【独占公開】『オッドタクシー』前日譚シナリオ『JUSTICE』

2021.5.23
オッドタクシー

文=此元和津也 イラスト=木下 麦


変わりない日々を送るタクシー運転手・小戸川。偏屈で無口な彼が乗せる乗客は、どこかクセのある人々ばかり。なんでもなかったはずの彼らの会話はやがて失踪したある少女へとつながっていき……。

動物として描かれたキャラクターが繰り広げる、不思議なアニメ『オッドタクシー』。その前日譚となるシナリオを『クイック・ジャパン』本誌に独占で書き下ろし。マンガ『セトウツミ』などでも知られる此元和津也による『オッドタクシー』の世界をお楽しみください。

『クイック・ジャパン』vol.154に掲載された記事を転載したものです。

『JUSTICE』

小戸川(おどかわ)
41歳。タクシー運転手。他人にあまり心を開かない、偏屈で無口な変わり者。まじめで情に厚い一面もある。趣味は寝る前に聞く落語と仕事中に聞くラジオ。

○タクシー車内
夏。夕方。
ハンドルに顎を乗せ、信号待ちをしている小戸川。
フロントガラスの前を通り過ぎる歩行者を眺めている。
イノシシ、ヒツジ、ヒツジ、ネコ、カンガルー、ヒツジ、キリン、ヒツジ、シシオザル、ヒツジ、ハイエナ、ヒツジ、ヒツジ。
小戸川は大きなあくびをする。
短いクラクションが鳴る。車道の信号機はいつの間にか青。慌てて車を進める。
ルームミラーで後続車を確認する小戸川。
後ろのコンパクトカーには上品そうなウサギの婦人。
「大丈夫。誰にでもうっかりすることはあるわ。もちろん私もよ。気を悪くしないで。お互い気をつけましょうね」的な思いやりあふれる表情で前を見据えている。
小戸川は誰に見られるでもなく、会釈する。

○道路
片側二車線。法定速度60キロメートル。
小戸川の運転するタクシーが走る。 
表示板には空車の文字が赤く光っている。

○タクシー車内
左車線を走る小戸川。約100メートル前方、左側のコインパーキングから荒々しく道路に飛び出る紺のミニバン。
すぐそばを歩いていたカモシカがそれに驚き日傘を地面に落とし、大学生風のレッサーパンダが紺のミニバンを振り返っている。
横目でそれらを見ていた小戸川が前方に視界を戻し、目を丸くする。
同時に車は音を立てて停車する。小戸川の右足はブレーキの位置。
停車した小戸川のタクシーの前方で、シャツにデニムのラフな格好をしたミーアキャットが両手を広げて仁王立ちしている。
小戸川が睨みつけるが、意に介さず後部座席の方に回り込むミーアキャット。
窓を数回ノックする。
戸惑いながらもレバーを操作し、後部座席のドアを開ける小戸川。
乗り込むのと同時に言う。

「前のミニバン追ってくれ」

小戸川「偉そうだなお前」

振り返って言う小戸川の目の前に手帳のようなものを差し出すミーアキャット。証明写真の下に名前。大門という文字が見える。

大 門「偉いんだよ。なんてったって警察だかんな!」
小戸川「警察って偉いのか?」
大 門「偉いね。特に俺はさ、非番なのにこうやって働いてるんだぜ。お前達市民の安全を守るためにな。いいから早く追ってくれ」

前方、紺のミニバンはふたつ先の信号を超え、右折車線でウインカーを点滅させている。
仕方なく車を出す小戸川。メーターを作動させる。表示板に「賃走」という文字が灯る。

