お笑い芸人として活動しながら、キャバクラで働いていた経験のある、ピン芸人・本日は晴天なり。
キャバクラには数多くの“拗(こじ)らせおじさん”たちが来店するそうで、一見、良客に見えてもだいたいはみんなめんどくさい部分を持っているという。そんな“拗らせおじさん”の中から、今回は自信のなさから、かまってちゃんを発動する「プチメンヘラ歌うたいおじさん」を紹介する。
なんでもよくない「なんでもいいよ」
「プチメンヘラ歌うたいおじさん」は翌年に還暦を迎えると言っていた。役員クラスの年収をもらっている独身貴族なので、自由に使えるお金も多いのだろう。週3、4くらいのペースで来店していた。完全にハゲていたが、細身の優男風イケおじで口調は柔らかく、お酒は「なんでも飲んでね」と何杯でも飲ませてくれた。一見とても優しい良客。
そんな彼の一番の特徴は歌がうまいところだった。隣の席のお客さんが振り向いて「うまいな~」と言うほどうまい。遠くの席から拍手が湧き起こるほどうまい。
だから私も最初、このおじさんをただの優しい歌うまおじさんだと思っていた。しかし何度も接客するうちに、だんだん拗らせていることに気づいた。
歌いたければ歌えばいいのだが、彼は必ず歌うときに「そろそろ歌でも歌う?」と尋ねてくる。これに私はもちろん「聴きたい聴きたい!」とはしゃぐ。するとおじさんは「何が聞きたい?」とリクエストを募ってくる。これがこのおじさんの厄介な部分なのだ。
歌うたいおじさんと出会って間もないころ、私は「え~歌いたい曲を歌ってくださいよ~」と言った。するとおじさんは「いや、俺は別に歌いたいわけじゃないよ! リクエストされるから歌ってるだけだよ」と言ったのだ。
しかも「なんでもリクエストしていいよ」と言ったわりに、「知らないよそんな曲」「知ってるけど歌えない」「あ~その曲は今の気分じゃない」「それさっき歌ったよ」となかなかリクエストを受け入れてくれない。困り果てて「何系がいいですか?」とヒントを求めても「だから、なんでもいいってば!」と言われる始末。
結局、このときの正解は平井堅の「僕は君に恋をする」だった。難題すぎる。歌はめっちゃうまかったけど。のちにこの曲は歌うたいおじさんの鉄板ソングだったと知ることになる。
いい気分でいさせるための努力
慣れてきたころには「それさっき歌ったよ」と言われても、「私はあっちにいてまだ聴いてないからもう1回歌って!」とか「何度聴いても〇〇さんの歌声は染みるからもう1回歌ってほしいの!」などと強引におかわりを要求しその場を凌ぐようになった。
「え~? 隣の席の人にまた同じ曲歌ってると思われるよ~」とか言いつつも歌ってくれるようにはなったが、全然なんでもよくなくて、ずっとじんわりめんどくさかった。
リクエストが決まらない子がヘルプにつくと、だんだんとイライラし、不機嫌になってしまうこともあった。「こっちはなんでもいいって言ってるのに全然リクエストしてくれないんだよ、この子~!」と通りすがりの店長やボーイにチクるのだ。
なので、基本、このおじさんが歌える曲を覚えておかなくてはならない。それも1、2曲ではなく10曲以上は覚えておかないと足りなくなる。ほかのお客さんもカラオケをしていれば順番が回ってくるまでに数分あるけど、ほかに歌うお客さんがいないときはずっと彼のターンなので、「次は何がいい?」をつづけて10回は言われるのだ。前回の来店時とリクエストが被っていると却下される。
さらに「ちゃんと君が聴きたい曲を教えてよ!」と“とりあえずこれをリクエストしとけばいいや”感は見破られてしまうので、リクエストした理由を明確に持っておかなければならず、「この曲、昔から好きなんですよ」やら「失恋の思い出が詰まってて切なくなるんです」やら、何かしら述べなければならなかった。
彼が一番ウッキウキに喜ぶワードは「この間、別の席についてるときに〇〇さんの歌が聴こえてきて、あれがすごくよかったので~また聴きたいんです!」だった。ほかの男のところにいるにもかかわらず、俺の歌が気になっちゃったのか~という点が、かなりポイントが高かったようだ。
