「モテる女のさしすせそ」は通用しない⁉『地獄に堕ちるわよ』から学ぶシン・愛される女の定義とは【平成はLOVEだった#5】

文=奈都樹 編集=山本大樹


平成ひと桁生まれの“みんなのギャル”ライター・奈都樹が駆け抜けた平成の時代のすべてをLOVE一本槍で語り尽くすエッセイ連載。恋に恋したあのころを、もう一度みんなで見つめ直そう!

第5回は、『地獄に堕ちるわよ』(Netflix)を観て感じたシン・愛される女の定義について。「人は建前をぶち壊すものに興奮させられる」という本能に訴えかけ、「モテる女のさしすせそ」をぶち壊し、男性からの愛情を獲得する女性像とはいったい…!?

猛女が見たくて『地獄に堕ちるわよ』を視聴

『アニータの夫』(1)を読んでから猛女の物語を見たい気分になっていたので、Netflix『地獄に堕ちるわよ』(2)も配信当日に全話視聴。男社会の中で強(したた)かに生きるアニータに比べたら、男にやや甘めな細木数子には物足りなさを感じたものの、ビールを飲みながらぶつぶつ文句を言って観るドラマというのは快感でなんだかんだ楽しめた。

細木数子が冠番組を持っていた時代(3)といえば、私は出来損ないの小学生で、親やら担任やら近所のおじさんやらに四六時中叱られていた(4)。ので、わざわざゴールデンタイムに細木数子から説教をくらう大人たちを観たいとは思わなかったけど、世の中的には芸能人が一刀両断される様子は痛快だったみたいでしばらく番組は続いて、私はその時間、インターネットの中にいた。

【注釈 その1】
(1)2001年に発覚した青森14億円横領事件(通称:アニータ事件)の当事者・千田郁司にインタビューしたノンフィクション『アニータの夫』(柏書房)。読んでて切なかったのは、貢がせたアニータよりも、横領した千田に共感してしまったこと。「反復する日常が嫌になって少し変わった人生を送りたいなって」とか私じゃん
(2)このドラマの影響か、イライラすると親子丼が食べたくなる
(3)誰がそんな時代を望んだよと思ったけど、そういえば母親は毎年「〇〇星人の運命」みたいなタイトルの本を熱心に読んでた
(4)ちなみに私をよく叱ってた担任は、占い師から「あなたのラッキーカラーはピンク」と言われて以来、全身ピンクをまとって生活していた。担任の夢は「素敵な男性との結婚」だった

細木数子とモテる女の共通点はドキュメントバラエティに通ずる

細木数子がもたらす緊張感というのは、90年代に流行った『電波少年』シリーズ(日本テレビ)(5)『ガチンコ!』(TBS)(6)あたりのドキュメントバラエティに近いものを感じるし、人は建前をぶち壊すものに興奮させられる生き物であるということはテレビから学んだ気がする。けど、恋愛もまた同様だと知ったのは、それからだいぶ大人になってからのこと。恋愛というのは難しいもので、自分がされて嫌なことを意外と相手は望んでいるというケースがある。

『『進め!電波少年』』(日本テレビ)

指摘されるとやる気をなくす繊細女へと成長した私は、いくつになっても過激なバラエティが苦手だし、実生活でもなるべく人を傷つけまいと“褒める”スタンスでいる。こんなことを自分で言うのもなんだけど、いわゆる世間一般でいうところのモテる女である。「女のさしすせそ」(7)なんてモテるかどうか知る前から何も考えずに使ってきたし、話だってなるべく聞く側に回ってきた。でも恋愛なんてそんな簡単じゃない。これは誰かが作った架空のモテ仕草であって、実際にモテるのはそんな私の横で「私はこう思うけど」とズケズケ男性に意見しまくる女性である。

そんなこと言ったら相手に失礼だってとヒヤヒヤしてると、案外相手はその子をおもしろがってどんどん話に乗っかっていく。そしてふたりの距離はみるみる縮まる一方で、相手のいいところを一生懸命探して褒めていた私は気づいたら蚊帳の外……なんてことが若いころによくあった。別にモテたいわけではないけど本音をいえばおもしろくはない。だって、なぜこうした態度が男性に受けているのかさっぱりわからない。でもこれも今思えばドキュメントバラエティ理論だ。

【注釈 その2】
(5)極限状態まで追い詰められる人間を見て、無邪気に泣いたり笑ったりできるぐらいには大衆はサディスティックなのだと知った
(6)「ファイトクラブ」「ラーメン道」など名物企画多数。中でも「ダイエット学院」で公開された山口(達也)メンバーの肥満体型は忘れられない。アイドルも太っているという事実に同じく肥満体型だった私は勇気づけられた記憶
(7)「さすが、知らなかった、すごい、センスいい、そうなんだ」。普段、人に話を聞いてもらえない男性ほど効く

シン・愛される女の定義

人は建前をぶち壊すものに興奮させられる。女性がズケズケと物を言うということ。これはよく考えてみればポイント2倍だ。相手への気遣いという建前だけではなくて、女らしさ=おしとやかという建前も突き破っている。誰でもわかるモテ定型文では、こいつといたら何かが起きそうと予感させる興奮は起きないだろう。

自分の意見を持っていて我が道を突き進む。そうした芯の強い女性のほうが人を惹きつける力があるし、男性はきっとそういう女性を受け止められる男でいたいという願望が少なからずあるのではないでしょうか。あくまで私の経験上の話だけれど。

『地獄に堕ちるわよ』だってそういう話だった。細木数子はさまざまな男性を魅了するが、男の生き方に合わせようとしたとたん、地獄に堕ちる。一方で、地獄から這い上がりビジネスを成功させると再びモテ始める。細木数子が好きなように生きると、恋愛もビジネスもうまくいく。『アニータの夫』だって「夫」はアニータに振り回されてるようだったけど、彼女がチリから日本に出稼ぎに来た苦労人でなければ、夢を堂々と口に出せる女性でなければ、そもそも関係はここまで進んでいなかったようにも思う。

と、大人になった私は、シン・愛される女の定義をある程度インプットさせることができた。が、繰り返すようだが、私は指摘NGな繊細女である。自分がされて嫌なことを相手にしたくはない主義だ。しかしそれではみんなおもしろがってくれない。別にもう男に愛されなくてもいいけれど、『CanCam』のエビちゃん(8)のごとくめちゃ♡モテは引き続き望んでいるので、私は少々うしろ向きな気持ちでみんなの前でズバリ言ってみたりもする。だけどこれはこれでなんというか、細木数子のバラエティノリに近いというか、一周回って建前を生きているような気がしないでもない。

『CanCam』(小学館)2007年3月号

【注釈 その3】
(8)万人に愛された末にエビちゃん(蛯原友里)は、本命男性にも愛され続けてる

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奈都樹

(なつき)1994年生まれ。リアルサウンド編集部に所属後、現在はフリーライターとして活動しながら、クオーターライフクライシスの渦中にいる若者の心情を様々な角度から切り取ったインタビューサイト『小さな生活の声』を運営中。会社員時代の経験や同世代としての視点から、若者たちのリアルな声を取材している。