2025年、結成15周年を迎えたニューヨークの単独ライブツアー『将来の夢』が、10月19日に幕を閉じた。全国8会場、全23公演、約1万6000人を動員した過去最大の単独ライブだった。
最後の3日間は、凱旋公演ということで8月の初日ぶりに東京で行われた。場所は有楽町・よみうりホール。編集部はその中日、10月18日の夜公演を取材した。本稿ではニューヨークのふたりと、作家陣の言葉を交えながら、その舞台裏とライブをレポートする。
公演前、自然体のふたり
昼公演終演後に会場入りすると、なんだか騒々しい。どうやら昼公演で映像トラブルが起きたらしい。しかし屋敷裕政は至って冷静だ。
「全国回ってきてこんなことなかったんですけどね。まぁ毎回異なる会場で設備も変わるんで、こういうこともあるんでしょうね」
会場後方では数人のスタッフがプロジェクターに集まっている。彼らの手にしたドリルが、けたたましい音を立て、プロジェクターを囲んでいたベニヤ板が外されていく。とはいえ、スタッフたちの表情にも焦りはなく、淡々と作業が続く。時には笑いも漏れてくる。全国を回ってきただけあって、さすがの落ち着きだ。
開演まで残り1時間。ここでニューヨークが取材に応じてくれた。会場エントランスにあったふたりの15年間を記録したスナップ写真が飾られたパネル前で撮影を行うと、嶋佐和也が写真を指差し、屋敷と笑い合う。芸歴10年を超えたコンビが、ふたりきりで談笑する姿を見るのはレアだ。ニューヨークはいつもこうなのだろうか。マネージャーに「DVDどう?売れてる?」と聞くシーンもあった。人気芸人なのに、ちゃんと売れ行きを気にするあたり、そのマインドは売れない芸人時代と変わらないのかもしれない。

楽屋に戻ったふたりは、思い思いに過ごす。嶋佐はカレー味のカップヌードルをすすり、屋敷はゴルフ動画を見ながら素振り。「もう緊張とかはないっすね」と、ふたり。なぜこんなにも自然体でいられるのだろうか。それとも緊張のピークはこのあとに待っているのだろうか。


会場ではプロジェクターまわりの作業が無事終わっていた。そこでステージに上ったニューヨークのふたりがリハーサルを始める。作家と舞台監督を交えて、細部の調整だ。屋敷が気にしているのは、最後のコントのセリフのあとに下げ囃子を流すタイミング。何度も本番さながらの発声で演技しながら、確認していく。納得のタイミングを見出し、楽屋に戻った屋敷に話を聞くと、「ラストを目前にして、さすがに温まってきましたね」と自負を見せた。最後まで細部にこだわる。手は抜かない。でも力まない。これがニューヨークのありようだ。
ニューヨークは変わらないまま、デカくなる
本番前、10分ほど時間をもらって話を聞いた。そこでふたりが口をそろえたのは、今回のツアーは客層が広かったということ。全国各地、まさに老若男女が足を運んでいたという。
嶋佐 東京公演も本当にびっくりしましたね。客席を見渡したらいろんなタイプの人がいるんですよ。さっきも昼公演のあと、オンラインサロンの会員の方と会いましたけど、60歳くらいのマダムがひとりで来てくれてましたもん。かと思えば、社会人のかっこいい男ふたりで来てたりね
屋敷 お父さんと娘さんの親子とかな。うれしいっすよ。若手のころはもうちょいお客さん若かったけど、本当にいろんな種類の人が来てくれるようになりました。しかも意外と全国どこもいい感じで笑ってくれるんですよ。今回は「伝わらんなぁ」っていうのがほとんどなかった。
嶋佐 みんな感度高いっていうか。
屋敷 福岡と大阪は子供もめっちゃいい感じで笑ってたよな。
嶋佐 あぁ、あれは天才少年だね。
屋敷 マジで大人より感度高いかもしれん。このおもしろさに子供が反応できるんだって驚きましたもん。
かつてふたりは「(ニューヨークのネタが)わかんないっていうか、つまんないっていう人はセンスないかもな」と言い切っていたが、その言葉は偽りなく本気だ。作家の関野樹も、ニューヨークの単独の観客は「ずっと変わらない」という。
「ルミネ(theよしもと)で単独ライブをやってたころが500人キャパくらいですけど、そのときと同じ種類のお客さんが増えてるのが、ニューヨークさんの特徴だと思います。ニューヨークさんもお客さんの性質も変わらないまま、規模だけが大きくなってるんです」
変わらないまま、デカくなる。誰もが理想としながらなかなか手の届かない成り上がり方を、ニューヨークは涼しい顔でやってのける。そんな姿に、さらにファンは惹きつけられるのかもしれない。
芸人としての底知れなさが見える多種多様な漫才
この日の夜公演は18時に開演した。オープニングVTRが終わると、ブラウンスーツを着たふたりがステージに現れる。オープニングは漫才。この日の客層は「これまでと雰囲気が違う」と切り出すふたり。本番前の話と違う……!
「ここには100人くらい、“土下座後”にチケットを買った人がいる」と言い出す屋敷。単独公演のチケットがなかなかソールドアウトしないとき、YouTubeで土下座をするのが昨年から続いている。今年もファンがもしかしたらまた土下座を見られるかも……と、買い控えしていた可能性すらある。それでこの夜公演は、その土下座を見てチケットを買った人が多いのでは、ということだ。
嶋佐 さっき(昼公演)はみんな目がキラッキラしてたんですよ。
屋敷 土下座が100(人)混じることで、濁りが生じる。完璧な白じゃなくなる。笑い方もちょっと汚い。
こんなに口汚く罵られると、観客はますます笑い出す。「自分は『100側』の人間じゃないですよ」というアピールもあるかもしれない。いずれにせよ、一瞬にして自分たちの空気を作り、笑いのおきやすい空間を作ってしまう。さすがだ。

