みなみかわ、和歌山毒物カレー事件を描く問題作『マミー』に「とんでもない映画」。あのころ日本を包んだ“異常な空気”とは?

文=みなみかわ 編集=菅原史稀


日本中を騒然とさせた「和歌山毒物カレー事件」。1998年に夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、67人がヒ素中毒を発症、小学生を含む4人が死亡した。当時事件発生現場の近所に住み、容疑者と目された林眞須美は、2009年に最高裁で死刑が確定。一方で彼女はその後も、無実を訴え続けている。

この夏公開される『マミー』は、同事件の証言や科学鑑定への反証、保険金詐欺事件との関係を読み解きながら、当時の出来事を多角的にまなざすドキュメンタリー作品だ。お笑い界イチの映画狂であり、自身のレギュラーポッドキャスト番組では「平成事件史」シリーズも展開しているみなみかわは、本作に「頭を揺さぶられる」ほどの衝撃を受けたという……。

注目の新作映画をひと足先に熱血レビューする「シネマバカ一代」第6回。

H先生がいなくなった理由

学校の先生が急にいなくなったことがあった。

私が通っていた地元の公立小学校では、1年と2年、3年と4年、5年と6年と、2年周期でクラス替えとともに担任の先生が変わる仕組みになっていた。そういう学校は多いと思う。

私がいたクラスも、4年生まではそのルールに則っていた。そして5年生になったときにH先生という男性の先生が担任になった。そのころ、H先生は40代後半くらいから50代前半だったと思う。特に優しそうな印象もない、カミさんのジョークとかも言わない、無口な刑事コロンボみたいな感じのおじさんだった。当然生徒ウケは悪く、特に女子が拒否反応を示した。

ある日、リーダー格の女子が「(H先生が)ウチのお尻触ってん‼‼」と言った。

聞くと、教室のうしろに生徒が書いた習字を貼っているとき、脚立の高いところに登って作業する彼女のお尻を触ったらしい。

その場にいた男子によると、その女子が落ちないように先生が支えただけのように見えたらしいのだが、手がお尻の部分の面積に触れていたとのことだ。

その後、先生と生徒の間に溝が生まれまくっていた。先生はよく、何かした生徒のほっぺを罰としてつねることをしていた。忘れ物したり遅刻したりすると「ほっぺ出せ〜」と言って両手で頬をギュッと引っ張る。ちょっとだけ痛いが、当時としてはなんてことはない罰とされていた。

ただ、先生はよくズボンに指先を入れる癖があった。もちろん股間を触るほど突っ込んではいない。ポケットに手を入れる感覚で指先を入れる。その手で頬をつねるもんだから大不評だった。さらに、トイレに行って洗った濡れた手で頬をつねるときもあったため、生徒から非難轟々だった。

「セクハラ教師」みたいな空気が充満し、見たことのないスピードで嫌われていった。

先生は先生で、淡々と授業をこなしていた記憶がある。そして先生にとって不幸なことに、男子からも特に好かれるタイプではなかった。だから、別に誰もかばうこともしない。ただただ冷たい空気が流れていった。

そして6年に上がるとき、不規則的にH先生は他校へ転勤になった。どんな流れで先生がいなくなったか、小学校のことだからすべてを覚えているわけではない。最後のあいさつもなかったような気がする。急にパツン!といなくなった。

6年生がスタートすると新しいS先生がやってきた。S先生は男性で、H先生とほとんど同じくらいの年齢の先生だったが、校内で比較的人気があった。だからクラスが沸いた。

で、私はそのときの出来事が忘れられない。最初の授業でS先生が「H先生が他校に転勤になりました」というと教室中に「イエーイ‼‼‼‼」と歓喜の声が上がった。

そのとき、普段優しいS先生が

「何がや? お前ら。場合によっては許さんぞ」

と、今まで見せたことのない顔で静かに言った。クラス中が静まり返った。

今、一生懸命思い出している。当時クラスには「H先生=最低セクハラ教師」ということが確定であるという空気があった。大人になった今、H先生が何か悪いことをしたという思い出が、私自身にはない。

もしかしてクソ生意気だった私たちが、H先生を転勤に追い込んだのか? いやそれとも、私の知らないところでH先生は許されないことをしたのかもしれない。だから配置転換になったのか? はたまた、何か全く別の事情で転勤になったのか?

あのころの“異常”な空気

映画『マミー』を観た。

私の世代だったら知らない人間などいない「和歌山毒物カレー事件」がテーマの作品。かの有名な林眞須美死刑囚の冤罪の可能性について掘り下げたドキュメンタリー映画である。

この映画では、映画監督、そして林眞須美の長男、夫などが出演し、多角的に彼女の冤罪を主張している。ほかの有名な冤罪事件に関するドキュメントは、私もテレビなどで観たことがあるが、それらの多くは事件当時のことを詳しく知らない。しかしこの事件については、私自身リアルタイムで目の当たりにしていた。連日の報道、ホースで水を撒く林眞須美の姿、そして逮捕、死刑判決。

日本中が“稀代の悪女”林真須美をテレビで観ていた。

もちろん私にはわからない。真実がわかるはずがない。

ただこの映画内での事実の積み重ねや夫・林健治氏が話す保険金詐欺のやり方や、その仲間とのやりとりを淡々と話す姿を見ていると少なくともあの日本中の空気は異常だったように思う。

TVを観ていただけの私は確定だったと思っていた。確定の空気だった。みんなもそうだと思う。

S先生が静かに怒ったときのような「え? 違うの? もしかして俺たち間違えてるの?」

ガツン!と頭を揺さぶられる映画でした。

こんな大事件を自分の話と比べて怒られるかもしれない。不快に思われた方がおられたら申し訳ない。

「実は無罪なんだ!」そんなことを言いたいわけでもないし、わかるはずもない。

でも、もしもです。もしも確定じゃないことが事実だった場合、取り返しがつかないことを日本全体がしたんだと気づかされるとんでもない映画なのでぜひ観てほしいです。

映画『マミー』

8月3日(土)シアター・イメージフォーラム、第七藝術劇場ほか全国公開

監督:二村真弘
プロデューサー:石川朋子、植山英美
撮影:高野大樹、佐藤洋祐
オンライン編集:池田聡
整音:富永憲一
音響効果:増子彰
音楽:関島種彦、工藤遥

2024年製作/119分/日本
配給:東風

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みなみかわ

『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。

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