キャバクラでおじさんたちから学んだ「ブス」への上手な返し方(本日は晴天なり)

本日は晴天なり

お笑い芸人として活動しながら、キャバクラで働いていた経験のある本日は晴天なり。

時には「ブス」と言われたり、お笑いに対してありがたい(?)アドバイスをもらったりと、約10年間にはさまざまなお客さんとの出会いがあった。

そんなおじさんたちに対して、彼女が見つけた傷つけない返答術とは。

「ブス」と言われたら真摯に向き合う

芸人になる少し前、21歳のころ初めてキャバクラで働いた。

近い将来、アーティストのバックダンサーなどの仕事をしたいと考えていた私は、18歳でダンスの専門学校に通うために上京。しかし、ダンスの練習スケジュールは不定期で、それをこなすには時給がよくて不定期でシフトに入れるキャバクラで働くのが、自分の生活に合っていた。

キャバクラでバイトをしながらダンサーを目指していた私だったが、小学生のころからずっと諦め切れない夢がもうひとつあった。それがお笑い芸人という職業だ。

当時は、さすがに芸人になるのは難しいだろうと、その夢を封印し、ダンスに勤しんでいたのだが、当時の専門学校の先生が言った「やって無理なら諦めがつく」という、ダンスに関して言ったであろうこのひと言。

この言葉を聞いて、私はお笑い芸人を目指し始めた。

ネタの練習をしたり舞台に立ったり、急にオーディションが入ったり、不定期なスケジュールは、ダンサーを目指していたときの生活とあまり変わらない。

だから、キャバクラのバイトは芸人になってからもつづけた。

お笑い芸人になったことで、私のキャバクラでの対応にも変化が。まず、ブスと言われても悩まなくなったことだ。

お笑い芸人になる前は、酔っ払ったお客さんの何気ないひと言にイチイチ傷ついていた。きっと相手は私にひどいことを言ったことはおろか、顔すら覚えてない。それなのに、私は傷ついていた。しかし、女芸人は「ブス」と言われたらウケる。

昨今、ブスという言葉はあまりメディアでも聞かなくなったが、私がお笑い芸人を始めたてのころは「女芸人=ブス」「ブス=おもしろい」「ブス=武器」「ブス=ステータス」だったので、そのときのブスはいわゆる「おいしいイジリ」ということで、完全に褒め言葉扱いになっていた。

そうなってくると、今度は“実はそこまでブスじゃない”ことが悩みになってくる。

見る人が見たらブスだが、超特級の人たちと比べたら弱い……。そんな中途半端な私が「ブス」と言われた際、どんな返しをしたらウケるのか?

そこで、この返しを試す場所がキャバクラだった。毎晩ブスと言われ、毎晩いろんな言葉を試した。

しかし、だんだんとそこにかけるバイタリティも失い、ある日、ブスイジリをしてきたお客さんに真剣に悩み相談をした。

「私、ブスって言われるほどブスじゃないと思うんですけど……」

するとそれがなぜかウケた。

最初は理由がわからなかったが、私はそこに真摯に向き合うことが笑いにつながる気がしたのだ。

容姿が中途半端で悩んでいるならそれを伝えることが笑いにつながる。

相手からしたら、どうでもいいことで嘘偽りなく悩んでいる姿が滑稽なんだと。

今でこそ、ブスと言われることはなくなった(私がきれいになったのかブスという言葉を使わなくなったからなのかは置いといて)。「誰がブスだよ! まあまあだわ! これでブスならブスに失礼だわ!」とツッコミ口調で言ってしまったこともあったが、これはこれでまあまあウケたので、ノリがいい席ではたまに使う。

キャバ嬢は笑っているのではなく“笑ってあげている”

本日は晴天なり
キャバクラに勤務していた当時の写真

キャバクラに来るお客さんは、お酒を飲み開放的になり、俺はお金を払っているのだと言う強気な姿勢から、歯に衣着せぬ物言いになる。思ったことをズバズバ言うようになるのだ。

