『とらすの子』芦花公園:PR

怖いのは人間か、怪異か──多ジャンルを横断するおぞましくて美しいホラー小説『とらすの子』

2022.8.5
怖いのは人間か、怪異か──多ジャンルを横断するおぞましくて美しいホラー小説『とらすの子』

文=折田侑駿 編集=森田真規


7月29日に刊行されたホラー小説『とらすの子』が、今、じわじわと話題を呼んでいる。著者は、WEB小説サイトへの投稿をきっかけに昨年春『ほねがらみ』でデビューし、『異端の祝祭』や『漆黒の慕情』などのホラー小説を手がけている注目の作家、芦花公園。

発行元の出版社・東京創元社が得意とするミステリー、SF、ファンタジーなどさまざまなジャンルを横断しつつ、凛とした、上質なホラー映画を観たあとのような読後感がある──「今夏最注目のホラー小説」という宣伝文句に偽りのない、“恐怖”だけでは片づけられない本作の多層的な魅力を紹介する。

「集団」と「個人」の関係を描いたおぞましきホラー小説

この世には、どうにも理解し難い集団というものが存在する。

そこに集まる人々は何かしらの共通点を持っていて、それが仲間意識につながっている。たとえば、社会から拒絶されているのだという自意識を各人が持っていたり、集まりの中心には信仰すべき対象がいたり。いや、これらは“仲間意識のようなもの”として集団に個人を縛りつけているだけ、ともいえるかもしれない。

しかし、それはあくまでも外側にいる、まったくの部外者から見た印象に過ぎないものだ。じゃあその実態は、果たしてどんなものなのだろう?

作家・芦花公園による新作『とらすの子』は恐るべき怪異を扱いながら、そんな「集団」と「個人」の関係をも描いたおぞましきホラー小説だ。

東京都内にて無差別連続殺人事件が発生しているところから物語は始まる。墨田区押上、世田谷区上祖師谷・玉川、港区赤坂・芝大門・海岸、中央区銀座・勝どき、狛江市などにて凄惨な殺人事件が頻発しており、被害者は同様の手口で殺害されているため、同一犯による犯行だと考えられているらしい。

いずれも遺体はひどく損壊されているという。人間の仕業だとは思えないほどに──。

この一連の事件に関係していると見られる少女をSNSで発見したオカルト雑誌のライター・坂本美羽は、少女との接触を試みる。とはいえ坂本は半信半疑(というより、この少女のことを内心バカにしている)。それは彼女のもともとのメンタリティでもあるが、何より少女の話があまりにもバカげているからだ。聞けば少女は「とらすの会」という集まりの一員で、ここは「マレ様」という名の超常的な力を持った者を中心とした、社会生活に疲れた人々の憩いの場であるらしい。

ここに集まる者たちには共通点がふたつある。ひとつは、殺したいほど憎んでいる人間がいること。もうひとつは、「マレ様」を崇めているということ。

「とらすの会」と「マレ様」について怯えながら話し終えた少女は、やがて錯乱状態に陥り、一瞬にして姿を消す。坂本の前から、ではない。そう、“この世から”だ。人間業とは思えない有様で……。

ひと口に「ホラー」などとは語れない読後感

小説投稿サイト「カクヨム」で公開していた「ほねがらみ──某所怪談レポート」が大きな注目を浴び、同作を改稿した『ほねがらみ』で本格的な作家デビューを果たした芦花公園。このデビューが2021年の春のことだから、2022年の夏において、まさに新進気鋭、非常にフレッシュな作家だということになる。

『ほねがらみ』芦花公園/幻冬舎/2021年
『ほねがらみ』芦花公園/幻冬舎/2021年

しかも、2021年5月に『異端の祝祭』を、今年の2月には『漆黒の慕情』を刊行。短いスパンで立てつづけに新作を発表している事実は、この作家の中にある激しい創作意欲を示しているのと同時に、デビューするまでに蓄積されてきたアイデアの豊かさを物語っているだろう。

『漆黒の慕情』芦花公園/角川ホラー文庫/2022年
『漆黒の慕情』芦花公園/KADOKAWA/2022年

新作である『とらすの子』でもそれは顕著だ。版元の東京創元社は、ミステリー、SF、ファンタジー、ホラーなどの専門出版社。今作はこれらのジャンルを横断しつつ、というよりも、まるで高速の反復横跳びでもするように、ホラーを主軸としながらミステリアスでファンタジックな物語が展開する。

とはいえ、それは単にさまざまな要素(=ジャンル)をごった煮しただけのようなものではない。各要素が有機的に作用し合い、化学反応を起こし、とことんまで煮詰められている。その読後感たるや、ひと口に「ホラー」などとは語れないものがあるのだ。

怖いのは人間か、怪異か

“この世には、どうにも理解し難い集団というものが存在する。”──と冒頭に記した。これまでの先行するさまざまな映画や文学作品にも、ある特定の者を排除し、またある者を魅了してやまないコミュニティが登場してきたが、「とらすの会」とはまさにそれである。

いち読者でしかない私たちの立場はこの集団の外側にあり、その秘密に触れるキャラクターたちを通してしかその実態を知ることは叶わない。ここに集まる者たちは互いに優しさを持って接し合っているようだが、それぞれに深い憎しみを抱えて生きている。その憎しみをあらわにさせたときの人々の様子は、ちょっと異常だ。

