僕も君もがんばった。誰かの魂の番(つがい)になろう──映画『52ヘルツのクジラたち』【QJ映画部】


映画愛好家たちが新作・旧作問わず作品の魅力を語り尽くす連載「QJ映画部」。部員はただいま、お笑い界イチの映画狂・みなみかわひとり。すっかり売れっ子になった今でも週に一度は映画を観るというみなみかわが、注目の新作映画をひと足先に熱血レビュー。集まれ、映画愛好家たち!

今やテレビで観ない日はないほどの売れっ子芸人となったみなみかわ。コワモテのイメージとは裏腹に、実はお笑い界随一の映画マニアでもある。そんなみなみかわが、注目の新作映画をひと足先に熱血レビュー。第1回は、町田そのこの大ヒット小説が原作の映画『52ヘルツのクジラたち』(3月1日公開)。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれる少年の交流を通じて、みなみかわは中学時代のヤンキー女との記憶を思い出す……。

軽くて幸せな人生が申し訳ない

中学生のころ、クラスのヤンキーの女子に「お前、精神年齢低いね〜」って言われたことをふと思い出した。友達とふざけ合ってるときだったと思う。

なんだか「お前には私たちのような苦しみ、わかんないよな? どうせ幸せな家庭なんだろ?」と言われてるようで、下の毛が生えてないことを指摘されてる気持ちになった。

幸せなことに、私はこの作品の主人公とはまったく逆の生い立ちである。特別金持ちではないが、両親からきちんとたくさんの愛情を注いで育ててもらった。自分も親になり、そのありがたみはいっそう濃くなった。

当然、虐待など受けてないし、自分の性別に関して悩んだこともない。家族もいるし芸人仲間もいる。だからなんだか私は申し訳なくなってしまった。

映画『52ヘルツのクジラたち』を観た。

虐待やトランスジェンダーなどさまざまな孤独の中にいる人たちのもがきと光の見つけ方を描いていた。主演の杉咲(花)さんも志尊(淳)さんも、難しい役柄を見事に丁寧に演じられていた。この作品を「おもしろい」と言うのも「グッときた」とか「考えさせられた」と言うのも簡単だと思う。

でも私の正直な一番の感想は「申し訳なくなった」、これです。

自分の悩みがなさすぎて。子供時代が能天気すぎて。親に感謝し、そして愛情深く育ててもらった自分が少し恥ずかしいという感情さえある。2世タレントってこんな気持ちなのかな?

実を言うと、申し訳なくなる映画はよくある。映画のテーマが深いほど、俳優陣の演技が真に迫るほど、「幸せでした!!! 申し訳ないです!! あなたが親から殴られてるとき、たぶん能天気にリビングでガリガリ君とか食べてたんだと思う!」とか勝手な言い訳が脳内から出てきて、その挙句「仕方ないじゃないかぁ! 許してくれよぉ!」という逆ギレモードになる。で、え? 今何のシーンだった?と集中に欠くことだってある。

映画の観方として非常に健康的でない。

ましてや映画のコラムを書く者として半端者以外の何者でもない。もちろん素晴らしい映画だ。主人公が孤独と向き合い不器用に再生していく姿はとても胸にくる。

ただ「この撮り方は〇〇のオマージュだ〜」とか「この伏線は見事!!」といったような成熟した観方ができないんだと思う。

そして映画の最中、脳内言い訳が終わると脳内張り合いが始まる。なんかあったっけ? 自分にも匹敵する幼少期の理不尽なこと……。

そうだ。小学生のころ、先生にトイレ掃除のときにモップを使って友達とチャンバラして掃除用具壊したら怒られて新品のガムテープでおもいっきり頭を殴られた……。

……弱い。チャンバラしてるのが悪い……。壊してるし。

そうだ! 中学生のころ、バスケ部でガム食べてたら顧問に見つかってグラウンド100周走らされたりした!! ……弱すぎる。ガム禁止だったし、結局78周で、100周走りましたって顔して乗りきったんだった。

そうだ!!! 高校のとき、アメフト部の顧問に……。待て。アメフトやらせてもらってる時点で幸せすぎないか?

いや!! 大学のとき魚屋でアルバイト……。大学行かせてもらって文句言うのか!?

延々、張り合いを続ける。勝てもしないのに。なんて自分の人生は軽いんだ。そしてなんて幸せだったんだ、と。

杉咲さんの表情が私の胸を突き刺す。あのときのヤンキーの女と同じ目をしてる。「まだまだ精神年齢低いね〜もう41なのに。下の毛生えてるの? 幸せなお坊ちゃんよ」と私を責め立てる。あのとき、私は何も言い返せなかった。

でも今なら言える。「めちゃくちゃ幸せよ。親に感謝やね」

そう。自分の幸せを再確認でき、そうでない人を救いたい。そんな当たり前のことを思い知らされた映画。そういう観方も悪くないと思う。

ヤンキー女は高校のときに子供を妊娠したらしい。当時はその刃の言葉を根に持ったが、この映画を観たあとなら笑って握手できる。「僕も君もがんばった。誰かの魂の番(つがい)になろう」

鼻で笑われるだろうけど。

映画『52ヘルツのクジラたち』

出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李/余貴美子、倍賞美津子
監督:成島出
原作:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
2024年|日本|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|136分|配給:ギャガ
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
公式ホームページ:https://gaga.ne.jp/52hz-movie/

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みなみかわ

『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。

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