気鋭のシンガーソングライターで大のマンガ読みである小林私が、話題の作品や思い入れの深い作品を取り上げて、「私」的なエピソードとともにその魅力を綴る連載「私的乱読記」。
今回は、『ガンガンONLINE』で連載中の『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』。小林私が本作を絶賛する理由とは?
『わたモテ』が生んだパーフェクトコミュニケーション
「アニメでちょっと観たけどあんまりだったかな……(笑)」
お前らの戯言はもう十分だ。
『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(以下:『わたモテ』)とは!
俺たちみてえにちゃちなプライドと自意識を抱えて、あんまがんばってないけど人生がうまくいくような、あまつさえモテるんじゃねえかって安い希望を持って、でもなんにもうまくいかないから他人を腐して、それでも前を向いて人を知り懸命に生きる人間、黒木智子(通称:もこっち)の物語です!!!!
すみません、俺は『わたモテ』の話が出るとこうなるんです。
みなさんは原作をお読みでしょうか? ひとまず9巻まで読んでください。話はそれからです。
時速36kmの松本ヒデアキさんと初めてお会いしたとき、互いに人見知りを発揮した結果、しばしの沈黙。それを破ったひと言目がヒデアキさんの「……『わたモテ』、読んでる?」だった。
今思うと完全に間違ったコミュニケーションで、俺が読んでなかったらどうするつもりだったんだ?と思うのだが、少なくともあの場ではパーフェクトコミュニケーションだった。
FM NACK5『FAV FOUR』という番組では事前アンケートがあり、「FAVな〇〇」と題して好きな食べ物や映画、スポーツなどを書いて当日のトークに使うのだが、俺は何か引っかかればと思い「FAVなマンガ:『世界鬼』、『げんしけん』、『わたモテ』……」と記入した。
無論書いたのはこれだけではないが、その日のパーソナリティのひとりである結さんが、「わ……『わたモテ』……」と過剰に反応した。
俺はたしかリリースの宣伝として行ったはずなのだが、もうひとりのパーソナリティであるJOYさんを完全に置き去りにして、15分コーナーのうちの10分を『わたモテ』に費やした。
このふたりの、そして俺の共通項として『わたモテ』と発した次の言葉が「修学旅行編!」だったことは言うまでもないだろう。その修学旅行編が9巻である。(正確には8巻の途中からスタート、9巻にまたがって終わる)。
『わたモテ』の歴史は修学旅行編の以前以後に大きく隔たりがあるといっていいだろう。アニメはたしか4巻までのエピソードだったように思う。これではたしかに「アニメでちょっと観たけどあんまりだったかな……(笑)」となる感想もまあ、わからないでもない。
「修学旅行編」ですべてがひっくり返った
序盤の『わたモテ』は、ひと口にいえば“非モテ陰キャあるある”マンガだ。過剰な自意識のオタクである「もこっち」が、高校では変わるぞと勇んでことごとく失敗していく。
「喪5:モテないし宿る」では、雨宿りしているところで男子ふたりに話しかけられ、笑ってもらおうと“たとえツッコミ”をするも撃沈。
「喪34:モテないし目立つ」では、教室に出たゴキブリをよかれと思って踏みつぶすも、クラス中がドン引き。
『最強伝説 黒沢』の黒沢がみんなの弁当にこっそりアジフライを増やして認められようとしていた回のような空回りを延々と見せられているようで、たしかに苦手な人はいるだろう。
俺はそれでもおもしろく読んではいたのだが……すべてがひっくり返ったのが、そう、京都修学旅行編だ。
班決めに際してお節介な担任に、余り者グループの班長を任されてしまう。渋々と関わろうとするも、初めからほかの班についていくつもりの内笑美莉、登校すらしていないヤンキーの吉田茉咲、イヤホンも外さずに「別になんでもいいよ…」とそっぽを向く田村ゆり、とさんざんなメンバーだと判明する。
旅行先でも、宿でそろって無言の時間を過ごした挙句、翌朝には吉田さんに引っぱたかれる(もこっちに非がある)。
昼ご飯に選んだ店がまずかったせいで空気は悪いまま、稲荷山に登ろうとしたら足を捻挫、よかれと思ってアダルトチャンネルが観られるVODカードを買ったことが先生にバレる、と最悪の旅行だ。
しかし、そんなめちゃくちゃな修学旅行を終え、また孤独な学校生活に戻ると思いきや、ゆりちゃんは2泊3日の中で「黒木さんって本当バカだよな……」と気づきながら昼食に誘ってくれる。うっちーに至っては一方的に好意まで抱いていた。
ゆりちゃんの友人である田中真子や根元陽菜、加藤明日香との交流もあり、ついにもこっちの人間関係が爆発的に広がる。
もともとなんの関わりもなかったうっちーの友人からは「うっちーの好きな人」として認識され、吉田さんのヤンキー友達からも「お前 おもしれーな」と一目置かれ出す。話が先へ進むほど、もこっちの取り合いのような展開さえ巻き起こるのだ。
黒木智子という人物像が校内で理解され始め、「変な人」とカテゴライズをされることにより居場所ができていく。
『わたモテ』は成長と他者理解のマンガ
そして、もこっち自身も心境が変化していく。
高校1年生のときは心の中で口汚く罵っていた“リア充”たちは、実はそれぞれが気遣い合い、時に葛藤や苦しみを経て高校生活を送っていることに気づく。
1年生のときの夏休みでは、学校に行きたくないあまりに「何もしてないのにもう夏休み6日も終わってしまった」「こわいこわいこわい これじゃすぐに夏が終わっちゃう!!」と暴れていたのに対し、3年生の夏休みでは「最後の夏だもんな 終わりたくはないよな……」「こんなくだらない夏でも続けたいんだからな」と、これは同じ感想のようでいてまったく異なる感覚のモノローグだ。
2年生のときはひとりで熱中症になった野球部応援もみんなで参加し、帰りがけにはなんと「せっかく制服だし学校近いし 勉強してく?」と、もこっち自ら誘っている。
『わたモテ』は成長と他者理解のマンガなのだ。
本当の意味での“モブ”は存在しない
学校に通っていたとき、教師のものまねが流行る時期を誰しも経験するだろう。
あれは教師という生き物が独特だからそうなるのではない。どんな人間にも変なところがあり、1年以上同じ人間がしゃべっているのを見ていると、その小さな可笑しさにみんなが気づくから起こるのだ。
本当の意味でのモブはいない、それは我々が彼らを知らないだけなのだ、と気づかされる。
『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』
振り返ると、これ以上ないタイトルではないだろうか。
この原稿が上がるころには最新25巻も出ていることだろう。
ぜひこの機会に手に取ってほしい。
連載「私的乱読記」は8月発売予定の『クイック・ジャパン』vol.173にも掲載。
『クイック・ジャパン』vol.173では、マンガ『血まみれスケバンチェーンソー』を取り上げます。
(※本連載は『クイック・ジャパン』と『QJWeb』での隔月掲載となります)
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