このおじさんは店に週4で来るので、ほぼ毎日顔を合わせ、そのたびに別の曲をリクエストしなければならないという難儀なミッション。歌っている間はしゃべらなくていいからラクだと思うかもしれないが、間奏で手短かに褒める、褒めのバリエーションを用意する、歌のジャマにならないレベルの手拍子をお客様の視野にチラッと入るような高さでする、など、歌っているときもやることは多い。
特にこの歌うたいおじさんは断固としてキャバ嬢にリクエストを強要し、“歌っているのは俺の意思ではない!頼まれたからだ!”と、歌う理由を人のせいにしたい時点でかなり自信がないタイプ。褒めても「いやいや~本当に思ってる~?」と疑ってくるプチメンヘラだったので、褒め言葉のバリエーションも必要だった。
「〇〇さんのカバーアルバム出たら買います」「家でも聴きたいので録音していいですか!?」「感動して涙が出てきました~(出てない)」などなど。「やめてよ~」とか言いながらも、『ワンピース』のチョッパーばりにほころびまくっていた。
たしかに、口をぽかんと開けたまま音のならないダルダル手拍子を繰り出してるだけの女の子もいるのは事実だが、お客様はモニターに流れる歌詞を追うのに必死なので、実際はうわの空でも案外平気なことが多い。
ただ、こういった自分の歌の評価を気にしているおじさんに対してはそうはいかない。リアクションが薄いだけで次からNGを出される。悪者にはなりたくないようで、その場で直接言ってくることはないが、あとから店長にグチられる。
音痴な部下をわざと連れて来る
歌うたいおじさん、普段はひとりで来店するのだが、たまに部下を連れてくることがあった。
部下を連れて来る理由は、その部下が圧倒的に音痴だったからだ。「なんだその歌い方は~!」と、彼の音痴を下に見てイジりたい、笑いたい、という腐った性根と本性がそこにはあった。
私はその部下の人に場内指名されることがしばしばあった。場内指名されていたし、その人なりに一生懸命歌っている姿がかわいらしかったので、私を中心にまわりのキャバ嬢も「いいじゃん! 前よりうまくなってる!」と持ち上げ、盛り上げていた。というか、当たり前のことだがキャバ嬢はお客さんに「ヘタですね」とは言わない。
しかし、その様子を見た歌うたいおじさんは「え~、そんなんでうまいって言ってもらえるんだ~いいな~俺なんか全然だよ~! みんなヘタだって思ってるよ~! 次、歌いたくないな~」などと、嫉妬してかまってちゃんを発揮してくる。
たぶん、歌に関しては私が生涯で一番褒めちぎった人間がこの“歌うたいおじさん”。もちろん私だけではなく店中の人間がこのおじさんを普段から褒めちぎっている。しかし、それだけの称賛を浴びてもまだ足りず、自分より明らかにヘタくそな人がお世辞で褒められているとわかりきっている状況でのこのかまってちゃん発言は、よっぽど自分の人生に誇れるものがないのだろう。
歌だけは、俺のものだけでいさせて……的な。圧倒的独壇場でないと満足できない様子だった。
しかも恐ろしいことに、この状況で部下は自腹なのだ。しつこく誘われ断れずに連れてこられ、気を遣ってお金まで払わされるなんて。これをパワハラだと気づかないのだろうか。
そもそもキャバクラに来るおじさんは全員といっていいほど、ほとんどがクレーマー気質だし、レベルの差はあれどしっかりセクハラもしている。この歌うたいおじさんも、例外ではない。
正直、若い男の子は歌がうまいだけでモテる人はけっこういると思う。しかし、おじさんはおじさんというだけでマイナスからのスタートなので、ただ歌がうまいだけではけっして女の子から好かれたりはしない。
歌うのは自由だし、キャバ嬢だからもちろん褒めるけど、マイナスからのスタートをプラスにできず、さらにマイナスにするような言動が多かった“歌うたいおじさん”。
私が在籍していた店にはもう来店しなくなったと風の噂で聞いた。今もどこかで歌っているのだろうか。
私は平井堅の「僕は君に恋をする」を聴くたびこのおじさんを思い出すようになってしまった。うまかったけど。
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