岩井秀人「ひきこもり入門」【第2回後編】
弱さを見せられないつらさのこと


「出られない」ではなく「出る用事がない」

家に帰ってきてからは、あの中国人たちや相部屋にした管理人を呪う気持ちでいっぱいだった。自分が失敗したのはあいつらのせいなんだとばかり考えて過ごしていた。

一カ月で帰ってきた理由は誰にも話さなかったが、母にはバレていた気がする。電話でいつも泣き言を言っていたし、人間関係でうまくいかなかったことは見抜いていただろう。ただ、それを父には伝えていないと思う。言えばまた厄介なことになるのはわかりきっていたからだ。父が、僕が静岡に行ったことや、そこでどういうことをしていたかを母から聞いていたかどうかはわからない。

実際、静岡から戻って初めて父と話したのは、数カ月が経ってからだったと思う。父は会ったら会う前よりも不幸になるのが確定している存在なので、なるべく会わないように僕も気をつけていたが、その日は避けられなかった。

酔った父に呼び出され、「お前最近何してんだ」と聞かれる。「何をしている」というほどのことは何もしていなかった。自分でも思っていることだった。「俺は何をしているんだろう。独り立ちするんじゃなかったのか? それはできたのか? いや、全然できなかった。でも、それは自分のせいじゃない。いや、自分で解決できなかったからだ」そうやって自分でも理解できず、当然解決の糸口も見つけられないことを、さらに上から「じゃあお前はこのまま乞食にでもなるのか?」と、これ以上なく挑発的に父に言われる。なかなかな精神状態にさせられた。

実家の前で

そしてこのあたりからの約3年間は、自分がいつ何をしたかが本当にわからなくなっている。

確かバイク便、建築現場の作業員、近所の喫茶店といったバイトをしたはずだけど、覚えているのはどれもすぐに辞めたことくらいで、順番も、どんなことがあったのかも思い出せない。脳がダメージを受けたように記憶がなくて、なんとなくは覚えていても、前後関係が曖昧なのだ。

ただ基本的に、何かきっかけさえあれば外に出たいと考えていた。当時は外に出るのが怖いとか、家から出られないって感じではなくて、出たくても出る用事がない、という感覚だった。

高校もバイトもないし、友達は学校に行っているから遊べない。そもそも自分が静岡から帰ってきたことを知られたくない。ごくたまに近所の子が遊びに来ることはあったが、「こんな世の中は駄目だ」みたいなことばかりずっと言っていた気がする。弱音を吐くことはやっぱりできなかった。友達というものが、弱さを共有していい存在だと思っていなかった。

ただ、そうやって外に出たり人と会ったりできるのも自分の中のバイオリズム的に社会性が高まっている時期の話で、精神的に元気がないときは何か考えるのもしんどかった。「外に出て失敗したらどうする?」という数少ない静岡でのトラウマにさいなまれてしまい、何も考えないようにするためにゲームや漫画に没頭していた。

2度目の高校生活を駄目にした、先生の謎メンタル

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