「人生ハードモード」に陥っている人に。心のHPを回復する具体的な方法『メンタル・クエスト』
コロナ禍のなか、人との関わりが希薄になって楽な部分もある。しかし、リモート会議で自分だけ発言できなかったり、出社日に上司や同僚にどう話しかけていいのかわからず緊張したり、経験したことのない「生きづらさ」に直面することも。「他人の顔色が気になって意見が言えない」「自分のことが嫌い」「何がやりたいかわからない」……。苦しい状況を、ロールプレイングゲームに置き換え、自分のタイプを把握してからクエストに向かう。『メンタル・クエスト』(鈴木裕介/大和出版)は、その方法を具体的に、優しく教えてくれます。
「人生ハードモード」=「生きづらさ」
「人生ハードモード」という言葉がある。ゲームに由来するネットスラングで、生まれた環境や自分が置かれている状況によって、自分の意思とは関係なく数々の困難が襲いかかってくる状況のことを指す。
試しにツイッターでサーチをかけてみると、「マジで人生ハードモード過ぎて涙出るわ」「人生ハードモード過ぎて無理」「なんで俺こんな人生ハードモードなん」などと、この表現が大量に出てくる。冗談めかして使われている例も含まれているが、とにかく多くの人が自分の置かれた境遇を「人生ハードモード」と感じていることがよくわかる。
ゲームを愛するあまり秋葉原で開業するほどのゲーマーであり、メンタルヘルスをライフワークにしている内科医の鈴木裕介は、「人生ハードモード」を「生きづらさ」という言葉とよく似た概念だとしている。
安心できる場所や人間関係がなく、人の顔色をうかがってばかりで、心が不安定で、明日に希望を持つことができない。カジュアルに「消えてしまいたい」「死んでしまいたい」と思ってしまう──。
そんな「人生ハードモード」=「生きづらさ」を抱えた人たちを回復させるための考え方やテクニックが綴られた本が、『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』(大和出版)である。
鈴木によると、「ハードモードな人生からの回復の過程」と「ロールプレイングゲームの攻略のプロセス」はよく似ているのだという。少し長いが抜粋しよう。
RPGで勝つためには、まずなによりも、キャラのタイプや能力、特性を知ることが必要になります。次に、そのキャラが苦手な敵や、陥りやすいトラップを知る。そして、その敵やトラップを撃退・回避するための『技』を磨き、一つずつレベルアップしていく。これが、RPGの基本の攻略プロセスです。
実は、人生ハードモードの攻略法もこれと同じなんです。
まずは、自分という『キャラ』のタイプ、能力、特性をよく知ること。次に、自分のようなタイプの行動や思考の傾向(クセ)を知り、自分が陥りやすい不幸のトラップに気づくこと。そして、現実世界という実践イベントの中で地道に経験を重ねて、徐々にハードモードを抜け出す方法を習得していく。
この一節を読めばわかるように、本書はポップではあるものの、内容は非常に真面目であり、けっしてチートな人生攻略法を教えてくれるというわけではない。しっかり自分のことを把握し、陥りやすい「不幸のパターン」を理解して、生きづらさを抜け出すための考え方を身につけつつ、それをコツコツと実践していく。メンタルヘルスに関する基礎的な情報も、さまざまな文献を引用しつつ、しっかり記されている。
鈴木裕介
(すずき・ゆうすけ)内科医・心療内科医・産業医。2008年高知大学卒。内科医として高知県内の病院に勤務後、一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。
2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善などに従事。2018年、高知時代の仲間と共に「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原saveクリニックを開業、院長に就任。研修医のころよりライフワークとしてメンタルヘルスに取り組み、講演活動や執筆、SNSでの情報発信を積極的に行っている。産業医としても十数社の企業やNPOなどを担当。著書に、『NOと言える人になる』(アスコム)『メンタル・クエスト 心のHPが0になりそうな自分をラクにする本』(大和出版)など