大 門「いいか。つかず離れずで追ってくれ。恋の術だろこれ。うまくいくカップルの理想の距離感で追うんだ。大体わかるだろニュアンスは」

なにを言ってるんだこいつという表情でルームミラーを見る小戸川。大門は得意げに右手でメガネを上げている。

大 門「それとな、料金は支払われない。しれっとメーター倒してるけども」
小戸川「嘘だろ」
大 門「当たり前だろ。警察への協力は地域社会への貢献だ。え、じゃあさ、じゃあさ、これがタクシーじゃなくて新幹線だとしたらさ、俺みどりの窓口行って並んでチケット買うの? 犯人追ってんのに?」
小戸川「ムカつくなお前」

○道路
小戸川のタクシーと紺のミニバンの間に一台のセダンを挟み、一定の距離を保ち走っている。

○タクシー車内
小戸川「誰を追ってるんだ?」

信号待ち、少しだけ後ろを振り返り問いかける小戸川。大門の服に目が行く。
英字の書かれたダサいシャツ。JUSTICEと書かれている。
大門がスマホに表示させた画像を見せる。

大 門「この男だ」

30代半ばのゲラダヒヒの写真。

小戸川「悪い奴なのか?」
大 門「めちゃめちゃ悪い奴だ。金のためならなんでもするルール無用の悪党だ。ドブという名前で通ってる。警察はずっとこいつを追ってるんだ」
小戸川「あれを運転してるのがドブってやつなの?」

前方の紺のミニバンを見る。信号は青に変わり車が動き出す。

大 門「それはわからない。が、あの車両はドブの犯行現場でしょっちゅう目撃されてる。地道な聞き込みで俺が独自に目をつけてたんだ。すげえだろ」
小戸川「すげえじゃん。休みの日なのに仕事熱心だし」
大 門「だろ? あのコインパーキングのそばにある、とんかつ屋さんに行こうとしてたんだよ。で、いつも飲んでる胃薬忘れてさ、食前に飲まなきゃだから宿舎に取りに戻ろうかな、でもあれ苦いから嫌だな、て思いながらさ『良薬口に苦し』なんて言葉を思い出してさ、『口に』っている?って思ってさ、『良薬苦し』で良くない?なんて思ってたら、あの車両が出てきたんだ」

紺のミニバンが右にウインカーを出す。
大門のお腹が鳴る。

小戸川「おい、右折するぞ。顔確認できるんじゃないか?」
大 門「残念ながら俺は目が悪い」
小戸川「メガネかけてるじゃねえか」
大 門「度があってない」
小戸川「メガネ屋行けよ。とんかつ屋の前に」
大 門「おいタクシードライバー」
小戸川「小戸川だ」
大 門「小戸川、お前が顔を見てくれ」

紺のミニバンがハンドルを切りながら、少しずつ交差点に進入していく。
小戸川のタクシーは1台挟んだ後ろにつけている。対向車が途切れ、紺のミニバンが加速する。横断歩道の前で、目視のために右を向く運転手。
顔を確認しようと、一生懸命覗き込む小戸川。外はすっかり暗くなっている。
運転手の頭は黒のレインコートですっぽり覆われている。

大 門「どうだ? 見えたか? ドブか?」
小戸川「よく見えなかったけどドブではないと思う」
大 門「そうか。ならドブの取り巻きだな。金で雇われた哀れなコマだ」
小戸川「どうすんの? このまま追うの?」
大 門「ああ。アジトを突き止める」
小戸川「マジかよ。帰りたいんだけど……。警察の応援呼べよ」
大 門「こんなことは言いたかないけどな小戸川、警察は信用できないんじゃないか説があるんだ俺の中で。だっておかしいだろ。あんだけ悪事を繰り返してるドブを捕まえられないなんてさ」
小戸川「癒着があるってこと?」
大 門「歯がゆいよちくしょう……! 歯がゆいしもどかしいし苛立たしいしじれったいよ……!」
小戸川「類語並べただけだけども」
大 門「だから俺はこの手で捕まえる。悪を」
小戸川「中でも信用できるやつはいねえのか」
大 門「ひとりいる。唯一尊敬できる人だ。その人は俺の同僚であり先生であり道標であり分身だ」
小戸川「その人に来てもらえよ」
大 門「その人はすげえんだ。負けたところを見たことがない。まるで預言者のように、俺の行く末を導いてくれる。だけど、いつまでも頼りっきりじゃいられない。独り立ちして、その人に認められたいんだ」
小戸川「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。大体さ、負けない奴なんて信用できない。外国のよくわからない負け知らずのボクサーとか胡散臭えだろ」
大 門「なんでだよ。メイウェザーとかすげえだろ」
小戸川「メイウェザーはすげえけど、メイウェザーに負けた奴のほうが信用できるってことだよ」

