VTuberが話題になり始めてから5年ほど、結婚や出産など大きな転機を迎えるVTuberも多い。VTuberのご意見番・たまごまごが連載第12回で注目するのは、VTuberが「結婚」「妊娠」「出産」などを語ることについて。もうすぐ4月、入学、就職、転職、引っ越しと人生の転機が押し寄せる時期に、この連載も最終回を迎えました。ご愛読ありがとうございました、新しい季節に向けて、一緒に歩き出しましょう。
おめがシスターズの場合
VTuberが最初に話題になり始めたのが2017年末から18年頭。2023年に入って、5年近くVTuberをつづけている人が出てきている。それだけつづけていれば、人生に大きな転機が訪れて当然。特に大きな人生の転機として「結婚」と「出産」を経験する人が出始めてきた。
VTuberが、人間のリアルな話である「結婚」「妊娠」「出産」などの話題を出していいかどうかは、多くの人がものすごく悩む部分だと思う。なにせ前例がまだ多くない。
しかし勇気を出して結婚報告、出産報告をしたVTuberたちに対して、ツイッターやYouTubeコメント欄は、今まではほぼ祝福ムードだ。「だましたな!」という声はほぼ上がらず、幸せを祝う良識的なファンのほうが圧倒的に多い。
ただ「じゃあ出産したのは誰なのか」というバーチャルな問題が出てくる。ここに関しては出産報告をかなり早い段階でYouTubeに動画でアップしていたおめがシスターズの例がわかりやすい。
おめがシスターズは「おめがレイ」と「おめがリオ」のふたりで活動しているVTuberユニット。今までなんの素振りも見せなかったおめがレイが新メンバーとして「おめがシスターズ総監督 おめがのハコちゃん」を紹介。おめがリオも「レイちゃんでしょ?」とツッコむくらいだが、おめがレイとは「別の立場」「別の肩書」の存在として登場しているのが重要だ。そして「おめがのハコちゃん」が出産した、という報告を初めてここで行った。
子供を生んだのは「おめがレイ」ではなく「おめがのハコちゃん」。ファンはその文脈の意図をしっかりと察し、受け入れた上で大きく祝福を送った。むしろ、前例が少ないなかよく言ってくれた、と喜びの声が大きかった。
ここで「中の人が」のような姿勢を取らなかったことこそが、彼女の考え抜いた「VTuber」の存在のあり方だったのだろう。実際「おめがレイ」というキャラクターは、子供を生んでいない。逆をいえば、VTuberをキャラクターとして切り離して語れるのは、場合によっては表現の強みにもなる。「おめがのハコちゃん」には産休と身体へのいたわりが必要だが、キャラクター「おめがレイ」はいつも元気なままで画面に登場、という見せ方が映像として可能だ。
あくまのゴートの場合
VTuberのあくまのゴートと家庭用ロボットアイゼンから結婚発表があったときも「VTuberふたりの結婚」という発表のされ方はしていなかった。
あくまのゴートは世を忍ぶ仮の姿として、サラリーマンとして生活している。その正体を知っている人間が嫁として結婚。家庭用ロボットアイゼンは家電なので、ふたりが結婚を期に購入し、一緒に暮らしている。そのアイゼンを作った博士は、ロボットが売れてうれしい、みんな幸せ、という関係性だ。ツイッターに上がっているイラストがわかりやすい。
おめがシスターズとはバーチャルの考え方が少し異なってはいるのも興味深い。バーチャルのレイヤーで暮らす存在と、リアルなレイヤーで結婚・出産をした存在は、重なってはいてもイコールではない、というのをうまく納得できるよう落とし込んでいる。
VTuberは仕事ではない
以前、アメリカザリガニ平井善之はQJwebのインタビューで「VTuberは間違いなく仕事ではない、VTuberは存在ですから」と述べていたことがある。
「専業VTuber」などの言葉があるように、VTuberをやることでお金を稼ぐ、というスタイル自体は存在している。しかし本来は、VTuberが仕事なのではなく「VTuberの姿で存在した上で、配信活動という仕事をする」のほうが近い。動画配信をしていなくても、VTuberはVTuberとして生きているからだ。
