わたしは断言ができない(Panorama Panama Town 岩渕想太)

2021.11.6
岩渕想太

文=岩渕想太 編集=鈴木 梢


『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』や『VIVA LA ROCK』といった大型音楽フェスに出演、人気バンドが多数集結する『パナフェス』の主催もするロックバンド・Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)のボーカル岩渕想太が、世の中の事象に、過去の経験から独自の視点で思考を巡らせるコラム。今回のテーマは「断言」。インターネットを見渡すと0か100で争う人々があふれる今、岩渕は「断言」の危うさを考える。

「絶対に寝ない」と誓えなかったあの日

何かを断言するという行為が昔からずっと苦手だ。

というか、軽々しく何かを断言する行為と言わなければ語弊があるだろうか。断言するのも、断言されるのもとても苦手だ。

わたしはバンドをやってるのだけれど、初めて会った人に「どういうバンドをやってるの?」と聞かれると、とたんに歯切れが悪くなる。あれこれ話そうとするし、ひと言で言い表せられれば一番いいんだろうけど、できることならまず音を聴いてほしいと思う。

「絶対これ好きだよ」と言われると、なんでそんなことが言い切れるんだろうと不思議な気持ちになるし、「『ゴッドファーザー』は2のほうが絶対におもしろい!」と言われると、いや1も負けず劣らずだろうという気持ちになる。これは、ちょっと違う話だけれど、ともかく断言することがあまり得意じゃない。

高校のころ、どうしても寝てしまう国語の授業があった。気難しい先生は、朝に近い授業だと目に見えて機嫌が悪い。今日ばかりは寝ないと心がけていたが、雷が飛んでくる予感に包まれた教室は、妙に静かで眠気を誘った。音読が回ってこないタイミングで気がゆるみ、記憶が飛び、「こら!」の一言で夢から覚め、気づけば黒板は知らない文字で埋め尽くされていた。

「いい加減にしろ。これ以上、寝られると困る」

わたしは教室の真ん中に立たされ、先生は説教を始めた。最近寝てばかりいるという話から、長々といろんな話が繰り出される。その先生は「授業中に寝る」って行為から、どこまででも連想を続けることができる人だったから、感心しながら聞いていたら、最後に「わかったな岩渕、わかったらこれから絶対に寝ないと誓え!」と怒鳴られた。しかし、わたしは「絶対に寝ない」と誓わなかった。というか誓えなかった。そんな簡単に言い切れない。

もちろん、申し訳なさは感じていた。わたしの相づちはもはや「すみません」に変換されていた。謝れと言われれば何度でも謝る。ただ、絶対に寝ない。そんなことを言い切ることができるだろうか。そこが引っかかってしまった。身内に不幸ごとがあって朝まで泣き腫らしたまま登校する日が来るかもしれない。前日の夜、きちんと寝ていても、どうしても眠気に負けてしまう瞬間があるかもしれない。わたしに誓えることがあるとすれば、「絶対に寝ないように全力を尽くす」ことだけなんじゃないか。現に、今日はそう思って授業に臨んだ結果寝てしまったのだから。いや、胸張って言うことじゃないか。

強情な牧師と空気の読めない花嫁のような「誓え!」「誓えません」の押し問答は、チャイムが鳴っても収まらず、そのまま先生はわたしを職員室に連れていき正座させた。そこでも、わたしは「絶対に寝ない」と誓わなかった。

別に、屁理屈でも、駄々をこねたいわけでもない。ただ、そこで「寝ない」と断言するほど軽薄なことはないと思ったのだ。「寝ないようにする」という姿勢に置き換えるのは、自分にとって先生への精一杯の誠意だったんだけど、それは最後まで伝わらなかった。梅干しのように真っ赤になった先生の表情の奥には、永遠に解消されない疑問符が浮かんでいる。気づけば4限の授業も終わり、昼食の時間。職員室のほかの先生は弁当を広げながら、好奇の目でこちらを見ている。なんだか無性にお腹が空いた。

断言するということは、可能性を殺すこと

バンドをやっていると、断言を求められることがたくさんある。「ズバリ、このアルバムをひと言で言うならなんですか?」その「ズバリ」を言わないために音楽を作ってるのに、あの手この手で求められる。

ラジオやテレビだと時間の都合があるし、紙面だとページ数の都合があるから、できるだけ合わせた回答をするようにするけれど、過度に圧縮した言葉を話してしまったなと思うとき、表層だけをすくい取って話してしまったなと思うときなど、未だに後悔は尽きない。8年目のバンドマンは、職員室で正座するだけじゃ許してもらえないのだ。

断言するということは、可能性を殺すことだ。

その避けようがない事実を納得したり、諦めたりしながら、わたしたちは何かを断言する。

アルバムについて「ズバリ、こんなアルバムです」と語るわたしは、その瞬間、アルバムが持つほかの要素を殺している。そういった見えない排除に、たまに耐えられなくなる。あのときの先生は、「授業中に寝てしまうかもしれないわたし」というものを徹底的に排除したかったのだと思う。

最近インターネットを見回せば、文脈から切り離され、持ち主も分からなくなった断言の数々がたくさん飛び回っている。あの日の先生のように、0か100かの一本槍で言い争う人がうじゃうじゃといる。そんな中、グッと踏みとどまって、断言せず、言い切らず、思考しつづけるのは大事なことのように思う。

言い換えれば、ためらうこと。断言のたびに、排除されたたくさんの可能性の叫びに耳を傾けること。バンドをやっていると、なんとも言い切れない胸の高鳴りを感じることがある。集中して制作をつづけていると、どんなものとも断言できない音源が出来上がることがある。そういったものを、簡単な言葉で割り切らないでいたい。

わたしは今でも、「絶対に寝ません」と言い切らなかったあの日と同じ気持ちのまま、バンドをやっている。

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  • panoramapanamatown

    Mini Album『Faces』

    発売日:2021年11月24日(水)
    【通常盤(CDのみ)】
    価格:2,420円(税込)
    1.King’s Eyes
    2.Strange Days
    3.100yen coffee
    4.Faceless
    5.Seagull Weather
    6.Algorithm
    7.Melody Lane
    FODドラマ『ギヴン』主題歌「Strange Days」を含む全7曲

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  • Panorama Panama Town One-man Live 2021-2022 “Face to Face”

    2021年12月11日(土)兵庫・クラブ月世界
    時間:OPEN17:15/START18:00

    2022年1月14日(金)東京・東京キネマ倶楽部
    時間:OPEN17:15/START18:00
    料金:一般4,000円(+1D)

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