お笑い芸人・かが屋の加賀翔と放送作家の白武ときおが“エロチシズム”にまつわる自由律俳句を詠み合う企画「エロ自由律俳句」。記念すべき連載第10回には短歌の世界から東直子が参戦。現代短歌の価値基準を作った歌壇の大物に加賀、白武共に緊張気味。エロ自由律の世界がまたひと回り大きく拡がる句会となった。
加賀 翔
(かが・しょう)1993年生まれ、岡山県出身。賀屋壮也と2015年に「かが屋」を結成。『かが屋の鶴の間』(RCCラジオ)レギュラー出演中。
白武ときお
(しらたけ・ときお)1990年生まれ、京都府出身。放送作家・YouTube作家。『みんなのかが屋』『しもふりチューブ』『ざっくりYouTube』(YouTube)、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)、『かが屋の鶴の間』(RCCラジオ)などを担当。【ツイッター】@TOKIOCOM 【メール】[email protected]
東 直子
(ひがし・なおこ)1963年生まれ、広島県出身。歌人・小説家。歌誌『かばん』所属。1996(平成8)年「草かんむりの訪問者」で第7回歌壇賞を受賞。『共感百景』(テレビ東京)解説。2023年7月には最新刊『ひとっこひとり』(双葉社)を上梓。
エロ自由律俳句も真剣です
最近は現代短歌ブームですよね。なんで今ブームが来ているんでしょう?
コロナで時間ができたからじゃないでしょうか。以前に比べて短歌の読者投稿がとても増えています。聞くと、2、3年前から短歌を始めたという人が多くて。やっぱりコロナの時期が関係しているみたいです。
僕も高校に途中から行かなくなって、家にいる時間が長かった時期に自由律俳句や短歌に出会ってますね。みんな同じ道を通っているのかな。
この前、文フリに行ったら入場者が1万2000人近く居て。すごかったですよ、会場までの道が明治神宮の初詣かっていうくらい。コロナの時期にみんな我慢していたんですね。私としては、もともと短歌をやっている人としか会わないし、日々短歌ばっかり読んでいるので、今さらブームといわれても特別実感はないんですけど(笑)。
そうですよね、東さんのもとには毎月膨大な数の短歌が届くわけですもんね。
いろいろ合わせて月5000首ほどかな。
すごい。
現代短歌は昔の短歌とどう違うんでしょうか。
現代短歌のほうが感触は軽やかですよね。でも難解にもなっていて。一見したところでは意味の取りにくいものが多くなっている。現代美術とか現代音楽とか、“現代”とつくとかえって難しくなっちゃうのかも。
確かに、歌集を読んでいるときに、ページをめくってもめくってもずっと意味がわからないときありますもんね。いつになったら息継ぎができるんだ?みたいな。
意味が取りにくいけど、たぶんこういうことを言ってるんでしょうって当たりつけて解説を書くわけですよね。
外すこともありますよ。私はスポーツに極端に疎くて。村上っていう言葉が出てきて、村上海賊かと思ったらすごいホームラン打つ村上(宗隆)選手だったり。
ゲームとかマンガのキャラクターが出ている短歌も見たことがあります。
2年くらい前に上坂あゆ美さんの短歌で【人は皆イエベで生まれ死ぬときはブルべになるのかもしれなくて】というのがあったんですけど、最初見たときはなんのことかわからなくて。イエベ? 哲学的な何かを言ってるの?って。
イエベって初めて聞くと哲学用語っぽいですね(笑)。
イデアみたいな。
僕もギャルのメイク動画を観てるから(前編参照)なんとなく知ってましたけど。
自由律俳句もいろんなジャンルから盛り上がりが生まれたら最高ですよね。
盛り上げていきたいですね。
エロ自由律俳句はすごい楽しいです。いろいろな想像ができて、心拍数が上がる感じがします。
ご本人を目の前にして言うことではないんですが、東さんに出ていただくことでぐっとエロ自由律俳句自体の信頼度が上がって、乗っかってもいいものだと思ってもらえる。
信用度が上がりますよね。
冗談なことを真剣にやっているんだと。
それでは後編を始めていきましょう。
加賀の5句
【加賀の句①】
別れて少し残った方言
恋人と別れて、写真とか捨てられるものは何もかも捨てた。なのに方言だけは残って時折語尾に出てしまう。
方言だけは捨て切れなかったんですね。
言葉の置き土産みたい。思い出の品は隠せても、言葉って体の中に染みついた記憶だから消えない。ふとしたときに口をついて出てしまう。
忘れたいのに、なくならないというのがエロティックかなって。
エロティックですし、切ないですね。すごく好きだったことが伝わってきます。“少し”にもリアリティを感じます。
方言と書いたんですけど、僕個人としては標準語が移ってしまうほうが実感に近いですね。
僕は「〇〇やき」みたいな土佐弁で思い浮かべていました。
土佐弁もかわいいですけど(笑)。地方出身の僕が東京にいるからこそ感じるのかしれません。ここではあまりにもいろんな言葉が混ざるので。
【加賀の句②】
わざと車道側を歩く
“わざと”っていうことは、車道側を歩いているのは女の子ですか? 男性にわざとはつけなさそう。
そうです。これは女の子の句です。
なんでわざと車道側を歩くんですか?
なんで車道側を歩くかというとですね、操作できるからなんですよ。
操作?