キャバクラでは、そうしていいというルールでもあるかのように。しかも、女の子は従業員なので、そんなお客さんに「なんだテメー! 失礼なやつだな!」とは言わない。

主従関係をうまく築けているキャバ嬢とお客さんでは、冗談交じりにこんな言葉が飛び交う場面も見かけたが、だいたいの場合は、お客の好き勝手言うことにキャバ嬢はぶちギレたりしない。ファミレスやスーパーで理不尽なお客さんのクレームに店員がぶちギレないのと同じである。

私が一番番長く務めた渋谷の一等地にあるお店。

最初は「渋谷」と聞いて、髪盛り盛りのガングロアゲアゲギャルたちが「マヂウケルゥ~↑↑」だけで会話して成立してるような店なのでは?と不安でいっぱいだったが、私より年上の御姉様方も数名在籍していた。しかも御姉様方はみんな、キャバ嬢ではありがちなお局っぽさはゼロのハチャメチャ働きやすいお店で、そりゃ7年も勤めてしまうわけだし、私より長く働いてる御姉様たちが居心地よくて居座ってるのも納得だった。

私はここで、お笑い芸人であることを特に隠したりはしなかった。

芸人と伝えたときのお客さんのリアクションの多くは、「すごいね!」「応援するよ!」「がんばってね!」「テレビ出るときは教えて!」といった、信じられないくらいありがたいお言葉。

好奇な目で見ることもなく、応援してくれるお客様だらけの優良店だった。

しかし、万人がいい人だけであふれる空間はこの世に存在しないのでしょう。ましてや、酒と金を扱うナイトスポット。そんな健全なやりとりばかりですむはずがありません。

まず、自信満々で陽キャ系社長風のお客さんが言ってくるのは、「俺のほうがおもしろいんじゃない?」や「俺とコンビ組む?」。これはなかなかの頻度で食らうことになる。

お金持ちは酔っぱらうと、万物を創世し、神羅万象のすべて自分のものかのように振る舞ってくる。

「俺に不可能はない」や「アイムアパーフェクトヒューマン」これらの文言をガチで言い放つ、いろんな意味で強者。そりゃ、売れてない芸人より自分のほうがおもしろいと自負しまくるのは当然だ。

私は「お前が金を払ってない場所で、酒を飲まずに、お前のことを誰も知らない場所でひとりで舞台に立って笑いを取れ。話はそれからだ」という言葉を早口気味に脳内で語ったのちに、「組んでくださいよ~! 絶対『M-1』決勝行けますよ~」と言うようにしていた。

お金持ちの人は、自分がお金を払うことによってキャバ嬢や部下たちにゴマをすられ持ち上げられ、“おもてなし”をされているということを忘れがちな傾向にある。

まわりが笑ったり驚いたり楽しそうにしているのは、その人がお金を払っているからである。

お金をもらっているから笑って“あげている”のである。

まあ、お金をもらっても笑わせることができないこともある……。それが売れていない芸人なんだけども……。

時給が発生していると思うと、どれだけ相手を持ち上げて気持ちよくさせられるかのゲームみたいな感覚になってくるのだ。

クソみたいなやり取りも正解探しゲームとして楽しむ

次に、昭和から平成を凝り固まった世論と共に生き抜いた説教おじさんが言ってくるのは、「芸人なんて辞めろ辞めろ、どーせ売れねえよ!」。

このパターンも本当に多い!

