【ラップと漫才の時代】押韻は死ぬまで止まぬ。タイムマシーン3号/ナイツ/ハライチ/ZORN

押韻は死ぬまで止まぬ。ZORN/ナイツ/ハライチ/タイムマシーン3号【連載:扇動する声帯──ラップと漫才の時代】

文=つやちゃん 編集=小林 翔


新たな角度と言葉からラップミュージックに迫る文筆家・つやちゃんによる、ラップと漫才というふたつの口語芸能のクロスポイントの探求。『クイック・ジャパン』と『QJWeb』による合同連載「扇動する声帯──ラップと漫才の時代」Chapter5。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.162に掲載の連載記事を再構成し転載したものです。


Chapter5「押韻は死ぬまで止まぬ」

国産の昆布ダシ/奥さんも文句なし/評判を呼ぶ歌詞/冗談も上手だし/ようは超DopeなShit/コンサート即満員/でも日曜は動物園で/ゾウさんと撮る写真

(AKLO「カマすor Die feat.ZORN」)

日本語ラップ史に刻まれるべき<見事な韻を集めた辞書>というものが仮にあったとするならば、うち数十頁を埋め尽くしてしまうのはやはりZORNのライムであり、異常なほどの緻密さと大胆さゆえにその頁は多大な編纂の苦労が生じてしまうに違いない。

中でも「カマすor Die」のリリックは極めてオリジナリティ高いパンチラインで、<夫/父>と<ラッパー>という決して噓のない自身の日常を見事な押韻を仕掛けることによって描写していくスキルには舌を巻く。同時に、このラインでさらに見事なのは、ZORNならではの滑らかなライムのズラしが行われている点である。

「ダシ」「なし」「歌詞」「だし」「Shit」と「──si」で踏まれた韻が徐々に積み重なっていくと同時に突然「満員」「写真」が挿入されることで固い韻がわずかに耕され、「コンサート/ゾウさんと」という遠い情景と重なった結果、聴く者の視界が鮮やかに広がっていく。ライムと情景描写の両者によるオーバーラップこそが、パンチラインの条件だ。

漫才の押韻とズラし──ナイツとハライチ

近年の漫才においても、押韻に近い言葉遊びはいくつかのコンビによって導入されてきた。いわゆる“言い間違い漫才”で注目を集めたのはナイツである。たとえば2010年の『M-1グランプリ』では、<浅田真央と小林麻央><イナバウアーとジャック・バウアー><ヤワラちゃんと笑笑ちゃん>といった言い間違いが披露されたのちに、<ほしのあきと今年の秋><白鵬と吐くほう>といった例へと展開していく。

指摘すべきは、<ほしのあきと今年の秋>というトリッキーな組み合わせが押韻のマンネリを打破している点だろう。韻を繰り出し重量を重ねていくというのは、型が倦怠化していく恐怖と紙一重である。ゆえに、優れた漫才にはブレイクスルーするための意表を突くズラしこそが必要なのだ。

さらに興味深い事例として、ハライチの表現に注目したい。同じイントネーションで微妙に言葉を調整しリズムを生んでいく彼らの話芸だが、それら作品にも状況を打開し笑いを爆発させていくための<滑らかなライムのズラし>が試されている。

たとえば2010年の『M-1グランプリ』では、<ベテランの刑事><インテリの刑事><スケバンの刑事>と続き、<ニコラスのケイジ>からやや軌道を変えたのちに<ぬかみそのケーキ><笹かまのブーム>……と自由な暴走を目指しアクセルが踏まれていく。韻をズラすことで、笑いの軌道も予想しない方向へと向かうのである。


肥満し続ける言葉

しかし、2015年の『M-1グランプリ』ではさらに感嘆せざるを得ない出来事が起こったのだ。タイムマシーン3号の<言葉を太らせる/痩せさせる>というテーマの漫才が、それまでの言葉遊びの水準を一歩も二歩も進めてしまったのである。

