宇垣美里、局アナ時代の葛藤「つらい時は自分をマイメロだと思う」
宇垣美里がTBSアナウンサー時代に『Quick Japan』で執筆していたエッセイ連載、「拝啓、貴方様」。“いろいろな人に手紙を書く”という設定の本連載は、当時多くの反響を読んだ。
この連載を収録した書籍『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)が、2021年12月14日に発売。
本書の発売を記念して同書より、『Quick Japan』に掲載されていたエッセイを特別に公開する。
宇垣美里の「マイメロ論」
自分をウガキミサトだと、キー局のアナウンサーだと、そう思うからつらいのだ。ふりかかってくる災難や理不尽を、一つ一つ受け止めるには、人生は長すぎる。
そんな時は、「私はマイメロだよ〜☆ 難しいことはよくわかんないしイチゴ食べたいでーす」って思えば、たいていのことはどうでもよくなる。
カメラが回っていないところで関西弁を使ったっていいじゃないか。母国語だぞ。得意げに「あ、それ関西弁ですよね」って指摘してくるのはどういう意図なんだ。標準語警察は給料いいの? とか考えてもしかたがない。マイメロが日本語使って働いている時点で拍手してもらいたい。
殺人的に忙しくて目が回りそうになったら、『ルパン三世 カリオストロの城』に出てくる次元大介になりきって「面白くなってきやがった……」とでも呟けば、本当に面白くなってくるのでオススメ。
このまま技術が発達し続ければ、容姿のみならず、自分の性格やキャラクターまで好きなようにカスタマイズできる、そんな未来もありえるのかもしれない。「就活のためにコミュニケーション能力をインストール」とか、「会社員になることだしプライドをアンインストールしよう!」とか。まるでSF映画の世界だ。
でも、もしそうなったとすれば、自分を作り上げる必要がないからずっと楽に違いない。
人生って不公平で理不尽なことの連続で、人はついつい傷ついた記憶を飴玉みたいに舐め続けてしまうものだ。けれど、そうやって諦めるようにして生きることに慣れるには、人生は短すぎる。
どうせなら、幸せなことだけ考えていたい。話の種にもならないくだらない嫌がらせや悪口はなんの価値もない。他の人格にまかせて他人事にしちゃえばいい。不誠実かもしれないけど、私にとっては道端のかわいい野良猫とか、季節限定のタルトとか、そっちのほうがずうっと価値がある。
そうやってつらい時ほど微笑んでしまうのは、人生に対して不真面目だから、なのかしら。この考え方、小さな頃からそうだった。過去にさかのぼって人生をやり直すことができたとしても、私が望もうと望むまいと、今のままの私に成長するだろう。
そうやって人生をRPGみたいに生きているくせに、時々たまらなく名前を呼んでもらいたくもなる。
名前を呼ばれるのが好きすぎるのは、前世で満足に名前も呼ばれずに、いや名前も持たず死んでいったからに違いない。
人は自分の名前をたくさん呼んでくれる人を好きになるのだと、どこかで聞いた。おそらくその通りだろう。名前ってその人そのものだから。だからせめて、私はできるだけ人の名前を丁寧に呼ぶことにしている。
アナウンサーは仕事上、多種多様な人と出会う。一人ひとりの名前を呼ぶたびに、私はこの人とどういう関係になりたいのか、と考えてしまう。
観光客じゃない、アメリカから来ているスミスさん。単なるADじゃない、少し関西弁のイントネーションの残る山田さん。たまたま、そこにいる人じゃない、たくさんの偶然が重なって、一緒にご飯を食べている、私の大切なあなた。
もっともっと心の壁がなくなればいいと願って、ちょっとした質問の隙間でも何度となく名前を呼ぶ。
なれなれしく近づくことはできないから、適切な距離のまま、その名を口にするだけ。
その時、心の中で願っているの。「ねえ、私の名前を呼んで」
はじめまして。わたし、うがきみさとって言います。
(二〇一七年六月)
※「拝啓、貴方様」序「あなたに名前で呼ばれたい」より
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『今日もマンガを読んでいる』(文芸春秋)
著者:宇垣美里
定価:1,650円(税込)
発売日:2021年12月14日週刊文春の人気連載「宇垣総裁のマンガ党宣言!」を書籍化。宇垣美里が選りすぐった傑作マンガの数々を熱量たっぷりに評します。
「マイメロ論」で話題になった『Quick Japan』巻頭随筆をはじめ、TBSアナウンサー時代に執筆したエッセイ8篇も特別収録。
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