そこからシームレスに本ネタに入っていく。「来年40歳、芸歴も16年目なのに、子供のころになると思っていた大人になれてない」と屋敷が言う。「政治の勉強とかすると思ってたのに、未だに滝沢ガレソとか見ちゃう」と続けると、嶋佐は「わかるわかる、俺もニュースとか見るんですけどね、雨とか降ってきたら、どうしても雨の音ついつい聞いちゃうんですよ」と返す。そこから嶋佐は「糖分だけ頭に入れときたいから、一日三食ドーナツ」「思いついたアイデアで部屋中落書きだらけ」と、雰囲気重視なアメリカ映画の主人公じみた、キザな設定をつらつら並べ立てる。ここでついに屋敷が「かましてきとんな、お前!」とツッコむ。そのひと言で違和感でふくらみきった風船が破裂し、大きな笑いが起こる。
野暮だけれど、こうして説明にしてみると魔法のように感じられる。周到に種をまき、ひとことで空気を一変させるのだから、魔法といっても大げさではないはずだ。
そんなふうに感心していたら、このあと披露された漫才は、嶋佐が某タレントに扮しつづける漫才コント(?)や、「ズボンおろしてチンチン丸出し!」という小気味いいフレーズの連打で嶋佐が押し切るパワープレイ(といってもこのグルーヴは繊細に紡がれているのだろうが)。ニューヨークの漫才は実は多様だ。彼らの底知れなさは、漫才でこそハッキリ見えるのだと、この公演で痛感した。

ニューヨークは誰にでもフラットで優しい
ニューヨークの単独ライブは、漫才とコント、どちらもやる。作家の今井太郎は以前「漫才とコントに分けてやるのはどう?」と提案したそうだが、屋敷と嶋佐はそれをやんわりと拒んだ。
「僕はステージも担当してるんですけど、その立場で言わせてもらえば、コントライブのほうが世界観は作りやすいんですよ。でもふたり的には『漫才とコント両方やってる芸人ってあんまりいないじゃないですか』と言うんです。たしかにそうなんですよね、ニューヨークの強みは漫才もコントもおもしろいこと。それを自覚しているんでしょう。それに最近は彼らのテクニックもセルフプロデュース力も上がってきてる。だから漫才とコント両方やるライブでも、だいぶ世界観を作りやすくなってきた。成長を感じますね」
ニューヨークはコントも絶品である。嶋佐が演じるキャラクターはいつだってチャーミングだ。パッと見はイヤなのになぜか憎めない男や、ありのままに生きてるだけで図らずもある種の人生の真理を突いてしまうといった人物造形は見事だ。それは嶋佐自身の人間観の現れだろうし、屋敷の人間に対する絶望と捨てきれない期待が反映されているのかもしれない。だからニューヨークのコントは優しい。ひねくれて見えても、その根底には優しさがある。というか、ひねくれているからこそ、本当の優しさにタッチできるのだろう。
今回で言えば、彼女の浮気相手のホストのしょうもなさに居心地のよさを覚えてしまうサラリーマン。はたまた、突然、学校にやってきた卒業生に「『M-1』に一緒に出ましょう」と誘われ戸惑いながらも「お前がそうなっちまったのは、私のせいでもあるんだからな」と責任の感じてしまう先生。おかしな人間を受け止める彼らのあり方は、人間関係の機微を見事に描写している。


