自分はサブの人間やなと思い知らされた少年野球の思い出<三遊間さくらいのしゃべり足りない心域>

2026.10.9
三遊間さくらい

その言葉数の多さから“多弁師”と呼ばれるお笑い芸人・三遊間さくらいが、ラジオやライブで話すほどではないけど、誰かに聞いてほしい心の内や日常の中での発見を書き留める連載「しゃべり足りない心域(こころいき)」。

学生時代、コンビともに野球部に入っており、さくらいが主にショートを守っていたことがコンビ名の由来でもある三遊間。実力はあったほうだったが、人生において「自分はサブの人間である」ということを自覚したのは、少年野球に打ち込んでいたときのことだったという。

きっかけはエースとキャプテンによる権力の誇示

三遊間のさくらいです。

僕はぎょうぶの為国さんと仲がいいです。これを読んでくださってる人の中には為国さんを知らないという人もおられるかもしれません。NSC大阪39期の「ぎょうぶ」というコンビのボケ担当で、芸歴でいうと僕の2年先輩にあたります。あのエバースの佐々木(隆史)さんが、あるYouTube動画の中で「一目置いている」と発言したコンビです。

ちなみに僕は佐々木さんに「将来のお笑い界を背負っていく逸材ではある」と言われましたので、それだけ言わせてください。佐々木さんお世話になります。ネズミみたいな顔して、前歯を出して、うしろからついていかせてもらいます。実はそのセリフのあとに、「あとは実績のみじゃん」と強烈な右ストレートを顔面に打ち込まれたところは、みなさん見なかったことにしてください。僕が人より少し陽気な人間だったからよかったものの、普通の8年目の漫才師なら喉が締まってうまく笑えてないところでしたよ。

話は逸れましたが、なぜ為国さんと僕は仲よくなったのか、これには明確な理由があります。それは僕は野球、為国さんはサッカーをずっとやっていたスポーツマンであり、小学生ぐらいまではスポーツがまわりよりできて非常に明るく活発でしたが、中学に入り完全に挫折し絶妙にひねくれて、高校でもその感じを引っ張ってた、という人生の勢いの折れ線グラフがかなり似ているからです。しかも芸歴自体は為国さんのほうが2年先輩ですが、年齢的には同級生です。初めてしゃべったときに、お互いあのときの俺が目の前にいるっていう感じでした。

三遊間さくらい
少年野球をやっていたころのさくらい

そんな為国さんと「初めて自分は主役じゃなくてサブの人間やなと思ったのはいつですか」って話になったんですけど、僕はそう思った瞬間が明確にありました。今回はその話をしたいなと思います。

それは忘れもしない小学6年生のときの少年野球の大阪合宿です。僕たちの少年野球チームは、大阪にある「高石スワローズ」というチームと毎年2回、お互いのホームグラウンドに出向き、練習試合をしていました。

1泊2日で練習試合を行うのですが、最終日の夜に公民館の会議室的なところに大きな机をいくつか並べて、親睦会を兼ねたお疲れ様の食事会が開かれるのです。その食事会が終わりかけのころに向こうのほうの卓から「年賀状交換したらええねん」という声が聞こえてきました。なんやねん年賀状交換したらええねんってと思い、そっちのほうに目をやると、僕のチームのエースと向こうのチームのキャプテンの選手が何かしゃべっており、それを見ている親が「年賀状交換したらええねん」と言ってました。

最初はともかく「年賀状交換したらええねん」ってセリフなんやねん笑、と思ってぼーっとその様子を見てたんですけど、どんどんそいつらにピントを合わせていくと、僕のチームのエースと向こうのキャプテンが「俺たちこの中の一番同士がお互いに認め合っているんだ」という確認を、ほかのやつらに見せつけるようにコミュニケーションを取っていました。首脳会談ばりの握手をかましています。お互いが相手の地位を利用して自分がこの中のトップであることをまわりに示す時間。そして、自分の息子が相手チームの一番の選手に認められていることにテンション上がってる親が、その関係をほかともう一個差をつけようとして、「年賀状交換したらええねん」と言ってることに気がつきました。

そういうの部活やってたら練習試合とか他校との合同練習とかでたまに見ないですか? それをしょうもないやつらがあいつとあいつが手を組んだら夢のコラボレーションや、みたいな顔して見ています。

まだちょっとだけ野球に自信のあった僕は、ちょ待て俺蚊帳の外やないか!なにを勝手に俺のこと忘れてくれとんねん!と思いましたが、もう空気ができ上がってしまっていて、入る隙間はありません。仮に恋愛シミュレーション番組ばりに俺もと名乗りを上げたとしても君はそもそも参加者なのかいという感じになってもおかしくなさそうなくらい空気ができ上がっていました。ただ俺がその席にいたらどうなってたかはわからへんで?という顔はいったん作らせてもらいました。正直そのチームの中心ですわっていうやつらがいるイケてる卓に座ってない時点でもうすでにダメなんですけどね。でもここでタダで転ぶわけにはいかんやろという変な反骨精神を持ってる僕もいます。

そこで僕は考えました。ここに割って入れなかったとしても、僕は僕で、向こうの感じとまではいかなくても、2番手ぐらいのふたりはここで話をしてますよ、と示す方法はないものかと。そこでいったん、僕にはどんなやつが関わってきてるんやっけと、その食事会で隣に座ってちょっとしゃべってたやつをしっかり見てみました。そしたら僕の隣に座ってるやつは、真っ黒に焼けた細い1学年下の5年生でした。えっ、俺のペア細くて黒い5年?? 向こうはエースとキャプテンで肩組んでしゃべってるなか、俺は真っ黒の細い5年とトントンの扱い?? なんか唐揚げ食べてちょっとだけわろてる!

