【『宇宙兄弟』18年の物語が完結】「俺の敵はだいたい俺」── かつて“ありきたりな神童”だったわたしが自分だけの「金ピカ」を見つけるまで

2026.7.22

文=ナツイ 編集=藤井里音


多くの読者に愛されているマンガ『宇宙兄弟』がついに最終回を迎え、18年に及ぶ物語が完結した。登場人物の人生を丁寧に描く本作品だが、単なる夢物語ではなく、物語の軸には「失敗と挫折の連続にどう向き合うか」が存在している。そこに、年齢問わず多くの人の胸を打ち、愛される理由が詰まっている。

そんな本作品から文筆家・ナツイの実体験とともに、人生における居場所作りや挫折からの立ち直り方を学んでいきたい。

あなたにとっての金ピカも、いつかきっと見つかる

「今のあなたにとって……一番金ピカなことは何?」

これはマンガ『宇宙兄弟』で、宇宙飛行士になる夢をあきらめて生きている主人公・南波六太に対して、幼いころから六太をかわいがっていた天文学者の金子シャロンが投げかけた言葉だ。

数年前のわたしがこの言葉を身近な誰かに言われていたら、こう答えていただろう。

「ねぇよ!」、と。

夢なきゆえの、ショート近藤春菜である。

かつてのわたしはありきたりな神童だった。ネット上では大人たちから「天才だ」と騒がれ、創作系の部活に入ってはすぐに結果を出し、どのジャンルのクリエイティブでもある程度はこなすことができた。ネット経由で芸人さんから「あなたはおもしろすぎます。〇〇(事務所名)に来てください。待ってます」というメッセージが来て、数年後その芸人さんが揉め事で事務所を退所していたこともある。じゃあ事務所に行っても、誰も待ってねえじゃねえかよ。

なんと、韻もちょっとだけ踏める。就活のときに「最後に何か質問は?」と聞かれ、アピールが足りなかったと勘違いして「御社で韻が踏めます!」と言い、突然ラップを始め、ムチャクチャすぎたため逆に内定をもらえたこともある。フリースタイル就活である。「次の面接官はこいつだ!」と社長の般若が出てこなくてよかった。

あと、ギターもマジでちょっとだけ弾ける。どのぐらいちょっとだけかというと、ちょっとだけすぎて楽器屋の試奏は緊張するので「Smells Like Teen Spirit」とか「C7」とかを弾くレベルだ。楽器屋の奥から聴こえてくる下手くそなニルヴァーナ、あれはわたしである。

学園祭でスピッツの「ロビンソン」のイントロ13音ぐらいを任され、全飛ばしして一音も弾かずにギターを赤子のようにあやしていたこともある。棒立ちのわたしに比べれば、金魚草のほうがよっぽどすごい。QJWebの読者を信用しすぎて、相対性理論の歌詞ぐらい固有名詞が多くなっている。おい、固有名詞を追加トッピングすんな。

でも、まったくクリエイティブ系ではない企業に就職をした。単純にすべてに飽きてしまったのも、妙に潔癖な性格で業界の価値観についていけないと感じたのも、のほほんと暮らすのが案外好きだったのもある。

のほほんと暮らすのが好きすぎて、エッセイを仕事にする前は、ひたすら働き、土井善晴のようなご飯を作り続け、散歩をしながらPodcastを聴き、週8でブックオフに行っていた。ブックオフで『AKIRA』(講談社)全巻を300円でそろえられたとき、神様はいると思ったが、神様に与えられた生活はそれにしても地味だった。

さまざまなメディアでクリエイターが創作論を語っているのを見るたびに「わかる!」と共感するものの、その時点で何も創作をしていないわたしは「わかったとて」とも思っていた。会社での仕事においてモチベーションになれど、それらはなんの役にも立たない。胸の奥がチクリと痛み続けた。3人がかりでダメージを与えてくる『ボクらの時代』なんてもう、わたしの心に対するジェットストリームアタックだ。

ゆったりとした生活は楽しい。具体的に何もやりたいこともない。だから、これでいいはずだったのに。

この生活には、自分が自分らしく居続けられる場所があまりにも少なかった。会社でのコミュニケーションはあまりにも誇張されていたし、普段の生活からは意図的にクリエイティビティが排除されていたから。だって、そんなもの、生きていく上ではただただジャマじゃないか。

