グローバルボーイズグループ・INIのメンバー・許豊凡が、いつかは忘れてしまうかもしれない「ある一日」の心の動きを大切に書き留めるエッセイ連載。
連載第4回では、家族でもあり友達でもあるという“メンバー”という不思議なつながりを考える。
※本稿はWEB版オリジナル原稿です。第5回は4月14日(火)発売の『Quick Japan』vol.183に掲載します。
20211230:運命共同体として

アイドルに対して、家族でもない、友達でもない、同僚でもない、「メンバー」という存在がいることがうらやましい、という文章をどこかで見かけた。その文章にたくさんのいいねがついていた。そしてありがたいことに、自分はその当事者だ。
結成してからもう5年も経とうとしている今、改めて僕にとってメンバーってなんだろうと、振り返ってみたくなった。
*
1998年の中国生まれ。幼稚園、小学校、中学校、高校、どこに行っても僕たちの世代はひとりっ子であることが当たり前だった。初対面の人と話すときはまず、お互いひとりっ子であるということが前提として会話が進んでいく。クラスに数人しかいない兄弟のいるクラスメイトは、ほかのクラスメイトから好奇心を持たれがちだった。時代が変わって、今こそひとり以上の子供を持つ家庭はもう珍しくないが、逆にいうと僕たちの世代に共感してくれる人は、近い歳の人たちしかいなくなったということになる。
だから僕にとって「兄弟」というのは最初からずっと曖昧なままで、儚い概念のようなものだった。家にいると話す相手は親だけになるし、最近の流行りの話なども学校から持ち帰ることがなかった。きっと世の中には僕の知らない「兄弟」のいいことがたくさんある。結局、それも他人から聞いた話からしかわかりようがないのだが。
ひとりっ子には、いいことも当然たくさんあった。お小遣いは特に誰かと分けることなく独り占めすることができた。ご飯もおかずも自分の好きなものを好きなだけ食べることができた。夏休みや冬休みのときなんて、朝起きて親が職場に行ったあとはもう、家は僕ひとりの楽園のようだった。
その影響なのか、日本に来てからは母国の背景と関係なく「ひとりっ子っぽい」とよく言われる。たしかにそうかもしれない。ひとりでいる時間も別に窮屈ではないし、むしろ子供のころから培った経験と知恵でひとりの時間をうまく過ごせている自信すらある。自分は長い間、良くも悪くもそうだった。
でもそんな僕がINIのメンバーになって、ほかのメンバーと出会った。「〇〇家の子供」は僕の場合はひとりしかいなかったが、「INI」という特定の属性を共有する人が11人もいるし、それはとても特別な11人しかいない。行動も、ひとりではなく11人で。この感覚は自分にとって初めてかもしれない、と韓国で行ったデビュー合宿のある日にふと思った。
同じぐらいの時間に起きて、食堂で朝のあいさつをして、一緒に朝ごはんを食べて、同じぐらいの時間に練習室に行って、朝から晩まで一緒に過ごして、約2カ月の間ずっと同じ繰り返しの日々を過ごし、あるいは一緒に新しいことを経験し、リーダーが決まるまでひとりずつ日直リーダーをお試しにやってみたり、一日の終わりにみんなで円になって振り返りをしたり、一緒に僕たちのファンネームである「MINI」を決めたり、間違いなく「INI」という属性は今まで自分が所属していたどのコミュニティよりも特別だった。僕にとってとても新しいが、言葉ではなかなか表せないこの不思議な感覚がしばらく続いていた。
もちろんオーディション中の「練習生」と重なる部分もあったが、あのときと違うのは、この先も僕たちはずっと一緒にやっていけるという安心感がある。
今の僕たちには運命の分かれ道が決まっているわけでもなく、ヒヤヒヤしながら不意に訪れる残酷な別れを恐れることもない。この11人でこれからもやっていく。11人が同じ運命を共有する、運命共同体として。
*
2021年12月30日、僕たちにとって初めての『日本レコード大賞』の日だった。
デビュー合宿を経て、9月にデビューシングルの楽曲が公開され、11月3日のデビュー日を迎え、さらに初めてのファンミーティングも無事終わった。いよいよグループ活動が本格的に始まる実感が湧いてきたある日、とてもうれしいお知らせが舞い込んだ。
その日の0時に発表された、レコード大賞優秀新人賞のアーティストの中にINIの名前が載っていたのだ。
レコード大賞の1週間前、放送本番に向けて練習を行った。すでにその時点で数カ月も披露し続けた僕たちのデビュー曲「Rocketeer」を改めて確認する。そして練習の最後に、この曲をメンバーの前でひとりずつ踊ることになった。
今でも思うが、いろんなステージを経験してきても、結局メンバーの前で踊るのが一番緊張する。同時に、一番昂(たかぶ)ったりする。もうすでに数カ月も一緒に生活していたはずなのに。僕のターンも、自分の頭が真っ白に近い状態だったが、みんなが反対側で見守ってくれていた姿はいまだに鮮明に覚えている。
本番当日、曲自体はあっという間にすぐ終わったが、あの短い時間の中、確実にほかの10人の息をお互いが感じていた。前を見ながら、目で確認できなくても、頼りになる存在が確実にそこにいた。うれしい。安心する。そう思いながら。
レコ大を終えて、宿舎に全員で集まっていた。緊張感あふれるステージを終え、次の日の入り時間も早くなかったので、デビューしてから初めて全員でプチ忘年会を行った。僕は体質的にお酒が飲めないし、今でも数年に1回ぐらいしか飲まない。それでもまさにその日、僕は最近の記憶の中では一番最後にお酒を飲んだ。
案の定、メンバーの(西)洸人いわく「男梅」並に顔が赤くなっていたらしい。恥ずかしい。そのあとはみんなでカラオケ行って、深夜まで歌い明かしていた。
ここだけ切り抜くと、同じような忘年会がどこでも行われていると思うだろう。でも少なくとも僕にとっては間違いなく今まで生きてきて経験した忘年会の中で一番楽しかったし、デビュー年を象徴するINIの出来事のひとつになるぐらい、ただ楽しかったではなく、大きなステージとその準備を、全員で一緒に作り上げたあとならではの絆ができていた気がする。
当たり前だが、僕は今でもメンバーにお世話になりまくっている。5年も経とうとしている今、自分がひとりっ子であるという事実すらなんだか薄く感じるし、自分の性格の中にあるそういう要素も確実に、ほんの少しずつだが、だんだん自分から離れていってる気がする。
今の僕の生活において、この社会に生きる上で自分以外に頼れる人を挙げるとしたら、答えはメンバー一択になる。不格好な自分も、情けない自分も全部さらけ出せる。涙も流したことがある、でもその涙を気にせず流してもいい存在がこんなにもいる。誕生日やおめでたい日には真っ先に祝ってくれる。何気ない日常も過ごせば、誰も見たことない新しい景色も一緒に見る。
家族であり、友達であり、チームでもある「メンバー」という存在がいる。とてもわかる。
僕も僕のことがうらやましい。
第5回は4月14日(火)発売の『Quick Japan』vol.183に掲載します。
関連記事
-
-
Furui Rihoが『Letters』で綴った“最後の希望”「どんなにつらい日々であっても、愛は忘れたくない」
Furui Riho『Letters』:PR -
4年目の今、重荷だった「王子様」を堂々と名乗れる。Last Princeが語る、プリンスを背負う勇気と楽しさ
Last Prince:PR