しかし、この5年の子はサードのレギュラーを1学年下にもかかわらずゲットしたというやり手でした。しかも、その日の練習試合で僕がサード線に放ったライナーを、ジャンピングキャッチでアウトにした子でした。よくよく見ると、真っ黒で細いものの目つきには鋭いものがあり、先輩に割って入ってレギュラーを獲得しているだけはある、やんちゃな顔をしています。こいつならいける。こいつをうまいこと使ってこっちはこっちでちょっとできるふたりを演じようではないか。

真っ黒の細い5年と肩を組んで…

この作戦にはこいつの協力もいります。なぜならお互いがお互いを認め合ってる感をじゅうぶんにまわりに放たないといけないからです。そこで僕は相手が1個下ではあるものの、まずは下手に出ることに決めました。この時点でもう今の俺です。佐々木さんについていくときと同じ顔してたやろ、これ。

しかしただ下手に出るのではなく、こっちもすごいという感じも出さないといけません。そこまで考えてまずこう切り出しました。

「あの打席完全に捉えたのにちょっと勘弁してよー!」。

完璧な入り。野球をやってる人はわかると思うんですけど、「捉えたと思った」っていうことあるんですよ。ただ「捉えたと思った」は捉えてないことになるので、ここは「完全に捉えた」と言うことによって、その打席で僕は相手のエースに対決で上回ったということにしました。

そこから、「あの打球が取られるとは思わんかったで」と続けます。これで、細くて黒い5年=僕>相手チームのエース。さあここまで持ってきた。実際、ファインプレーだったのであとはふたりでちょっとできる感じを出すだけ。頼んだ! 細くて黒い5年生の名前も知らん君!!! こっちはこっちで外務大臣同士みたいな感じ出そうや!!

そしたらそいつは首をかしげながらこう言いました。「いや、まあ……別に……」。

あれ? どうした? 1学年上の1番ショートの僕が下手から出て褒めてあげてるよ……。

僕は次の言葉を待ちます。

「……そうすか、はい」。

あかん! やられた! この細くて黒い5年ボケ! 完全にこっちのハシゴ外された! おい! ほんまはうれしいんとちゃいますの! でもファインプレーを褒められて喜ぶんが恥ずかしいだけちゃいますの! ええんやで! 喜んでええんやで! おい! あっかん、唐揚げ食うた! 大きいの探して食うた! 唐揚げ食うて、ご飯食うて、口ん中メシ入れすぎて虚空見つめながら噛んどる! 全然俺に興味ないですやん! てかこいつの親はどこにいるの、もうこいつがあかんのやったら親が「年賀状交換したらええやん」って言えや!

なんでしょう、こっちがここはふたりでちょっとよろしくやろうやっていくと、一刀両断。なんやねんこいつとかでもなくなんとも思ってない人間にしゃべりかけられたって反応でした。そういうなんとも思ってない人間への対応をここで初めてはっきりくらいました。なんやかんやここまでは少年野球レベルではどの対戦相手からも一目置かれている自負があったんですよね。実際、少年野球時代はあまりに打つ子供がいるということで、ほかの学年の親が僕の打撃を見に来たりしていました。

三遊間さくらい
少年野球をやっていたころのさくらい

僕のちょっとした特技として「すぐにコツをつかむ」というものがあります。僕は能力系のバトルマンガに出たら、一回見た相手の能力を70%で使えるというキャラになると思います。なので、4、5年生ぐらいまではとんでもない選手でしたが、どんどんちゃんとコツをつかんだやつに抜かれたんですね。最初は一番できるんですけど、徐々にほかに追いつかれて別に大したことなくなるっていうパターンが多いです。お笑いだけはなんとか逃げきったろうって感じです。

で、野球はたぶんこの才能に加えてちょっとだけセンスがあってもう少しやれてたんですけど、正直アップアップしてきたなってタイミングでのこれやったんで、俺完全にサブの人間になったなと思いました。あの瞬間は忘れられないですね。

この話で為国さんと大盛り上がりしました。まじでそういうときに擦り寄ったら、向こうはなんとも思ってなくて切られるよなーと。ちなみに為国さんは小学校のときはすごい選手やって、めちゃくちゃ強いユースのセレクションを受け最終選考まで残ったものの、ゲーム形式のテストでテンパって人生で初めてオウンゴールを2回してもうあかんと思ったらしいです。ある意味主人公なんですけどね笑。その味方のキーパーも落ちたらしいです。落ちたというか、もう為国さんが落としたみたいなもんですけど。

また第5回でお会いしましょう。

この記事の画像(全4枚)


この記事が掲載されているカテゴリ

三遊間さくらい

Written by

さくらい(三遊間)

1996年5月25日生まれ、滋賀県出身。お笑いコンビ・三遊間のツッコミ担当。レギュラー番組に『三遊間のほそ犬スピリッツ』(MBSラジオPodcast)。