イギリスから、新たな怪作が上陸。その作品『ストップモーション』は、人形などをひとコマずつ動かして作る撮影技法・ストップモーションと、実写を織り交ぜる手法を取りながら、虚構と現実が曖昧になっていく恐怖を描くサイコロジカルホラーだ。
著名なストップモーション・アニメーターであるスザンヌの娘・エラは、母の病により中断された作品制作を自ら再開する。作業が難航するなか、偶然出会った謎の少女の協力を得て奮闘するが、徐々に生みの苦しみが彼女の精神に異常を及ぼしていく……。
同作でものづくりの深淵に触れる主人公・エラの姿に、駆け出し時代の芸人だった自らの“トガり”と“イタさ”を思ったというみなみかわ。注目の新作映画を熱血レビューする「シネマバカ一代」第8回。
“自信”と“ナメられ”のはざまにいた若手時代
芸人の始まりなんて絶対恥ずかしいほうがいいに決まってる。
私は確実にイタかった。今でもイタいかもしれないが当時は胸張れるくらいイタかったように思う。その原因はなんだろう?と改めて考えてみる。もちろんご多分に漏れず「自分が一番おもしろい」という勘違いから始まる。
しかし、当時の若手芸人なんて人権がないのも同然なので、嘘みたいに軽んじられる。ナメられてるなんて生やさしいものではない。削られてるに等しい。自信と環境のギャップに驚く。そしてそのギャップを埋める作業に個人差が出るのだと思う。
「個人差」は、何パターンかに分かれる。
1.ネタが評価されるくらいまで作る。これが健全だ。そうでありたい。
2.売れてる先輩に取り入って格を上げよう。これだって聞こえが悪いがもがいた結果なので気持ちはわかる。
3.見せかけのストイックさで相手を遠ざけたい。
そう3が問題であり、悲しいかな私が3だった。
「とにかく24時間ネタ考えよう」とか考える。集中力はないし、人より多く寝たい人間なのに、まず目標だけは大きく掲げる。24時間とかにこだわるあたりがダサすぎる。
結果、すぐに怠ける。これではいけないと思い、なぜか寝なくてもいい方法を模索する。するとカフェインの錠剤を用法より多いかたちで飲むと覚醒するみたいなことが本に書いてある(よい子は絶対マネしないで)。
覚醒……? 3の私にとってよだれが出るくらいまぶしい言葉だ。幸か不幸か、イタいがビビリだった私は1錠だけ多めに口に入れブラックコーヒーで飲んでみた。
2時間ネタを考えた。
何も思いつかないがちょっとした胸焼けでその日は終わった。胸焼けが覚醒だったのかな?とか訳のわからない結論になる。
ええい。覚醒がダメなら演出をかけるしかない。みんなの前で1ミリも理解できないのにサルトルの本を読むとか、一番好きな映画は『ソドムの市』と言ってみたりととにかくまわりを威嚇する。
顔からサイクロップスのように火が出る恥ずかしさである。そしてだんだんと気づく。
あれ? 誰も私のことなど見ていない……。
こんなの、なんの意味もないんじゃないか……。自分で自分を削ってるだけだ。
マジメに楽しくやろう……。とまわりの人の話を聞くようになる。遠回りだったと思うけどだんだんとまわりが話してくれるようになる。
しかしだ。勘違いとはいえ「自分はおもしろいはず」と信じて疑わなかったあのとき。あのときが実は大事だったんじゃないか?と、今は思うのだ。
恥ずかしければ恥ずかしいほどイタければイタいほど。のちのちトークになるとか、そんなことを言いたいわけじゃない。そのトガりと反省の振り幅が、芸人として持つ純粋さの土台につながるような気がする。
まだトガってるのかもしれない。恥ずかしい。でもそれはお笑いという「ネタ見せ」があって「舞台」があって「ウケる」「スベる」があって「ダメ出し」があるからだと思う。即時的な反省ができるのはお笑いのいいところである。
もっと個人的なアート制作とかになると、私はただただカフェインの錠剤を増やしてたかもしれない。
嘘みたいだけど、リアル
映画『ストップモーション』を観た。
私のトガりなんてレベル1。
本作の主人公・エラのトガりはレベル100。
そこにはホラーなんていうジャンル分けできるような生やさしいものはない。幽霊なんてバカな存在は出ない。ストップモーションというジャンルの映画だが、ものづくりの原点の怖さが描かれている。
よしこのネタで行こう。
いや待て。この前これでスベったぞ。
何がダメだった? ボケ弱かった? ツッコミの言葉が的確でなかった? テンションがちょっと違うかったか? そもそもテーマ自体がおもしろくない?
いや、これがやりたいのよ。スベろうがこれをやりたい。
いや、待て。お客は金を払ってるはず。姿勢だけでもウケたいという気持ちはブレたらダメだろう。
そもそもこれやりたかったっけ? もっと平均点は確実に取れる方法を。いや平均点取るために芸人なったのか?
こっちはどうだ? もうわからん。もう煙に巻くか。
……待て待て。平均点取りに行ってスベったぞ。おいもうダメだ。才能のカケラもない!
とりあえずバイト増やそう! とにかくお金という保険が欲しい! いや! 芸人やったら借金してでもバイトするな! くー!
よし! こんなときはサウナ行こう!
気持ちいいー。よし改めてネタ作ろう。
これで行こう。いや待てこれでスベったぞ?
脱却できないスパイラル。増えるコーヒー。でも隣にはスベったことを笑ってくれる人もいた。私には。
しかし孤独なエラ。サウナも無ければ笑ってくれる仲間もいない。作り手のホラーストーリー。
嘘みたいな融合映像。そこにあるのはトガりの極致。なぜかリアルである。観てほしい。
映画『ストップモーション』
1月17日(金)新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督・脚本:ロバート・モーガン
出演:アシュリン・フランチオージ、トム・ヨーク、ケイリン・スプリンゴール、セリカ・ウィルソン・リード、ステラ・ゴネット
2023年/イギリス/英語/93分/16:9/5.1ch/カラー/原題:Stopmotion PG-12