相手に車道側に来てもらうために、わざと車道側を歩くんです。
試してるってことですか?
すごく私的に小さなテストしているというか。車道側を歩くことで「危ないよ、こっちだよ」と声をかけてもらいたい。
もらいたい子の話なんですね。
今この時代に守ってもらおうとする女性を描くことってたくさんの意味を持つので、発表するか迷ったんですけど。
レディーファーストの感覚も、アップデートされていくんですかね。
僕の中ではもうアップデートされてると思ってて。男性だから強いとか、女性だから守られる立場にあるだとか、そういうのはもう世の中的に古い価値観になっていると思うんです。
女性が相手を守ってあげたいと思って車道側を歩いていく。
私も最初、そっちを想像しました。勇ましく車道側を歩く女性。
どちらの性別だからこうあるべきだ、というのはもちろん言うべきじゃないですけど、「お嫁に行きたい」とか「家庭に入りたい」っていう個人的な価値観も同じようにあっていいじゃないですか。それが夢で生きてきたのになんか世の中ひっくり返ったんだけど、って感じている子もいるかもしれない。
古い、新しい価値観を押しつけるんじゃなくて、共存してていいですもんね。
この句の女性の中にも、男性に車道側を歩いてもらいたい古風な価値観がある。そんな女性がテストをするように、わざと車道側を歩いている画を想像しました。
【加賀の句③】
ネイルが乾くまで弱い
あの時間を“弱い”と表現するセンスが素敵ですね。確かに乾くのを待っている時間は弱い。動けないですもんね。
何を言われても何をされようがお手上げの状態といいますか。
蛇とかエビが脱皮して柔らかくなる瞬間に似ていますよね。
そうなんです! 脱皮はとてもイメージに近いです。「今触れたら崩れちゃうから」っていう感覚は普通に生きてたら経験できないので、なんだかエロティックだなと。
でもこの身体感覚がわかるってすごいですね。ネイルをしたんですか?
ネイルしたんですよ。
ネイルしたんですか!
広告の仕事で女装したときにネイルをしてもらって。乾かしている時間、メイクさんもどっか行っちゃって、あたふたしている自分がすごく脆く感じてしまったんです。
そういう状態の女の子を色っぽく感じるんですか?
何にも縛られてないのに勝手に動けなくなってるという状態にエロティックを感じます。
サディスティックですね。
僕も、相手の足が痺れてると必ず触ります。
初期の句会で発表されてましたよね(笑)。
掴んでリアクションを見たくなってしまう。加賀くんにもそんな性質があったとは。
【加賀の句④】
我を忘れて痛めた湿布
最中の無理な体勢がたたって湿布を貼ってる状況です。こんなにスポーツみたいになるっけ?っていう感想戦をロキソニンEXとかを首に貼りながらふたりでしているんですね。
これもまた句に実感がこもっていますね。
シップを貼るくらいはちゃめちゃになってもいいじゃんって共通認識がそこにあるのもいい。そうならないためにお互い笑いながら一生懸命ストレッチしてる。
今だと蛙化現象といわれてしまうかもしれないですね。
蛙化現象?
最近なんだか流行ってる言葉ですよね。
もともとは好きな人に振り向いてもらえた瞬間に、あれ?なんか好きじゃないのかもって感じちゃう現象を指していたんですけど、最近ではちょっと意味が変わって100年の恋も冷めるような言動を見ると「蛙化しちゃった」と使ってますね。
新しい共通言語ができているんですね。
フードコートで彼氏がポテトを買いに行って、戻ってくるときに元の席どこだったかなって迷ってるのを見て蛙化するとか。
ドライブデート中にガソリンスタンドに入るだけで、「マジ蛙化、意味わかんない」ってなるらしいですよ。
どうして……(笑)。
事前に入れてこいよっていうことなんですかね。
準備が足りないと。
厳し過ぎません?
あばたもえくぼの対義語みたいですね。
みんな蛙化って言いたくて仕方なくなってるんで、いろんな人が蛙になっちゃってます。
【加賀の句⑤】
半個室のような傘の中
どんなに人がごった返していても、傘の中だけはほかの人が絶対に入ってこない空間を確保できる。人混みの中で、それぞれが自分の個室を持っている状態は素敵だなという意味で詠みました。
ふたりだけが真空パックされているようで、とてもいいですね。それを半個室と表現しているのもとてもうまいです。ちょっとリラックスしている感じも伝わりますし。
半個室っておもしろい言葉ですよね。居酒屋でしか聞いたことない。
英語圏の人にこの言葉を説明するのってけっこう難しそう。ひとり分の個室を半分にしたもの?みたいな説明になっちゃいそう。
傘の中を半個室と書いたのは、このあとに二人が個室に入る可能性も含んでいるからなんです。二人だけの空間=個室になるジョイント部分としての傘の中といいますか。
【個室のような傘の中】にもできるんだけど、半がつくことによって途中感が生まれる。
表参道のあの人通りの多い道で、それぞれに個室があると考えると素敵ですね。
うれしいような温かいような質感を伴っている様が、かが屋さんのコントの世界みたいで心地いいです。
僕はずっと折りたたみ傘だし、使うとしても透明の傘なので、半個室感が減った傘しか使ってないです。
ビニール傘だとこの感覚は得にくいかもしれないですね。
光を遮っているというのが大事なのかも。
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