こんなことを書いていると、「結局、一番怖いのは人間の心である」などと思われてしまうかもしれない。確かにそれは間違っていない。人間の心とはその当人でさえ完全に理解することが困難なものであり、時にそれは他者にとって理解を遥かに超えたものであることもある。そこに、恐怖という感情は生まれるものだ。

『とらすの子』はこれらの事実をも内包した物語を描いているが、その中心には私たちの理解を超えた、説明のつかない、とても太刀打ちできはしない、ただ恐れ慄くしかない、怪異が存在する。あくまでも登場人物たちは、これを前に右往左往しているに過ぎないのだ。

「とらすの会」と「マレ様」

ネタバレにならない範囲で少しだけ「マレ様」に触れてみよう(「maresama」とキーボードを叩くのにも息が詰まる……)。

ライターの坂本が出会った少女曰く、「とらすの会」の人々は誰もが優しく、とても居心地がよかったらしい。ここにやってくるのは、ひどいイジメに苦しんでいた彼女と似た境遇にあるような人々。傷ついた者たち同士による癒やしの場だったようだ。“だった”と過去形で記したのは、もう彼女が「とらすの会」へと足を運ぶのをやめ、消えてしまったから。

「マレ様」は少女の悩みを聞いて、ぎゅっと抱き締め、「もう大丈夫ですよ」と口にしたのだという。そしてその翌日、彼女の同級生が死んだらしい。彼女の悩みの種となっていた人間だ。恐らく少女はその同級生のことを殺したいほど憎んでいたのだろう。自分の人生のかけがえのない時間を奪った人間なのだ。しかし彼女は、それを行動に移すところまでは堕ちていなかった。加害者(のちに連続無差別殺人事件の被害者となった)の名前を少女が「マレ様」の前で口にし、翌日にその同級生が死んだだけ。けれどもこんな偶然はあるはずがない。

「とらすの会」には“会議”と呼ばれる日があるらしい。誰かが自分にとって許せない人間の名を「マレ様」に訴える日だ。ひとりの者が特定の人間に対する恨みつらみを感情的に大声で叫ぶと、まわりの者たちも口汚い言葉でその対象を罵る。美しく微笑んでいるだけの「マレ様」を囲むようにして、先ほどまで優しかった人々が「死ね」「殺せ」などと叫ぶ光景は、少女にとって異常なものだったという。確かに、想像しただけでも異様である。

そうしてその翌日、憎しみの対象であった人物が連続無差別殺人事件の被害者として、ニュースでその名を読み上げられることになるらしい。つまり「とらすの会」には、「マレ様」には、悪魔的な所業を可能とする力があるわけである。

三者三様の視点を介して「マレ様」に接近

本書の目次は以下のようになっている。

・坂本美羽①
・川島希彦①
・坂本美羽②
・川島希彦②
・白石 瞳①
・川島希彦③
・白石 瞳②
・白石 瞳③

これを見れば、3人のキャラクターの視点を往還しつつ物語が進行していく構成になっていることがわかるだろう。各キャラクターの三者三様の視点を介して、読者は「とらすの会」や「マレ様」の実態に接近していくことになる。

坂本美羽はライターであり、川島希彦はただの中学生。白石瞳は正義感の強い警察官だ。この者たちの共通点を挙げるならば、やはり「とらすの会」に集う人々と同じように満たされた存在ではないということである。

恐らくこの登場人物たちに多くの読者が自分自身を重ね合わせるのではないかと思う。もちろん、すべてではない。弱さであったり脆さであったり、ただ一部でも自分に似ている部分を見つければ、一気に物語に引き込まれ、のめり込むことになるだろう。他人事を自分事として受け止めざるを得ない。人間の共感とはそういうものだ。そんな者たちが憎しみの感情を持つことを、私たちの誰が責められるだろうか。

「一番許せない人は誰ですか?」

読み進めていくうちに、そう問う「マレ様」の声が聞こえてくる。あなたならなんと答えるか。

とにかくまずは本書を開いて、「とらすの会」の門を叩いてほしいものである。そのあとのことは保障できないが……。

『とらすの子』

とらすの子_帯

著者:芦花公園
発売日:2022年7月29日
定価:1,760円(税込)
判型:四六判並製
ページ数:308ページ

<内容紹介>
「とらすの会」の人はみな優しくて、居心地がよかったんです。なかでもマレ様なんて嘘みたいにきれいで、悩みを聞いてぎゅって抱きしめてくれました。でも“会議”では、誰かが「許せない人」への恨みをマレ様に訴えて、まわりの人たちも口々に煽って……翌日、その「許せない人」は死体で見つかるんです。それが怖くて行かなくなったら、裏切者って責められて……。時間がないです、私、殺されます──。
錯乱状態に陥った少女は、オカルト雑誌のライター・美羽の眼前で突然、爆発するように血肉を散らして死んだ。スクープを狙った美羽は「とらすの会」を訪ねるが、マレ様に出会ったことで、想像を絶する奈落へと突き落とされる──。
『ほねがらみ』『異端の祝祭』がSNSで話題を攫ったホラー界の新星が描く、美しい異常。

東京創元社の本


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折田侑駿

(おりた・ゆうしゅん)文筆家。1990年生まれ。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、文学、服飾、酒場など。映画の劇場パンフレットなどに多数寄稿。映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを務めている。

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