テレビ局を舞台に、スキャンダルによって落ち目となったアナウンサーと深夜番組の若手ディレクターたちが連続殺人事件の冤罪疑惑を追う渡辺あや脚本のドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)。
それぞれの道を歩み始めた浅川と岸本。岸本が調査を続ける中で、思いもよらぬ人物の名が浮上してきて──
今回は、ライターの木俣冬が、第8話のあらすじや見どころをレビューする。
目次
『エルピス』がTBSで放送されていたら……
『エルピス』は6年前から企画されていてようやく放送できたといういわくつきのドラマである。プロデューサーの佐野亜裕美はそのころ、TBSでドラマを作っていたので『エルピス』もTBSで放送されることを前提に作っていたと思われる。最初は渡辺あやにラブコメをやりませんかと持ちかけたが、発展しなかった話は数多くの媒体に掲載されていて、筆者も取材で直接聞いた。もしも『エルピス』がTBSで放送されていたら……とひと妄想してみよう。
たとえば、ラブコメが成立していたら、キュンもので人気の「火曜10時」枠だったのだろうか。崖っぷちキャスターと報道部のエースとのラブコメ? はたまた、TBSの歴史ある看板枠のひとつ「金曜ドラマ」だったら、今のかたちに近い社会派ミステリーか。あるいは、2015年~2017年に深夜で放送された、なんでもありな実験的なドラマ枠「水ドラ!!」だったら、現在よりさらに実験的なものになっていただろうか。佐野Pは「火曜ドラマ」では『カルテット』(2017年)、「水ドラ!!」では『おかしの家』(2015年)を手がけていた。『カルテット』は、いうまでもなく坂元裕二の脚本がSNSでものすごくウケて、視聴率とは別の価値を作り出した名作となった。『おかしの家』は、映画監督の石井裕也による脚本・監督で、深夜ならではの自由度の高い、なかなかクセのあるユニークなドラマであった。『エルピス』が「水ドラ!!」の枠だったらハマっていた気がする。
『おかしの家』『カルテット』と良作を生み出してきた佐野Pと、朝ドラ『カーネーション』(2011年)のあと、レイモンド・チャンドラーの原作を戦後の日本に置き換えた『ロング・グッドバイ』(2014年/NHK)や彰義隊の悲劇的な青春を描いた映画『合葬』(2015年)の脚本を手がけ、次回作が待ち望まれていた渡辺あやが組んだ『エルピス』は、結果的にTBSではなくカンテレに場所を移して今がある。
8話あらすじ:あやふやな浅川と憤る岸本
さて、インターミッション的だった第6、7話を過ぎ、第8話「少女の秘密と刑事の工作」は、物語が大きく動いた。これぞ『エルピス』の真骨頂なのではないかと思うような回であった。このドラマの何がおもしろいって、主人公の浅川恵那(長澤まさみ)の立ち位置があやふやであることなのだ。当初、飲み込みたくないものは飲み込むまいと決意して、真実のためにがんばっていた浅川だったが、斎藤正一(鈴木亮平)との恋愛感情と会社での出世に巻かれて、岸本拓朗(眞栄田郷敦)に絶望をもたらすことになる。
第1話では主人公然として、敢然と不正に立ち向かおうとしていた姿はなんだったのかと思うような態度を取る浅川。主人公だからといって絶対正義でなくてもいいけれど、浅川ほど、どっちつかずなキャラクターも珍しく、新鮮だ。これが可能なのは、岸本というもうひとりの主人公的な人物がいるからである。八頭尾山連続殺人事件の真犯人探しは岸本主体となり、彼はどんどん真実に近づいていく。ついにDNA鑑定を独自で行い、被害者の遺留品に残されたDNAが本城彰(永山瑛太)のDNAと一致することを突き止める。その情報をスクープとして報道してもらうべく、『ニュース8』に持ち込むも、報道部記者の滝川雄大(三浦貴大)も浅川も乗り気でない。番組としては、警察の公式発表でないことはやれないが、どこかで出したニュースのあと追いならやれると消極的。
「いいんじゃないですか、自分たちの立場を損ねないためだけの努力を、勝手に堅実で丁寧だとか呼んでいれば。なるほど村井さんがクソみたいな報道と腐すわけですよ」
8話より
と岸本は憤る。
浅川は村井喬一(岡部たかし)に相談し、岸本と共に、雑誌『週刊潮流』にネタを持っていく道筋を作るも、編集長・佐伯(マキタスポーツ)がネタを元にした渾身の記事を校了した直後、『ニュース8』が事件に関する新たな情報を報道し、岸本のネタは雑誌の印刷前に差し替えられてしまう。
浅川こそが、「希望、あるいは災い」なのか
最初は、共に真実を解き明かす仲間だった浅川と岸本を隔てたのは「守るもの」であった。岸本はお坊ちゃんで経済的にも困窮することがない上、目下、失うものもないが、浅川は局の看板報道番組のキャスターで、番組関係者、ひいては局員たちの生活を支える重責を背負ってしまったがため、再び、飲み込みたくないものを飲み込んでいる。岸本がお坊ちゃんであることは最初から描かれていることに対して、浅川のバックボーンは描かれていない。が、それは第2話のセリフから推測できる。
「報道部のエースだし、将来性はあるし、ちょっとぐらい女癖が悪くても私を本気で愛してくれているわけじゃなくても、プロポーズしてもらって結婚を機に退社ってことにできれば、勝ちだって本気で思ってた」
2話より
と斎藤との恋愛にメリットを感じた、という身も蓋もないセリフを語っていた浅川とは、極めて通俗的な人物なのであろうと考えることができる。そういう人物こそ、ほんのちょっとのことで真実を明るみにしようと燃えたかと思えば、真実を隠蔽する側に回ったりするものだ。第7話で弁護士・木村卓によって語られた裁判官の話や八飛署の刑事・平川勉(安井順平)と、浅川はなんら変わらない。
つまり、浅川こそが、「希望、あるいは災い」なのである。岸本が真実を求めて飛び込んだ世界で出会った人間たちが、風に翻る短冊のように、ゆらゆらと希望と絶望の面を見せて安定しない。希望を掴んだと思うと掌には絶望がある。世界とは、なんて儚いのだろうか。
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