「推せる」ホロコースト関係映画が連続浮上する2022年末である(マライ・メントライン)

2022.11.12
マライサムネ

文=マライ・メントライン 編集=アライユキコ
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)


日本在住ドイツ人、マライ・メントラインが興奮している。今までにないアプローチのホロコースト映画の傑作2作品に立てつづけに出会ったからだ。ロシア・ドイツ・ベラルーシ合作映画で、監督がウクライナ出身の『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』、イラン映画『第三次世界大戦』の魅力を全力で報告する。

『ペルシャン・レッスン』上陸

ナチ・ホロコースト系映画、最近はもうパターン化し尽くしたというか、観る前から内容と泣かせどころが透けて見えてしまったり、フタを開けてみたら単なるロシアの外交的プロパガンダ映画だったりと萎える展開が多かったのですが、ここに来てすごい注目作が上陸します。
『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』という、ある意味タイトルからは何も読めない作品で、概略ストーリーについては公式サイトを見た方が早いでしょう。口から出まかせの「偽ペルシャ語」をいかにもっともらしく体系化させて説明し、さらに自分でちゃんと覚えていられるか。ちょっとでも破綻したらその場で死あるのみ! という、なりゆき上とはいえ知力の限界を超えた理不尽な勝負が毎日延々と続く、このギリギリ感がすごい。すごすぎる。

冷酷な収容所管理業務の傍らでマメに「ペルシャ語」の予習復習を欠かさない、過度な生真面目さがある種の失笑を誘うのだ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
冷酷な収容所管理業務の傍らでマメに「ペルシャ語」の予習復習を欠かさない、過度な生真面目さがある種の失笑を誘うのだ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

また言語・語学マニア的な観点からみて、まあもちろん現実的観点からのツッコミどころはいろいろあるけど、発想の魅力がツッコミどころの穴をはるかに上回るので、そっちを満喫しないと人生の損ですよ。特に、暗号システムにも似たコトバの体系化とインデックス化による記憶術(映画では何をインデックスに使うかが大きなポイント)の連動は、自分の実体験と重なる点が大だったりして興味深い。実際、通訳の場で厳しい瞬間とかはけっこうこの映画の主人公に似た頭脳状況だったりするし(これはもちろん通訳の仕事にて出まかせ語でピンチを切り抜けているという話ではありません)。

収容所内ではありとあらゆる機能が、ドイツ的な厳格さとめんどくささに満ちた形で運営されるのだ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
収容所内ではありとあらゆる機能が、ドイツ的な厳格さとめんどくささに満ちた形で運営されるのだ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

本作、私は劇場用のパンフレットにて解説を執筆していますが、それゆえ映画配給会社に依頼されてステマ的にこの記事を書いている、というわけではありません。そもそもは私自身、本作の情報がツイッターでバズっているのを見て興味を持ち、配給のキノフィルムズさんに掛け合って観せていただき、おおっこれはマジ傑作! と感じて速攻でインプレを書き送ったら『キネマ旬報』さんから「あんた中々アツいな、採用!」ということで解説が載るに至ったのです。つまり売り込みを行ったのはむしろ私の方で、いやぁ、ダメもとで言ってみるもんだという感じですね。

日本でいえば遠藤憲一、ラース・アイディンガーを起用

劇場用パンフレットで私が書いたのは「ナチス親衛隊とは何だったのか」を軸としたナチ側の背景事情ですが、実際、本作の見のがせない特色として、ナチス親衛隊の収容所警備兵や虐殺部隊メンバーの内面に踏み込んでいる点が挙げられます。とはいえ「彼らにも人間性があった」的な単純カウンター的な色付けではなく、また、『シンドラーのリスト』や『愛を読むひと』のように「ナチス」「ドイツ」の固有性を薄めた一般論的な描写でもない、今まであったようで実はなかった絶妙な匙加減と内面的リアリティが大きなポイントです。