でも、何かやりたいことがあるわけでもないにもかかわらず、わたしの心の奥底には膨張し続ける創作意欲だけがあった。

もしかすると、わたしも自分を無理やり納得させているだけで、かつての六太のように、どっか人生に対するあきらめがあったのかもしれない。

作中で、教官であるビンセント・ボールドから「あなたの敵は誰ですか?」と聞かれた六太が

「俺の敵はだいたい俺です」「夢をさんざん邪魔して足を引っぱり続けたのは結局 俺でした」

と答えるシーンがある。わたしのことをあきらめて、可能性を狭め続けていたのは、ずっとわたし自身だったのだと思う

いつしか、そんな奥底に秘めた鬼の創作意欲がこぼれるように、SNS上に投稿を始めた。創作とはほど遠い、ただのポストに過ぎないが、ありがたいことに見てくれる人がたくさん現れた。

ある程度アカウントの規模が大きくなったところで窮屈になってしまい、自分の考えを吐き出したくなって、鍵をかけるように課金制で文章を書くようになった。もともと文章を書くのは好きだったが、向いていると思ったことは一度もないし、これも特に創作という意識はなかった。

すると、その文章にわざわざ課金してくださった編集者さんから「エッセイ本を出しませんか?」というメールが届いた。実際に一緒に仕事をしてみると、わたしのファンの数や属性とは無関係にわたしの文章に真摯に向き合ってくれて、うれしかった。もちろん、仕事の大事なパートナーでもあるけど、わたしの文章のファンで居続けてくれて「あっ、この人のためにもがんばりたいな」と素直に思えた。

そうして本を出版し、その宣伝のためにエッセイを載せ続けているうちに、わたしの文章を評価してくれる人が増え、お仕事の依頼も来るようになった。「おもしろすぎる」「文才がある」「令和のさくらももこ」、そんなメッセージも毎日のように届き、そのたびにポンポコリンなわたしは踊りを踊らせていただいている。あと「この人、さくらももこが平成に亡くなったことを正確に把握しているんだ」とも少し思う。

ちなみに「令和のさくらももこ」と呼ばれている同業者は、もうすでに10人ぐらいいる。みなさんのことを敬愛しているので、いつか令和のさくらももこで交流会をしたい。

「学校がつらかったけど、笑えた」「仕事の疲れが癒やされた」なんていうメッセージが届くたび、その誰よりもわたしが笑顔になっている。

作中で、幼いころの六太が生きる意味を聞いたとき、シャロンは

「そんなつもりはなくても人はね─誰かに─“生きる勇気“を与えるために生きてるのよ 誰かに─勇気をもらいながら」

と答えている。わたしもただ勝手に生きているなかで、みなさんと何かを与え合えていることがうれしい。あと、シャロンはいいことを言いすぎ、わたしもシャロンになりたい。

文章を書くこと自体もあまりにも楽しいし、応援してくれる人たちのことも心から愛しているし、新しくできた文筆家のお友達もお仕事で関わるすべての方々もとにかく親切にしてくれて、わたしをわたしのまま受け入れてくれるのが本当にありがたい。

わたしにとっての金ピカはそのすべてだ。

「こんな素晴らしい世界があったのか」と毎日感動しているし、同時に「今さら好きなものが見つかるなんて、あまりにも遅いんだけど!」と空中に向かって怒り続けている。恥ずかしげもなく言うが、わたしは「お金」だったり「何者かになること」なんかよりも、心の底からエッセイを書くことが好きだ。たまに時給計算したら200円ぐらいになるお仕事もあるが、楽しすぎて全然やってしまう。エッセイって本当のこと全部書いていいわけじゃないですよ、バカ!!

宇宙兄弟は失敗や挫折で苦しむ人々が、仲間を救い、救われながら人生を生き直す物語だ。我々も絶望し、深い闇に飲み込まれてしまいそうになることがあるからこそ、その物語に共感し、自分らしく生きるための勇気をもらえる。過去の努力が一見関係ないように思える何かに突然結びつくことも、キャラクターたちが自分をあきらめない限り、各々の人生が何度も交差することも、ただの伏線回収などではなく、わたしたちの人生にも起こり得るリアルだと思う。

最後に六太の同僚である新田零次のセリフをみなさんに、送りたい。

「今……『自分の居場所がない』と強く感じていて―小さな世界に閉じこもっている人がいたら聞いてください それこそが外に飛び出す原動力です」

わたしだって自分らしく外に飛び出しているのだから、きっとあなたも大丈夫。

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ナツイ

おふざけとサブカルと美学のエッセイ・コラム屋さん。2025年にアンソロジーのZINE、しりひとみ編『死んでないけど走馬灯』に参加。2026年に初の単著『サブカルをお守りにして生きてきた』(KADOKAWA)を発売。ネットで異常な数のエッセイを書いていることで「なんやねんこいつ」と業界の一部で話題に。..