個人VTuberだと普段は一般的な仕事をしていて、夜や休日の空いた時間に創作活動や配信活動をする、というスタイルの人がかなり多い。それが5年となると、当然転職する人もいるだろうし、昇進や転勤もある。これをどう扱うかがVTuberの生き方のひとつになっていく。
たとえばアバターを被ってはいるけれどもそれはほぼ仮面のようなもの、というスタイルの配信者の場合、「転勤あるからしばらく配信できません、ごめんね!」とリアルをそのまま発表するのは不思議な行動ではない。
しかし存在としてのアバターキャラクターを重視している場合、転勤をするのはアクター(またはその人の考えるなんらかの仮の姿)であって、キャラクターそのものではない。その場合は「ちょっとバーチャル界での都合があって休みますね」と形を変えて言う場合もあるし、まったく言わずに隠しておくこともある。そもそもキャラクターアバターに変化がないのだから、言う必要がない。
自身の人生の転機を、VTuberキャラクターの人生の転機に翻訳して伝える人もたまにいる。試験の合格や入学・進級を、そのVTuberの世界観の物語に置き換えて表現する(魔法学校に入学できました、など)スタイルだ。パソコンを「リアルとつながる装置」と言い換えるなど、常日頃から世界観を固めておく必要はあるが、これが徹底されると「VTuber」という存在の作品の質が上がる。
珍しい例として、武道館公演もしたことがあるVSingerの花譜は、リアルの自分とバーチャルの花譜を分けて発言している。リアルタイムで中学高校と進学していた彼女。花譜ではない自分は高校生活を友達と楽しんでいた、と別の人間の話をするように花譜の姿で語っていた。
ひとりで多数の存在を持てる時代に
「VTuber」と「生身の配信者」を並行して行っている人も増えてきた。「VTuber」と「生身の配信者」は別人であるとする人も、イコールとする人もいる。受け止め方はともあれ、表現の幅が広がってきているのは楽しい。
もっといえば、ひとりの人がアバターを何種類か所持して、それぞれ別の存在として生きることだって可能なはずだ。
これは「VRChat」ではよくある状況だ。あるときはバーの店員。あるときは覆面ダンサー。あるときはコメディアン。全部アバターが違うけれども同じ人で、場合によっては名前を変えることもある。それぞれの役柄にキャラクター性と人格を持たせてもよいのが、メタバースの楽しいところだ。
VTuberがひとり1アバターで、そのキャラクター性を何年も大切に育てる、というのは本当にすごい表現だ。ただもっとのびのびと、飽きたら別のアバターに乗り換えたり、戻ってみたりするくらいの余裕があってもおもしろいんじゃないか、というくらいには5年でVTuberの見方が熟成してきた。バーチャルだから、何をやってもいい、くらいの余裕を持った感覚が一部では広まりつつある。
活動の幅を広げる補助エンジン
4月は、入学、就職、転職、引っ越しと人生の転機が押し寄せる時期だ。「だからVTuberをつづけるのが難しい」という人も出てくるかもしれない。確かにVTuberが「仕事」だったらそうだろう。けれどもVTuberが自分の「存在」そのものだとしたら、逆にリアル人生の転機の大変さが、VTuberのアバターキャラクター側で癒やされることも多いはずだ。連日の活動ができなくなったとしても、視聴者や仲間はちゃんと存在を、姿を覚えている。たまにはアバターでまわりに甘えに行ったっていい。
VTuberの姿や自身のアバターは、自分の人生を豊かにするための補助輪的なオプションだったり、表現活動の幅を広げる補助エンジンであってほしい。突飛なネタではなく、自分自身とうまく付き合うためのVTuber・アバターのあり方は、5年前よりも遥かに、お茶の間層にまで徐々に浸透し始めている。
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