを読み込んでいる人」になれる。何かをしている人になるってのは、とても重要なことだ。私にとっての、ピースサインや、車窓を眺めること、カツ丼を待ちながらスマホをいじることと同じく、体を楽にしてくれる。
手持ち無沙汰なことを日本語では、「所在なさげ」というけれど、文字どおり何もしていない人には所在がない、居場所がないんじゃないだろうか。
夜に手ぶらで街を散歩していて、パトロール中の警察の人とすれ違うとき、何もしてないのになんだかバツが悪い。慌てて、スマホを取り出して用事がある人のフリをするのも癪なので、私は純然な散歩をしているのだ、何もしていなくて何が悪い、という顔をしながらすれ違う。これは私なりの抵抗なんだけど、友達に話してもあまり理解されない。所在ないものに、所在を作りたい。
中学のころ、授業で学んだ面接のときの手の置き場所。あれも、プラプラしている手を閉じ込める牢獄のように思えてくる。そもそも、男女によって手の場所が変わるなんておかしい。子供のころの体育座りで膝をぎゅっと抱き締めさせられたことも、なんだか無性に腹が立ってきた。手、手、手の位置。碇ゲンドウが司令室でずっと手を組んでいるのも、することがなくて、手の位置に困ってるからなんじゃないだろうか。
ケンカの仲裁に入るときに「手を出すな」と言うように、反対に「手を出さない」というのは攻撃的じゃないということだ。女の子にちょっかいをかけないみたいな意味でもあるけれど。それくらい手って何もしてないと、何かしそうなんだろうなと思う。自分の手をパッと眺める。確かに、自分のじゃなかったら怖いかも。
あれこれ悩んで、ポケットに入れてないときは、手を思いっきりプラプラさせることにした。私はプラプラしている手の権利を守りたい。同じように、プラプラさせてる人と出くわしたらニコッと微笑みかけるのだ。
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