特に、ナチ側の主役といえる収容所の中間管理職的な将校、クラウス・コッホSS大尉のペルシャ語学習意欲と、「教養人ぽく振る舞おうとする」けど何か違う雰囲気が素晴らしい。ナチズムおよびナチス親衛隊に蔓延していた、「伝統的知性・教養文化の否定」を踏まえて何かしら知的な価値を立証したいけど上手くいかない、という屈折感の象徴的表現として実に見事です。そして彼が「真摯に」学ぼうとするのが実は全然インチキなペルシャ語だという巨大な皮肉。ニセモノ教養システムどうしの深く怪しい共鳴は一体何をもたらすのか。そう、ナチそのものの疑似知性・疑似教養志向的な側面を知っていると、本作の演出、特に親衛隊将校と主人公のユダヤ人の奇妙なバディ感が醸し出す味わいがすごく深まるのでオススメですね。

ちなみにこれはパンフ解説にも書いたことですが、コッホSS大尉役に、ドイツのお茶の間で有名な個性派俳優のラース・アイディンガーを起用したのが超ポイント高い。日本でいえば遠藤憲一みたいなタイプ&存在感で、たとえば第二次世界大戦での日本軍の捕虜収容所を舞台にした「心理的駆け引き」映画で、日本軍のクセ者将校を演じるのがエンケンだったら絶対期待できるでしょ。まさにそういう感じなんですよ。

これですこの人です名優ラース・アイディンガー! それなりに努力家だけど「絶対に前線には出ない」系の親衛隊将校っぽさが光ります『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
これですこの人です名優ラース・アイディンガー! それなりに努力家だけど「絶対に前線には出ない」系の親衛隊将校っぽさが光ります『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

ナチもの映画についてはマニアの多さゆえ考証面でいろいろツッコミが予想されるけど、その面でもおおむね満足なレベルじゃないかしら。私が気づいたのは絶滅収容所の所属サイドカーになぜかSS山岳師団プリンツ・オイゲンの師団章っぽいものが描かれていたことぐらい。軍装的にはまたいろいろあるのかもしれないけど、それはそっち方面の方にお願いしたいところ。

車両などメカ系もわりとそれっぽい出来だが、よく見るとタイヤがきれいすぎる! とか言ってはいけない。あとクルマの右フロントフェンダーのマークは「オートバイ小隊」を示すもので、四輪車に描かれているのはどうなんだという気もするが、部隊編成的に絶対ないとは言い切れない面がある。そんなことより後方に続く行列に言及しろよという気もしないではないが、以下文字数『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
車両などメカ系もわりとそれっぽい出来だが、よく見るとタイヤがきれいすぎる! とか言ってはいけない。あとクルマの右フロントフェンダーのマークは「オートバイ小隊」を示すもので、四輪車に描かれているのはどうなんだという気もするが、部隊編成的に絶対ないとは言い切れない面がある。そんなことより後方に続く行列に言及しろよという気もしないではないが、以下文字数『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

この体制からこんな傑作が!

そして本作、2020年の「ロシア・ドイツ・ベラルーシ合作」映画で、監督がウクライナ出身なんですね。2022年の国際情勢を顧みるに、嗚呼、なんという………この体制からこんな傑作が誕生してしまうとは。
ということで作品内外にいろいろな驚くべき皮肉が満ちた、いや満ちすぎた『ペルシャン・レッスン』、とにかく映画的には驚きの傑作であり必見で、それはもう商売気抜きに断言できます。