「やってみなくちゃわからないじゃないですか!」と返すが、そうすると押し問答になり、やんわりとケンカになる。

「そーなんですよね~! 辞めて結婚して子供産みたいんですよ!」と逆手に取って同意すると、「何、簡単に諦めようとしてんだよ!」と、この返しもケンカになる。

「ちょっとぉ~! なんでそんないじわる言うんですか~!」が、正解だということに辿り着くまでには数年かかった。

ずっとネチネチ辞めろ辞めろ言われるが、繰り返し「ちょっともー!」と言うのである。

芸人という話題に限らず、男性は意地悪なことを言って女の子を困らせて「も~!」と言ってほしい。そのやりとりを延々と繰り返したいだけなのだ。少なくとも私が店で出会った男性はそうだ。スカートめくり時代から進化していない。実にねっとりしている。

それでも、そんないわゆるクソみたいなやりとりでも、正解探しのゲームみたいで私は楽しかった。というより、楽しいと思うようにしていた。

私には、“どんな不幸も笑いに変えるのがお笑いなんだ”というくだらない信念がある。そして、そんなお笑いが好きなのだ。

もっと辛辣に、「つまんないから売れないよ」と断定してくる人もいる。芸人はだいたいのことを冗談で切り返せるが、「つまんない」と言われるとガチ切れする人間が一定数存在する。

「つまんないからここでこうやってバイトしてるんでしょ~! おもしろかったらこんなとこでバイトしてませんって!」と下手に出ると、「こんなとこって店に失礼じゃない? チクってやろ~っと!」という流れになる。

ちなみにこのパターンで、最良だった返しは「顔はおもしろいですよ~だ!」と変顔をする。

である。

すると「ハハッ! なんだそれ!」で終わる。

おもしろくもなんともない変顔で、なぜかわからないが、穏便に収まるので、いまだに不思議に感じている。(本当に顔がおもしろいのかな?)

「なんかおもしろいことやってよ」も、たまに言われるパターンだ。

これは、一般の方が飲みの席で芸人と出会ったらよく言ってそうなイメージがあるが、実際はそんなに言われない。

キャバクラは“女の子”との会話を楽しみに来るお客さん、口説きたいお客さんが多かったせいか、おもしろいことをしてほしい人はそこまで多くないためかもしれない。

これも「それですぐにおもしろいことができたら、こんなところでバイトしてないですって!」と切り返すことが多かったが、あまりにもしつこく言ってくるお客さんには、「わかりました! 私はツッコミなのでボケてくれたらツッコミます!」と、一休さんが「屏風から虎を出してくれたら捕まえます!」ばりのことを言っていた。ピン芸人なのに。

酔っ払ったお客様は、普段しょーもないボケを言いまくるが、いざ「ボケてください!」と言われると、意外としどろもどろになるのである。

そして、こんな寄り添ってくれない人よりも、もっと厄介なパターンがアドバイスをしてくるお客さんだ。真剣に親身になってくれるからこそタチが悪い。

「どんなネタをやってるの?」と言われて「指原莉乃さんのものまねしてるんです」と言うと、「そんな誰もわかんない子のものまねしててもダメだよ~! もっとメジャーな……美空ひばりのものまねとかしなくちゃ!」と言われたことがある。

ここで、「指原さんってむちゃくちゃ有名ですよ」は通じない。だってその方が知らないんだもの。

この発言からわかるように、もちろん相手は高齢である。

「そうですよね~! 美空ひばりさんできたら売れっ子になれますよね~!」と返した。

とはいえ、何が売れるか分からない世界。

30代で毎日バイト生活……。飲み屋の酔っ払いたちの想像力すら借りたいくらい私は芸人として売れていなかった。

“どうせキャバクラの客の戯言だ”と、最初から否定するわけではなく、もしかしたら本当に有益なアドバイスをもらえるかもしれない!と前のめりに話を聞いた。

「人と違うことやったほうがいいよ!」

「うんうん、そうですよね~! たとえば?」

「そうだな~、今、降りてきたインスピレーションだと、黒いピチピチの衣装で……大門グラスみたいなサングラスかけて、こう……」

「レイザーラモ……」まで出かけて、「ボンテージいいかも!」と返した。

やっぱり、キャバクラのお客さんの戯言だったので、ネタ帳にはメモらなかった。

この安定の戯言が実はちょっぴり愛しかったりもする。

こんなにズレてるのに堂々と生きてるんだって思うと勇気がもらえる。

価値観の違いを責めず、受け入れていくことで私はキャバクラライフを楽しんでいた。

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