今、最注目の若手監督の最新作!毎日を“生き直す”ふたりの恋愛ストーリー

2020.2.6
映画_静かな雨_メイン

文=森 直人 編集=森田真規


モスクワ国際映画祭でふたつの賞を獲得した『四月の永い夢』が2018年に、松本穂香を主演に迎えた『わたしは光をにぎっている』が2019年に公開され、今、最も注目の気鋭監督と言っても過言ではない中川龍太郎。1月の終わりに30歳になったばかりの彼の最新作『静かな雨』が2月7日に公開される。

映画初出演にして初主演の元乃木坂46の衛藤美彩が1日しか記憶を保てないたいやき屋店主を演じ、注目作に続々と出演中の若手実力派・仲野太賀が彼女を支える青年に扮する。ティーンムービーのようなキラキラとした恋愛映画ではないけれど、この映画には普遍的で豊かな“世界”が紡がれている。鑑賞後、空気の澄んだ冬の日を散歩したくなるような映画です。


30歳の気鋭監督・中川龍太郎、初の原作映画で紡いだ豊かな世界像

風景があって、人間がいる。悠久の地球、あるいは自然の中に切り開いてきた街があり、歴史が積み重なった環境や場所で、生活や労働など小さな日々の営みがつづいていく。

1990年1月29日生まれ、今年30歳になったばかりの気鋭監督・中川龍太郎は、何より我々が暮らす世界を慈しむ眼差しを、凜とした意思と共に感じさせる映画作家だ。モスクワ国際映画祭でふたつの賞を獲得した『四月の永い夢』(2018年)、松本穂香を主演に迎えた『わたしは光をにぎっている』(2019年)につづく新作『静かな雨』(2019年11月、東京フィルメックス観客賞受賞)は、オリジナル作品を紡ぎつづけてきた彼が初めて他人の原作――宮下奈都の同名小説(文春文庫)を映画化したもの。だがベース&トーンは変わらない。いや、強度のある枠組みを原作から受け継いだことで、その世界像はより豊かに膨らんだように思う。

『静かな雨』予告編(90秒ロングバージョン)

これは“記憶”という主題をめぐる物語だ。原作の「僕」に当たる主人公、大学の研究室で働く行助は、パチンコ屋の駐車場でたいやき屋を営む女性に出会う。元乃木坂46の衛藤美彩(映画初出演で初主演)が演じるヒロインのこよみは、伝統を受け継ぎ、ひとつの技術を突き詰める職人気質で、たいやきという「ものづくり」に向き合っている。行助はまもなく彼女に惹かれる。

そんなこよみが事故に遭い、記憶機能に障がいを持つ。新しい記憶を短期間しか保てず、翌朝になれば前日のことをすべて忘れてしまう。

“記憶”が失われた世界で、“今、ここ”と向き合う姿勢が切実に立ち上がる

行助に扮するのは、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2016年)でも中川監督と組んだ仲野太賀だ。思えば彼は本作と同じ種の記憶障がいを抱えたヒロインが登場する、アダム・サンドラー&ドリュー・バリモア主演の『50回目のファースト・キス』(2004年)の福田雄一監督によるリメイク版(2018年)にも出演している。毎日毎日、最初から関係を築き直す新しい1日。

ボーイ・ミーツ・ガールの大枠であっても、いわゆる恋愛映画のクリシェは慎重に抑えられている。行助は片脚を引きずっている。松葉杖を使わず、歩くたびにニューバランスのスニーカーが地面との摩擦音を立てる。彼の負荷、こよみの欠損。互いに困難を挟むからこそ、ふたりの関係は“生きる”ことの問い直しといった作業にも突入していく。

情景を大切にする中川監督にとっても、おそらく“記憶”は自身の作家性の根幹に関わるテーマのひとつではないか。この世界の中で失われていくもの、それをつなぎ止めるために最も頼りになる機能が“記憶”だ。しかしその武器を奪われたとき、薄紙に包まれた焼きたてのたいやきの温もりを、どう伝えるのか。こういった思考実験の結果、“今、ここ”を注視する姿勢が、以前の監督作よりも切実に立ち上がってきているのではないかと感じる。

音楽は高木正勝。映画音楽としては細田守監督のアニメーション作品などを数本手がけている彼のピアノ音が、中川監督の言う「音楽と環境音が究極に一体化して連動していること」との理想を高度に体現している。また原作には出てこないこよみの母親役で、映画監督の河瀨直美が出演。自然と人間の在り方などにおいて中川と河瀨がどのように共鳴しているのか――に思いをめぐらせつつ、例えば本作の隣に河瀨監督の『あん』(2015年)をそっと並べてみたくなった。


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  • 映画_静かな雨

    映画『静かな雨』

    2020年2月7日(金)より全国順次公開
    監督・脚本:中川龍太郎
    原作:宮下奈都 音楽:高木正勝
    出演:仲野太賀、衛藤美彩、萩原聖人、でんでん
    配給:ギグー
    (c)2019「静かな雨」製作委員会 / 宮下奈都・文藝春秋

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