彼らは、漫才での押韻に<キャラクター設定>という新たな視座を導入した。ボケ担当の関太の身体的特長に合わせて、押韻を果たしながら“なんでもないワード”を“肥満を想起させるような笑いの言葉”へと変形させていく──たとえば「漫才」を「ぜんざい」といった具合いに──芸当は、徐々にエスカレートしながら暴走の様相を呈していく。<お客さん>は<具だくさん>へ、<天空の城ラピュタ>は<天丼のふた舐めた>へ、<コクリコ坂から>は<ぼく肉焼くから>へ、<千と千尋の神隠し>は<今度ブクロで肉まくし>へ。

その後は攻守が交代し、太らせるのではなく逆に痩せさせるほうへと流れを転回していくのだが、そこでは<デミグラスのスパゲッティ>が<借りぐらしのアリエッティ>に、<平成狸合戦ぽんぽこ>が<偶然カルビ発見取っとこ>になり、最終的には<バスガス爆発>が<パクパクパクパク>になるやけくその押韻を経た上で、再度の<平成狸合戦ぽんぽこ>を<強制断食合宿四泊>で受けるラッパー顔負けの鋭利なライム劇を完遂する。

これら怒涛のフレーズに、私たちは確かなヒップホップ性を見出すことができるだろう。タイムマシーン3号の本作品は、基本的には脚韻に注力しつつ一部で頭韻も絡めながら、全体としてはかなり強引な踏み方で押し切っている。

むしろイントネーションの丁寧な統一に徹することでライミングが果たされている(ように聴こえる)点にラッパーとしての才覚を見ることもできるが、やはり特筆すべきは、本作で導入された「太らせる」という設定そのものであろう。字数を合わせできるだけ押韻に努めながらも、実はここではいかに肥満を克明に連想させることが言えるかが快感を呼ぶ。

つまり、押韻というルールに“太らせる”というもうひとつのルールを付加すること──ラップにおける有限性を一段と推し進めること──で感動が増していくのだ。その形式は、ヒップホップカルチャーとラッパーそれ自体との絡み合いによって生まれる演者のキャラクター=有限性がラップをさらに魅力的にしていく姿に近しい。キャラクター性をいかになぞるか/あるいは裏切るかというチューニングによってラップのストーリーは発動する。漫才もラップも、それら有限性が新たな物語を発動させるのである。

通常、漫才において「デブキャラ」「ブサイクキャラ」のような紋切り型のキャラづけは陳腐でスベりがちである。しかしさらに指摘するならば、タイムマシーン3号は肥満を<静的な状態>ではなく「肥満をどんどん太らせていく」という<止まらない運動>によって提示した点で、途方もなく素晴らしかったと言わざるを得ない。

ここにも、ヒップホップ性を観察することができる。なぜなら、ラッパーは動的に変化し続ける者であり、その運動性がリリック/ライムと絡み合うことで臨場感が生まれるからである。「自分はブス」という現状をただただ提示する漫才はつまらないし、「俺はお金持ち」とただ誇示するだけのラッパーも陳腐でつまらない。「稼ぎ続ける」あるいは「これからも稼ぐ」という動的な運動こそが、これらアートの魅力が存分に発揮される条件なのだ。

そして、タイムマシーン3号の止まらない運動性は、ZORNのラップにも見い出すことができる。

一度きりの人生1秒1秒死へ/日常に忍び音霧も切り通して/未知の道を行け/生きろ嬉々として/日々の意味を知れ/木々の幹の威厳/ミリの塵の人間/明日のことなんてsiriも知りもしねぇ

(ZORN「かんおけ」)

細かく刻まれる高速のライムはスピードに乗って走り続け、それら勢いは「かんおけ」を目指し止まる素振りを見せることはない。ZORNのラップは、刻一刻と死へ向かう。タイムマシーン3号の漫才をもう一度引用しよう。<パクパクパクパク>とやけくその押韻で太り続けた彼は、最後<強制断食合宿四泊>で死を迫られるのだ。運動し続ける韻は、ラッパーと漫才師を死へと誘いながら、止まることなくこの瞬間も言葉を重ねている。


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    『クイック・ジャパン』vol.162

    発売日:8月26日(金)より順次
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    サイズ:A5/168ページ

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つやちゃん

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やWEBメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。 2022年1月に、初の単著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)を上梓。

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