運命のズボン「山と道『5-Pocket Pants』」と、ケニアの悲劇――ハイパーハードボイルドギアリポート(1)


アディダスのジャージとケニアの悲劇

今から6年ほど前。ズタボロのAD時代を経て、何度も逃げ出しては舞い戻り、ようやくディレクターとして独り立ちしつつあるときのこと。僕は15歳ほど年上のカメラマンと、さらに年上の日本人コーディネーターと、僕より少し若いアシスタントとでケニアの首都ナイロビにいた。
先達に囲まれた半人前とはいえ、自分がロケのリーダーである。鼻息荒げ、肩ぶん回してロケに臨んだ。

ナイロビの少年たち(筆者撮影)

昼間、僕たちはナイロビのストリートでシンナーに溺れる少年たちの撮影をしていた。まだ場数を踏んでいなかった当時、間合いの取り方も守るべき礼節もわからなかった。こっそりゆっくり近づきながら撮影していたところ、気づかぬうちに大勢の少年に囲まれ投石を受けた。礼を失した僕の振る舞いに対しての当然の報復だ。四方八方から夏みかんサイズの石がビュンビュン飛んでくるあの状況は、今思えば相当危険だったと思う。ひとつも直撃しなかったのは奇跡と言えた(近くで昼寝をしていたおじさんには当たっていた。申し訳ない)。僕たちはテンパって、全速力でその場を離れた。
このとき、穿いていたディッキーズのワークパンツの股部分が、有刺鉄線に引っかかって少し破けた。

事件が起こったのは、この後である。
シンナーを吸う少年たちに石を投げつけられることなんて序の口で、アフリカの魔物は虎視眈々とこちらが気を抜く瞬間を狙っていたのだ。

僕はズボンを2本持っていた。
1本は今日破れてしまったメインのワークパンツ。もう1本は寝巻きとして穿くアディダスのジャージ。寝巻き用とはいうものの、ブランドを象徴する3本線さえ削ぎ落とされた黒一色のデザインだから、これでロケをすることもじゅうぶん可能なサブズボンである。ワークパンツの破れを補修するまでは、このジャージでOKだ。

アディダスのジャージ(筆者撮影)

しかし問題があった。この日、ケニアに来てからちょうど1週間が経っていた。ロケの折り返し地点である。今夜、僕はどうしてもこのジャージを洗わなければならなかった。なぜなら、僕は潔癖だから。
日本では暇さえあればシャワーを浴び、居酒屋のトイレでは蛇口もドアノブもペーパータオル越しでなければ触れない。温泉は大好きだけれど、知らないおじさんと同じ鍋で茹でられているような気がして少し嫌だ。 だから、1週間穿いたジャージは絶対に今日洗いたいのだ。

当初の予定では、この夜ホテルのランドリーサービスにジャージを預け、パンツ1枚で夜を明かし、明日の夜にはきれいになったジャージで快適な夜を過ごすはずだった。しかし、メインのズボンが破れてしまった今、明日の朝からこのジャージを穿かなければならない。けれど、ランドリーサービスに出せば「エクスプレス(特急)サービス」でさえ24時間はかかってしまう。

ここでできることはただひとつ。フロントに直談判である。
僕はカウンターへ行き、自分の窮状を訴えた。スタッフはしばし考えてから、ちょっと待ってくれと言ってどこかへ電話で援助を要請した。駆けつけてきたのは、洗濯担当の恰幅のよい女性であった。
「どうにかこのズボンを洗って乾かし、明日の朝までに穿けるようにできませんか」
僕は路頭に迷って雨に濡れ打ち震える子犬のような表情を浮かべて嘆願した。
女性は僕のジャージを手にじっと考えると、顔を上げてこう言った。
「できないこともありません」
いつだって諦めなければ道は開けるのだ。
「スーパーエクスプレス(超特急)サービスになります」
実に耳心地のいい響きだ。超特急サービス。それこそ僕が求めていたもの。通常のランドリーメニュー表には記載のない、まさしく裏メニュー。
僕は通常料金の実に5倍近い額の支払いに同意し、ジャージを預けた。
「オーケー。任せて」と女性は言って、大きな背中を揚々と揺らし何処かへ消えた。
なんと頼もしい姿だろうか。
僕はたいしたこともしていないのに、何かを成し遂げたような充足感を抱えて眠りについた。

朝は絶望を携えてやってきた

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上出遼平

(かみで・りょうへい)テレビディレクター・プロデューサー。1989年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、2011年株式会社テレビ東京に入社。『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画、演出、撮影、編集まで番組制作の全過程を担う。空いた時間は山歩き。

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