「魔法使い」はとことん打たれ弱い
とはいえ、やっぱりRPGのたとえ話はわかりやすい。たとえば、「生きづらさを感じている人が当てはまりやすい三つのタイプ」として、このような例が挙げられている。
タイプ① うつになりやすい「真面目な英雄」タイプ
タイプ② 敏感過ぎて疲弊しやすい「魔法使い」タイプ
タイプ③ 「心の間合い」における「近接型・遠隔型」タイプ
「真面目な英雄」タイプは、ルールや秩序を守り、几帳面で、完璧主義。学校なら優等生だし、職場だったら間違いなく有能な人だから「真面目な英雄」。だけど、こういう人は他人に自分の悩みを打ち明けたりできないし、助けを求めることもできない。自分のキャパシティを超えても、他人からの評価が気になってがんばってしまって、心身の限界が訪れてしまう。
「魔法使いタイプ」は、外からの刺激に敏感で、相手の感情に引きずられやすいが、勘がよくて危険察知センサーが強く、ひとりの時間を大切にする。敏感ゆえ、他人が傷ついていることにすぐに気づいたり、まわりが気づいていない危機をいち早く察知することができたりするから、特殊な能力を持つ「魔法使い」。でも、実はとことん打たれ弱い。
「近接型・遠隔型」は、「心の間合い」の比喩。RPGには、格闘家のような「近接型」もいれば、弓矢使いのような「遠隔型」がいるように、周囲の人とのつながり方(これを「愛着スタイル」と呼ぶ)にも「安定型」や「不安型」、「回避型」のようにいくつかパターンがある。自分のタイプを知ることで、人間関係におけるよけいなトラブルを回避できる。
『ジョジョの奇妙な冒険』から教えられる
このような比喩だけでなく、コンテンツの具体的な例も引用される。たとえば、「人間関係のつくり方」について、『ジョジョの奇妙な冒険』第5部の主人公、ジョルノ・ジョバァーナのエピソードが紹介されている。
母親に育児放棄され、母親の再婚相手からは暴力を受け、人の顔色をうかがう癖がついてしまったジョルノ。「人生ハードモード」だった彼は、町中の人からいじめられ、心のねじ曲がった人間になりかけていたが、ある日、血だらけの男を助けたことで転機が訪れる。
男はジョルノに「君がしてくれた事は決して忘れない」と礼を言うと、やがて義父は殴らなくなり、自分をいじめていた悪ガキたちは優しくなる。実はジョルノが助けた男はギャングの大物だったのだ。「この世のカス」だと思っていた自分に対し、敬意を払ってくれたことで、ジョルノの心はまっすぐに変化する。「人を信じる」ということをギャングの大物が教えてくれたというわけ。
つまり、「自分をひとりの人間として尊重してくれる人」がたったひとりでもいれば、その人との交流を経て、人間関係のつくり方は大きく変わるということ。コンテンツがそれを教えてくれているのだ。
最後の章に登場する、人の苦しみを軽くする「コンテンツ処方」も興味深い。これは著者が相談に来た人のしんどさを軽減するのに役立つであろう作品や本を紹介するというもの。苦しみや生きづらさを紐解くような内容だけでなく、似た苦痛・困難を描いた作品も紹介している。「人は、何かの作品の中に自分を見つけたときに、自分の苦しみに輪郭をつけることができ、それだけで苦しみが軽減」するからなのだという。
「生きづらさ」の渦中に最もおすすめの曲は?
本書の中では、いくつもの書籍やコミックが紹介されているが、著者がこれまで一番多くの人におすすめしてきたのは、とある「曲」だった。ドラゴンクエスト「序曲」じゃなく、アニメソングでもない。ロックバンド、フラワーカンパニーズの名曲「深夜高速」!
〈『生きづらさ』の渦中にいる時の、終わりが見えない霧の中を歩いているような感覚を見事に表現していると感じて、特別な思い入れを持っています〉とのこと。本書では著者のお気に入りの歌詞も紹介されているが、ここでは引用できないので、ぜひとも曲を聴いてもらいたい。深夜にひとりで聴いていると、本当に泣けてくる曲だ。そうか、あれは自分の苦しみに輪郭をつけていたのか。
さまざまなコンテンツや文献を示しながら、メンタルヘルスについてわかりやすく解説してくれる本書。「人生ハードモード」に陥っている人はもちろん、まわりに苦しんでいる人がいる人、メンタルヘルスについて学びたい人にとっても役に立つ一冊だ。