名前のついていない人間関係
3回結婚して3回離婚した大豆田とわ子(松)と、田中八作(松田)、佐藤鹿太郎(角田)、中村慎森(岡田)という元夫たちは、お互いのことを気にしながら行き来している。それぞれ、お金も仕事もあって豊かな生活をしているようだが、棚を開けばパスタが落ちてくるし、家の網戸は外れまくる。少しだけ世の中と歯車がズレている、愛らしいはみ出し者たちだ。
とわ子は何かと理由をつけて家に押しかけてくる3人のことをはた迷惑に感じながら、本当に嫌いというわけでもない。6話までの第1章では、男性たちにそれぞれ気になる女性が登場して、トレンディドラマもかくやという複数カップルの恋愛模様に発展しかかったが、それが本線ではないことは明らかだった。
設定上、どうしても「結婚」や「恋愛」というテーマを頭に入れて観てしまいがちだが、公式サイトに記されているキャッチフレーズは「ひとりで生きたいわけじゃない」で、イントロダクションにも「恋」だの「愛」だのは1文字も登場しない。「結婚」もとわ子のプロフィールを簡潔に説明するために使われているだけである(真摯なイントロダクションだと思う)。だから、このドラマは、誰と誰が恋に落ちて、誰と誰が結婚するか、というお話ではないということ。第2章から登場する小鳥遊大史(オダギリ)とはちょっと結ばれるような気もしたけど、結局はとわ子が断った。
とわ子、八作、鹿太郎、慎森の4人は、名前のついていない人間関係だ。それこそ「三人の元夫」としか言いようがない。普通、離婚した夫婦は顔を合わせることはないが、だからといってそういう夫婦ばかりでもない(書きながら、坂元作品にも出演している大竹しのぶが思い浮かんだ)。3人の元夫たちはいがみ合いながら、いつも八作の店でグラスを傾けたり、とわ子の家に上がりこんで食事をしたりしている。疑似家族というほどの結びつきはないけれど、もともとはれっきとした家族。だけど、(当然ながら)彼らには血縁がない。とわ子には唄(豊嶋花)という実の娘がいるが、自立心旺盛な彼女は家を出ていってしまった。
大切なのは、家族でもなく、疑似家族でもなく
疑似家族というテーマは、坂元作品の中で何度となく繰り返し描かれてきた。『Mother』(日本テレビ)では実の母親に虐待されていた怜南(芦田愛菜)と家族と距離を取っていた奈緒(松雪泰子)が擬似家族となり、『問題のあるレストラン』(フジテレビ)ではビストロを営むたま子(真木よう子)ら6人の女性が擬似家族的な共同体を形作っていた。『カルテット』(TBS)では家族からはぐれた真紀(松たか子)、司(松田龍平)、すずめ(満島ひかり)、諭高(高橋一生)の4人が共同生活を営んでいたし、『anone』(日本テレビ)でも社会で行き場を失ったハリカ(広瀬すず)、持本(阿部サダヲ)、青羽(小林聡美)、亜乃音(田中裕子)が肩を寄せ合って家族のように生活していた。
疑似家族は血縁に縛られない人間関係だが、窮屈なものもある。『大豆田とわ子と三人の元夫』の中では、小鳥遊が自分を拾ってくれた社長から旧来の家父長制度のような疑似家族関係で縛られていた。それをカレーで上書きして解いてやったのはとわ子である。
大切なのは、家族でもなく、疑似家族でもなく、寂しさから自分を守ることだ。とりわけ、40代にさしかかった独身の男女にとっては、大きなテーマである(慎森は30代だけど)。ドラマは終盤にかけて、「寂しさ」というフレーズが頻出するようになっていった(紹介が遅くなったが、冒頭のセリフは7話で鹿太郎が発したもの)。
自分を好きになれなかったら、結局ひとり
子どものころから「ひとりでも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」と言っていたとわ子は、「人は、ときどき寂しくなるけど、人生を楽しめる。楽しんでいいに決まってる」と語った小鳥遊に惹かれていき、過酷な社長業に翻弄されるうちに「もう、ひとりは嫌なんだよ。限界なんだよ。誰かに頼りたいんだよ。守ってもらいたいんだよ」と慎森相手に心情を吐露した。
では、再婚すればいいのかというと、それもまた違う。3回結婚して3回離婚したとわ子はそのことをよく知っている。
「ひとりで生きていけるけど、まぁ、寂しいじゃん。寂しいのは嫌だけど、でも、それで誰かとふたりでいたって、自分を好きになれなかったら、結局ひとりだしさ」
9話で八作相手に語っていたように、結婚していても寂しいときは寂しい。その後、とわ子と八作がふたりで妄想した、あり得たかもしれない幸せな夫婦像は、微笑ましくて、物哀しかった。「夫婦なんて、強いとこじゃなくて、弱いところでつながってるものじゃないの」という結論に辿り着くには時間がかかるものだ。
「寂しいときは寂しいって言ったほうがいいですよ。人間便利なもので、寂しがりやには寂しがりやが近づいてくるものです」
これは小鳥遊の言葉。とわ子はひとりで生きていける寂しがりやで、元三人の夫たちも自分で生活はできるけれど寂しがりやばかりだ。慎森と鹿太郎はとわ子のことが好きで、とわ子は八作のことが好きで、八作はかごめ(市川実日子)のことが好き。とわ子と八作はいつも亡くなったかごめと一緒にいる。とわ子と八作のいるところには、いつでも慎森と鹿太郎がやってくる。一緒に住まない。でも、一緒に食事する。おいしいものがあったら届ける。健康に気遣い合う。ケンカする。他愛のないおしゃべりをする。網目のような人間関係は、柔らかくて優しい。
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