2度目の高校生活を駄目にした、先生の謎メンタル
そうして出られたり出られなかったりを繰り返しながら季節が過ぎて、再び春。僕は家から自転車で30分ほどのところにある都立高校に入学していた。2度目の高校生活。1年遅れでの入学ということもありうまくやれるか不安だったが、同級生はまったく気にせず仲よくしてくれて、友達もすぐにできた。担任の先生も親切だった。
しかし、この高校も1カ月ほどで行けなくなる。
ある日の地理の授業中、僕は壁際の席で授業を聞きながら、壁板の隙間にグリーンガムの包み紙を差し込んでいた。理由はない。包み紙が壁の隙間にちょうど刺さり、一列に並んでいるのがおしゃれに見えたのだ。そうしてせっせと差し込んでいると、「なんだこれ?」という声が聞こえた。教科書を読みながら近づいてきた地理の先生である。
「まずい」とも思ったが、こんな些細なことにおもしろさもあるよね?といったことを共有できるかもしれないという一縷の望みを持って、苦笑いと共に見上げると、開口一番、「捨てろ」と言う先生。それは、理由があっての「捨てろ」では、なかった。ただ「捨てろ」なのだ。そういう、本質がまったくなく、社会的立場の確認のためだけにするような命令を、僕はいまだに激しく嫌悪している。酔った父もこういった命令をしてきた。反射的に腹の立った僕は、先生に「嫌です」と答える。先生はさらに強い声で怒鳴ってくる。なんだよそれ、と思わず立ち上がると、「やんのか!」と拳を振り上げられ、ビクッとして身構える。緊張が走る教室。しかし、次の瞬間に聞こえてきたのは先生の大きな笑い声だった。そして、彼は笑顔のまま何事もなかったように授業を再開したのである。
満足したのだ。自分が振り上げた拳に、高校生男子が怯えた。それを見て笑い、「自分の勝利」を教室中に知らしめた。僕はそれに利用されただけだった。さらにはその後、職員室に呼び出された。「まだ何か言われるのか?」と、もはや僕の中でその地理の先生はモンスターだったので、大人しく職員室へ行ったのだが、そこで言われた言葉も、いまだに覚えている。
先生は、椅子に座ったまま僕を目の前に立たせて、しばらく笑顔で僕を見たあと、「さっきは、カッコつけさせてくれてありがとな」と言った。
何を言われたのか、まったくわからなかった。単純に、頭がクラクラした。何か、俺はいいことでもしたのか? あの先生のためになるようなことをしたのか?
僕はこのときの話をいろいろな人に話してきたのだが、そのリアクションで、「一般的にはまったくもってNGな先生」だということを、時間をかけて、理解したのだと思う。でも、いまだにわからない。人生の中で、「謎すぎる発言」の二大巨塔は、この「カッコつけさせてくれてありがとな」と、結婚した直後に父が母に言った言葉「釣った魚に餌やる馬鹿、いるか?」である。
このふたつの言葉には共通点がある。そのこと自体を、心の中で思うようなことは、ある。悲しいかな人間には確実にそういった部分はある。が、それを自分の外、つまり外界に向けて、しかも同じ心というものを持っている他者に向けて放ったとき、ただただ純粋に、相手の立っている場所を揺るがすだけのものでしかなく、そうしたことで発した側もなんら立場が上がるものでもない。ただただ、相手を貶めることで、自分が高くなったような気になりたい種族が使う言葉なのだ。僕はけっこう、そういった発言に敏感で、明確にそのものを発さなくても、普段の会話のやりとりから、この言葉を発する精神の末端を見つけることができる。今までさんざん、台本に書いてきたからだ。
皆さんにもこれはお勧めする。台本に書けなくとも、誰かとその種族から受けた仕打ちを共有するだけで、かなり救われる。やつらは、言語化してオモシロにしていくのが、今のところ唯一の解決方法だと思っている。
さて、僕の癖として、ひとつよくないことがあるとずっとそのことを考えてしまうところがある。どうしてもその先生の行為を受け流すことができなかった。
思えば住み込みで働いていたときも、仕事中にタイさんとの部屋での問題をずっと考えてしまっていた。「これは今考えてもどうしようもない」と区切りをつけるのが苦手で、気になったことが気になりつづけてしまう。その癖は大人になるにつれ少しずつ変わってきたが、今でも残っている。ひきこもりや父のことを題材にしつづけてこられたのは、この性質のおかげでもあると思うのだが。
そうしてふたつ目の高校を辞めてからは積極的に外に出ようとする気力も尽きたように思う。そして、さらに深くひきこもっていくのだった。
■岩井秀人「ひきこもり入門」第3回、8月配信予定
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岩井秀人 最新情報
岩井が代表を務める「WARE」では、これまでのイベントやハイバイ過去公演の映像を配信中。
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【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)
作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。
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