『キングオブコント2024』で心を打ち抜かれたダンビラムーチョ『冨安四発太鼓保存会』の中毒性

ダンビラムーチョ冨安四発太鼓保存会コラム画像

文=かんそう 編集=鈴木 梢


10月12日(土)に放送された『キングオブコント2024』決勝戦。優勝したラブレターズのみならず、決勝に駒を進めた芸人たちのネタが今もなお注目され続けている。本記事ではブロガーのかんそうが、特に印象に残ったダンビラムーチョのネタ『冨安四発太鼓保存会』を中心に、決勝を振り返る。

全組満足度の高かった『キングオブコント2024』

『キングオブコント2024』で、ラブレターズが優勝した。2011年に初めて決勝進出を果たしてから13年後、ついにチャンピオンの座に輝いた。コントはもちろん『勇者ああああ』(テレビ東京)ファンとしてかなりうれしかった。思えばあの番組に出ていたほとんどの芸人が、今お笑い界の第一線で活躍しているのは本当にすごい。

引きこもりだった息子が、実は外に出てどんぐりを収集していることを知り、感動する両親を描いた1本目「光」。そしてジュビロ磐田サポーターと海釣りナンパ師が浜辺で交錯する2本目『YOUは何しに海岸へ?』。どちらもラブレターズの真髄ともいえる見事なコントだった。

ラブレターズだけではない。圧倒的な完成度で大会のレベルを底上げした、ロングコートダディ。見事なフリオチで会場を沸かせた、ファイヤーサンダー。まわりを焦がすほどの熱量で暴れ回った、や団。異次元の演技力で見る者の予想を裏切り続けた、シティホテル3号室。変わらない破壊と狂気を見せつけた、ニッポンの社長。ほとばしるエネルギーを全力でぶつけた、cacao。老若男女を置いていかない世界観の、コットン。最後までチンパンジーを貫いた、隣人。全組おもしろい、満足しかない大会だった。

ダンビラムーチョ『冨安四発太鼓保存会』の中毒性

中でも私が特に心を打ち抜かれたコントが、ダンビラムーチョが披露した「冨安四発太鼓保存会」だ。『キングオブコント』を観終わり、眠る直前に布団の中で私が思い出していたのは、冨安四発太鼓だった。そしてその日を境に、私の中に冨安四発太鼓が棲みついてしまった。どんな音楽を聴いていても、どこに四発太鼓を入れるか、そればかり考えている。もはや冨安四発太鼓中毒と言っても過言ではない。そうなってしまった理由を考えてみたい。

冨安四発太鼓とは、曲中で血湧き肉躍る「ここだ!」という箇所で四発だけ和太鼓を叩くという架空の伝統芸能。このコントでは、久しぶりに地元の祭りに遊びに来た男と、冨安四発太鼓を披露する冨安四発太鼓保存会会長のやりとりを描いている。

まず秀逸だったのが、大原優一と原田フニャオが演じる人間のリアリティだ。冒頭で、原田フニャオが「やっぱりお祭りっていうのは楽しいなぁ〜」とのんきな顔でリンゴ飴を舐めながら登場するのだが、この時点でガッチリと心をつかまれてしまった。その姿は、どこからどう見ても「久々に地元の祭りに来た成人男性」でしかなく、なんの違和感も抱かせない。スッとコントの世界に自然と入り込むことができる。

そしてアナウンスとともに大原優一が登場するのだが、私は一瞬混乱した。「え? 誰? あ、大原優一か……」と。ダンビラムーチョはふたり組で、原田フニャオがすでに出ていて、もうひとり出てくるとすれば、それは間違いなく大原優一なのだが、出てきたその男を大原優一だと気づくまで脳みそにラグが起きていた。それほどまで大原はコントの役になりきっていた。

そして次の瞬間に目につく、男の「イヤな雰囲気」。今「イヤなオッサン」を演じたら、大原優一の右に出るものはいないのではないだろうか。声の高さ、高圧的な態度、左腕に装着された腕時計、すべての人間が納得する「冨安四発太鼓保存会会長・武内重夫」がそこに立っていた。

そんな男が、最後のひとりになっても保存し続けている冨安四発太鼓とはいったいなんなのか……そのバックボーンを考えれば考えるほど、そこに紡いできた先人たちのドラマを想像して胸が熱くなる。開始たった1分で、知らん伝統芸能のことが気になって仕方がない。