○道路
一定の距離を保ち、追いかけ続ける小戸川。
一時間以上走っている。

○タクシー車内
大 門「暇だな。ラジオつけてくれよ」

ラジオをつける小戸川。
お笑い芸人のホモサピエンスの話し声がスピーカーから聞こえる。

馬 場「最近暇すぎて、なんか特技身につけなあかん思てな」
柴 垣「ええやん」
馬 場「彫刻とかどうかな」
柴 垣「ええんちゃう。仕事につながりそうやん」
馬 場「なに彫ったらおもろいかな」
柴 垣「やっぱ芸人やから逆へ逆へ行かな」
馬 場「たとえば?」
柴 垣「彫らへんとか」
馬 場「意味ないやんそれ。これまで通りの生活を続けるだけやん」
柴 垣「木を彫るん?」
馬 場「簡単なほうがええからな。初心者は木やろ」
柴 垣「石彫ったら?」
馬 場「石を掘るのは骨が折れるやん」
柴 垣「素材ふたつと破壊ふたつでややこしいわ」

○道路
紺のミニバンがマンションの駐車場に滑り込んでいく。

○タクシー車内
小戸川「おい、中入ったぞ」
大 門「停めてくれ……!」

路肩に車を停める。
ドアハンドルに手をかける大門。

小戸川「行くのか?」
大 門「ああ。悪いがここで待っててくれ。30分経って戻ってこなかったら、……警察呼んでくれ」
小戸川「……気をつけろよ」

車を降り、大門が言う。

大 門「あのさ、なんつうか、負けるわけにはいかないんだよ。苦しんでる人がいる以上、法律の立ち位置的に正義は勝たなきゃいけないんだよ。胡散臭かろうがな。だから俺は負けない。なんてったって、警察だかんな!」

マンションに向かう大門。カーステレオからはPUNPEEが流れている。
マンションの中に消えていく大門。
少し窓を開ける小戸川。海の匂いがして顔をしかめ、すぐに窓を閉める。シートにもたれあくびをする。
滲んだ視界から、大門が歩いてこちらに向かう姿が見える。後部座席のドアを開け、無言で乗り込む大門。
小戸川は振り返っている。

小戸川「早いな。どうだった?」
大 門「ああ。問題ない」

眠そうに目をこする大門。小戸川は違和感を覚える。

小戸川「……問題ないとは?」
大門?「問題ないと言ってるんだ」

コンソールに1万円を置く大門。

大門?「ごくろうさん。もう帰っていいよ」
小戸川「料金、出ないんじゃなかったのか?」
大門?「協力費だ。その代わり、今日あったことは忘れろ。人の名前も、町の名前も」

ふたりの視線がぶつかる。鋭い視線を残し、車を降りる大門。強めにドアを閉める。
車を動かす小戸川。ハンドルを切り、来た道へ戻る。ヘッドライトが一瞬、大門を照らす。
シャツに書かれた英字が見える。
JUSTICE。

○道路
小戸川のタクシーが走っている。

○タクシー車内
なにかに気づき車を停める小戸川。
歩道を歩いていた黒いレインコートを着たミーアキャットが立ち止まる。街灯に照らされた顔、メガネが光る。
後部座席のドアを開ける小戸川。