ラストのコントに登場した「コガ」と中学の卒業ぶりに再会した初老の男のやりとりはニューヨークコントの真骨頂だった。投資で一山当てた初老の男(屋敷)は、中学時代からまったく変わらないコガ(嶋佐)に、どうしようもなく惹かれてしまう。
「趣味は?」と聞かれれば「いらない!」と答え、「どんなときに幸せを感じるの?」と聞かれれば「涼しいとき!」と即答するコガ。コガのシンプルな感情のありように、笑いながらも憧れてしまう。でもきっと、屋敷演じる初老の男は、コガにお金をわけてあげてはいけないし、コガのようにシンプルな生き方を選んでもならない。コガと私(たち)は、ハナから違うということをわきまえる、それが優しさだ。だから慈悲も同調も必要ない。だから最後、初老の男の踏み込んだ問いは、風にかき消されてしまう。これがニューヨークの倫理なのだと思った。

ここで証拠のように作家の言葉を出すのは、ややはばかられるが、今井と関野も「ニューヨークは優しい」という。
関野 マジでニューヨークさんが一番優しいんじゃないですかね。
今井 一番はないでしょ(笑)。
関野 でも、ふたりがピリついているのって見たことないじゃないですか。たぶん、吉本のマネージャーがニューヨークさんについたら、めっちゃ当たりだと思います。
今井 たしかにふたりとも機嫌が悪いことってないよね。昔より余裕が出てきたのは大きいかもしれない。お金の面もそうだけど。
関野 普通、先輩といると緊張するじゃないですか。でも不思議なんですけど、嶋佐さんとふたりでいて緊張したことがマジでないんです。嶋佐さんはバリアがなくて、誰とでもフラットに接するからかもしれない。
今井 たしかに。屋敷のほうはずっと冷静で変わらないし。ニューヨークは本当にフラットやな。
今の嶋佐はモテる!?
終演後、関係者あいさつを終えたニューヨークのふたりは、オンラインサロンの会員たちのもとへと急ぐ。ファンの目をまっすぐに見て、その話に耳を傾け、真摯にあいづちを打つ。2時間の公演を2本こなして当然疲れているはずなのに、そんな素振りも微塵も見せない。応援してくれる人の思いを受け取り感謝を伝えることは人として当たり前の礼儀だという自然さで、ふたりはファンと接していた。
売れても変わらないニューヨークの根幹に、ファンの存在があるのは間違いない。ニューヨークはファンのセンスを信頼しているし、ファンもそれに魅せられている。ふたりの姿を見ていると、この単独ライブツアーはこれからもニューヨークの活動のベースであり続けるだろうと確信した。
と、単独ライブレポートをあまりにもキレイに終わらせるのもなんなので、最後に作家・関野による、嶋佐評を置いておこう。
「今年の嶋佐さんはめちゃめちゃ仕上がってると思います。まず、見た目。今の嶋佐さん、髪伸ばして髭生やして、あの見た目がかなりハマってますよね。地方でも打ち上げでラウンジに行って飲むんですけど、風格があるんですよ。ゆっくりしゃべるし、しっとり飲んで、長居せずにすぐ帰る。毎年色気が上がってるんで、今の嶋佐さんモテるんじゃないですかね?」
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ニューヨーク単独ライブ『将来の夢』【東京凱旋公演】
配信チケット販売期間:11月9日(日)12:00まで
視聴期間:11月9日(日)23:59まで
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