大原「聞こえるか? あ、あー? どうだろうか? どうも! 冨安四発太鼓保存会でございますけどもね!」
原田「わぁ〜」
大原「えー、わたくし会長をしております武内重夫っちゅうもんですけどもね」
原田「俺、太鼓大好きなんだよなぁ〜」

このやりとりが変すぎる。いや、セリフとしてはまったくおかしくないのだが、普通のコントであれば1回目の「冨安四発太鼓」というフレーズが出た時点で「なにそれ」「聞いたことないけど」のようなよけいなチャチャが入りそうなものなのだが、原田はこの世界において芸人でもなければ、ツッコミでもない。「わぁ〜」とワクワクするのみ。ただ「余興を楽しみにしているひとりの男」としてそこに存在している。

次に秀逸さを感じたのが、「冨安四発太鼓」そのもののリアリティだ。コントの中で冨安四発太鼓は「室町時代の中期に、地元の地侍の冨安たけべえ(表記不明)が、畑を荒らす狸の腹を四発叩いて追い払った」のが起源だと発言していた。日本和太鼓研究機関 鼓蓮による和太鼓情報サイト『太鼓日和』によれば

室町時代は武士の文化が大成した時期です。そして日本伝統芸能にとって最重要な芸能である「能」が大成された時期でもあります。

和太鼓史においても能の大成は大きく、四拍子(笛、小鼓、大鼓、締太鼓)の技術的発展と哲学的な思想の発展へと繋がります。現代まで継承される囃子方の鼓の技術はこの時代に確立しました。

また、能の確立だけでなく、この時期には数多くの舞踊や神楽が生まれました。現在も伝承されている芸能の起源として室町時代までさかのぼることは珍しくなありません。

「盆踊り」も室町時代に生まれました。3大盆踊りと称される「西馬音内の盆踊り」「毛馬内の盆踊り」「一日市の盆踊り」の起源は室町時代までさかのぼることができます。

和太鼓は史料に残ることが少ないため推測の域は出ませんが、祭囃子の発展はこの時期に大きく進んだ可能性が想定されます。

引用:「和太鼓の歴史:縄文時代から令和までの和太鼓史」(『太鼓日和』)より

と、室町時代と和太鼓の関係について記されている。つまり、和太鼓、ひいては伝統芸能の歴史において室町時代は大きな転換点であり、冨安四発太鼓が室町時代を起源としているのは考証から見ても「絶妙」だと言える。武内重夫を演じた大原優一は歴史に造詣が深いらしく、その背景を理解してネタを作成しているのではないだろうか。

実在する伝統芸能でも、現代の感覚で見るとツッコミどころは多数存在するが、その「伝統芸能あるある」を冨安四発太鼓は絶妙な塩梅で含んでいた。長い曲の中でどう考えても四発で足りるはずがないという根本の問題。そして早々に四発使い切ろうが、「カッ」で三発使おうが、最後の一発が不意に当たってしまおうが、何があっても「四発」を守り続ける武内重夫の執念。ここに「伝統芸能」という文化そのもののおもしろさが滲み出ていた。

そして最後には、原田フニャオの手によってその伝統が粉々に破壊されてしまう。ここにきて前半の「俺、太鼓大好きなんだよなぁ〜」という間の抜けたセリフが効いてくるのがたまらない。フニャオの「太鼓が好き」という衝動が、伝統を壊したのだ。そこで流れる曲が「千本桜」というのも「この曲だったら若い人にも楽しんでもらえるかな……」などと思案しながら、このチョイスをしたのだと想像すると涙が出そうになる。武内重夫は、実はそんなに悪い人間ではないのかもしれない。

「おーーーい!! やめろやめてくれ!!!! 四発っつっただろ! お前ーーーッ! 歴史があんだよ!! 室町からの歴史があるからやめろお前もう!!!!」

の咆哮は何度見ても笑えるし、そのあとの

「ウワアーッ……いいなぁ……自由でいいなぁ。伝統とかそういったものに囚われていなくていいなぁ……変わるときが、来たのか……? ダメダメダメダメ!」

という葛藤にも人間味があふれていて最高だった。

見れば見るほどその魅力に取り憑かれてしまう『冨安四発太鼓保存会』。できればこのまま本当の伝統芸能となって後世まで残ってほしい。

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かんそう

1989年生まれ。ブログ「kansou」でお笑い、音楽、ドラマなど様々な「感想」を書いている。

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