ちなみに親衛隊将校とユダヤ人の「バディもの」ドラマというのは何気に傑作佳作の鉱脈であり、邦訳された作品では例えば『ゲルマニア』(ハラルト・ギルバース/集英社文庫)が代表でしょう。1944年、敗色濃いナチス第三帝国の帝都ベルリンで連続猟奇殺人事件が発生。しかしベルリン刑事警察はナチス親衛隊に機能掌握されたせいで捜査能力が低下しており、満足に対応できない。親衛隊の窮余の一手は、公職追放されて重労働に就かされているかつての敏腕ユダヤ人刑事の「捜査中のみ人権回復」を条件とする投入だった。親衛隊将校の監視のもと、捜査成功しても失敗しても「終了時点で人権も終了」という理不尽さ、そして苛烈を極める英米空軍の猛爆撃の中、主人公は生き延びることができるのか……! という内容で、ドイツ人作家の作品の割に読みやすくて(そう、ドイツ文芸もサスペンス系はけっこう英米や北欧の影響を受けていて読み心地が改善している)オススメ。翻訳も酒寄進一先生なので文句なし。なお日本では、この主人公のお目付け役になる親衛隊将校の絶妙なツンデレ感がボーイスラブ読者魂を直撃したようでそれ系の市場が沸騰して大人気を博し、著者のギルバース氏も(Facebookで私から伝えたところ)「マジすか?」と大いに驚いていたのが印象深い……です。

『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース/酒寄進一 訳/集英社
『ゲルマニア』ハラルト・ギルバース/酒寄進一 訳/集英社
北斗の拳でいえばヒャッハー系のザコ悪役キャラが、それほどの報いも受けずに終わってしまうのはなかなか考えさせる演出だ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)
『北斗の拳』でいえばヒャッハー系のザコ悪役キャラが、それほどの報いも受けずに終わってしまうのはなかなか考えさせる演出だ『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 (C)

『第三次世界大戦』登場

……と、今回記事は以上で終わる予定だったのですが、試合終了間際ロスタイムに驚くべき展開が。
実は私は東京国際映画祭のマーケティング委員メンバー(審査委員じゃないよ)で、そのため映画祭の上映作品をいろいろ観るのですが、今年のコンペティション部門に『第三次世界大戦』というホロコースト「がらみ」の奇妙なイラン映画が。奇をてらったコメディ映画かな……と思いきや、これがとんでもない深み傑作で驚きました。いやー超驚いた。観たあとの自分のツイートにそのへんの感触がよく表れていると思います。

そもそも「二流のホロコースト映画のセットづくりに日雇いで雇われたオヤジが踏み込む奇怪な運命」という時点で「よくそんな天才設定思いつきましたね」賞確定です。さらに、英米や欧州、日本の一流作品に比べても演技、脚本構築、演出、絵造りセンスでまったく物足りなさが無いのがすごい。作中、女性がらみの金銭恐喝話が出てきたトコで、これからありがちでつまらなくなるかなーと一瞬感じさせておいて面白さと凄みがむしろ加速したのにも感銘を受けました。そしてタイトルの意味が見事回収されるラスト。拍手喝采です。実際、映画祭の上映現場で終幕時に拍手が自然発生していました。それも当然だ!

第三次世界大戦 - 予告編 |World War III - Trailer |第35回東京国際映画祭 35th Tokyo International Film Festival

コンペティション部門グランプリとなったスペイン映画『ザ・ビースト』も確かによかったけど、個人的には『第三次世界大戦』が(ナチ云々を抜きにしても)イチオシです。ちなみに本作は審査員特別賞を受賞して、まあ、見のがせない作品という評価でよかった。実際、審査員長が日本公開してよと名指しで力説してますし。
ということでたとえばキノフィルムズさん、本作の買い付けなどいかがでしょう? そもそも木下グループが映画祭にスポンサー参加しているじゃないですか!

以上、2022年の第4四半期はまさかのホロコースト「がらみ」の傑作映画ラッシュという話でした。『第三次世界大戦』の日本公開は現状いつになるかわからないけど、『ペルシャン・レッスン』は2022/11/11から公開です。お見のがしなく!

……にしても『ペルシャン・レッスン』といい『第三次世界大戦』といい、なぜ今般のウクライナ戦争でアレな立場の国がよりによってという感じで制作に絡んでいて、そして文句なしに傑作な出来なのか。考えさせられてしまいます。
ではでは、今日はこのへんで、Tschüss!

(『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』の詳しい情報は、記事下にあります。このページをスクロールしてください)

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