小戸川「乗れよ」

○道路
小戸川のタクシーが走っている。

○タクシー車内
大 門「さすがだよ。俺の尊敬する人。もう既にドブのアジトを突き止めて、先回りしてた。やっぱ敵わねーや」
小戸川「その人って、兄弟かなんか?」
大 門「よくわかったなお前。双子の兄ちゃんだよ。しかもさ、なに卵生だと思う? 一だぞ」
小戸川「で、あとは兄ちゃんに任せて帰れって?」
大 門「そう。俺がいるとややこしくなるからって。あとは兄ちゃんがうまくやってくれるよ。しかし参ったよな。いつも俺の先を行ってるんだ。でもさ、ほめられたんだぞ。よくやったなって。えへへ」
小戸川「その服はどうしたんだ?」
大 門「雨が降るからこれを着てろって、服をとっかえっこしてくれたんだ。子供のときからそうだったんだよ。変身グッズのさ、ヒーローのほうを俺に譲ってくれるんだ。お前は正義が似合うからって」
小戸川「信用するのはいいことだけどさ、盲信するのは良くないんじゃないか? さっきラジオで言ってた。雨の心配はないって」
大 門「あっ!」

なにかを思い出す大門。

大 門「金持ってないよ俺。とんかつ代しか」
小戸川「いいよ送るよ。兄ちゃんに金もらったし」
大 門「えっ! そうなの?」
小戸川「兄ちゃんもタクシー乗って帰れば良かったのにな。あの高圧的な、いかにも胡散臭え兄ちゃん」
大 門「兄ちゃんは、タクシーが嫌いなんだ」

窓の外、遠くの工場を眺める大門。

○道路
大門を乗せたコインパーキングの近く、小戸川のタクシーが停まる。

○タクシー車内
大 門「わりいな」
小戸川「とんかつ屋、開いてるといいな」

時刻は21時を回っている。
後部座席のドアが開く。

大 門「もう会うことはないと思うけど」
小戸川「免許更新以外で会いたくねえよ警察になんか」
大 門「事故には気をつけろよな。それと……」

車を降り、ドアに手をかけ小戸川のほうを覗き込む大門。

大 門「兄ちゃんを悪く言うな。あの人はすげえんだ」

その瞬間、激しい雨がフロントガラスを打ちつける。
街行くグレビーシマウマやミシシッピーワニが小走りで目的地へ向かう。
小戸川は驚いた表情。

大 門「な?」

レインコートのフードを被り、とんかつ屋へと歩く大門。
ワイパーを動かし、発車させる小戸川。
短いクラクションを鳴らし、タクシーが走り去る。

アニメ『オッドタクシー』

脚本:此元和津也(『セトウツミ』『ブラック校則』)によるオリジナルアニメーション。主演に花江夏樹を迎え、音楽にはPUNPEE、VaVa、OMSBが参加。アニメーション制作は今回初のタッグとなるP.I.C.S.×OLM。タクシー運転手・小戸川と彼のまわりの人間模様。それは絡み合い、謎を生み、今までに見たことのない景色へと辿り着く──。テレビ東京にて毎週月曜深夜2時から好評放送中。(公式サイト

此元和津也 KAZUYA KONOMOTO
ツイッター:@kazuyakonomoto
漫画家・脚本家。P.I.C.S. management所属。2010年、マンガ『スピナーベイト』で漫画家としての活動をスタート。2013年、読み切りで掲載された『マジ雲は必ず雨』が人気を集め、その後『セトウツミ』に改題、連載開始。その後映画化、ドラマ化と拡大していき大ヒットした。 2019年『ブラック校則』では映画、ドラマ、Huluオリジナルストーリーで本格的に脚本家としての活動をはじめ、現在は独自の作家性を生かして、マンガ以外の領域へも活動の場を広げている。

木下 麦 BAKU KINOSHITA
ツイッター:@mugicaan1
キャラクターデザイナー・アニメーター。P.I.C.S.所属。「オッドタクシー」では自身初となる監督として参加。キャラクターデザインも担当している。

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