ライオンが抱える“強者の弱さ”、あるいは有毒な男らしさ
ここまでルイを通して“弱さ”について考えてきたが、ここからはイブキをはじめとした裏市のギャング組織「シシ組」のライオンたちの“弱さ”について考察していく。この記事はシカの弱さとライオンの強さを対比するものではなく、シカの弱さとライオンの弱さ、異なるふたつの立場それぞれの持つ弱さをそれぞれの視点から読み解いていくものだ。
前段落ではルイの持つ社会的属性による“弱さ”について論じたが、この段落では強者の属性を持つがゆえに抱える弱さ、いうなれば“強者の弱さ”について論じていく。
この“強者の弱さ”は、シシ組の中でも特にイブキを主な語り部として描かれる。学園のスターであったルイがドロップアウトし、シシ組のボスとなるきっかけを作ったのがイブキだ。
高齢のライオンが率いてきたシシ組の長に、あえて表社会の上流階級の草食獣を据えることで組織の改革を図るアイデア。ルイはこのアイデアに乗るか死か、という実質選択肢のないアンフェアな状況に追い込まれ、裏社会に身を投じることになる。そしてイブキの目論見は奏功し、シシ組は着々と裏市での求心力を取り戻していく。
活気づくシシ組だが、大型肉食獣のホモソーシャルの長として、また一人前のアウトローとして、弱さを見せず強くあろうと振る舞う若いルイを見て、イブキは次第に責任を感じ始める。
イブキはアウトローであり、大型肉食獣であり、中でも「百獣の王」と称され畏怖される、ケチのつけようのない“強者”だ。ただ、ライオンはほかの獣が思っているほど完全無欠の存在ではない。畏怖される存在であるために虚勢を張り、プレッシャーに苛まれ、弱さを見せられないことに息苦しさを感じている。
イブキ自身、先代ボスから言われた「百獣の王を演じ続けろよイブキ」「それがシシ組だ」という言葉を指針に、半ば呪いのように自己暗示して裏社会を渡世してきた。
特に成績優秀でもないのに学級委員などのリーダーの立場に推されてプレッシャーを感じたり、種族の威光の象徴であるたてがみを内心「暑苦しい」と感じていたりといったライオンたちの本心は、社会の規定する“ライオンらしさ”に縛られて、公に語られることはない。そして、“ライオンらしさ”に順応しながら年齢を重ねるうち、知らず知らず人生(獣生)の選択肢を狭められ、結果アウトローに行き着いた、というライフストーリーを持っている構成員がシシ組には少なくない。
こういった“ライオンらしさ”はヒト科社会における「有毒な男らしさ(Toxic masculinity)」そのものだ。男なら泣くな、男なら強くあれ、男なら稼いで家族を養え。そういった社会の規定する実在しないはずの“男らしさ”が、男たちの認知を歪め、あるはずのないものを当然視させ、自覚なく蝕まれていく。
男性優位社会によって男性が帯びる加害性に、男性自身も加害され得るということ。「男だってつらい」のだ。ただ、それを言う相手は「女」ではない。男たちのつらさは女たちによってもたらされたものではなく、先祖の男たちが脈々と構築してきた男性優位な社会の構造によるものだ。楽になりたいのなら、今を変えたいのなら、つらさを訴える相手は自分自身を含むこの社会の構造を形作ってきた者たちだ。
獣社会も同様で、ライオンたちの生きづらさが草食獣によってもたらされたものだとは一度たりとも描写されていない。シシ組のライオンたちもその点について他責化して八つ当たりすることはない。肉食獣の生きづらさを草食獣にぶつければ、お互いの生きづらさが対消滅するわけではないから。人間社会でも同じだ。繰り返す、人間社会でも同じだ。
こうしたライオンならではの“強者の弱さ”を抱えたイブキは、自身の弱さを包み隠さず、それどころか裏市で信頼を勝ち取りのし上がっていくための材料として活かし、タフに生き抜いていくルイに感化され、自身の見せかけの“強さ”を顧みるようになる。
これまでの自分を「虚勢が肥大化して、自分でも手に負えないほどの化け物になった」と内省し、自己開示することで自身の弱さを受け入れた。そして、裏社会に引き込んだ責任を感じていると打ち明け、ルイが自分と同じように虚勢を張って自身を追い込まないよう「あんたは弱いままでいいんだ」と言い聞かせ、彼を守るために“強者”の役割を受け入れることを宣言する。そして反面、ルイの弱さと向き合う強さに対して心から敬意を表し、「あんたほど強い獣はいない」とも語る。
本音を吐露し、さらにはルイと同じく生き餌に身をやつしていた過去も打ち明け、イブキのルイへの信頼は日に日に大きくなっていく。ルイもまたイブキに心を許し、彼に父親の面影を見出すほどに深い関係性になった。そんな2匹の関係性はアニメ2期のエンディング曲、および映像で純度高く表現されている(イブキがこんなにフォーカスされるとは!)。Netflixで視聴している人もぜひエンディングをスキップせずに観てほしい。
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