カルチャー誌『Quick Japan』の文芸新レーベル『QJ Novels』が2025年6月3日(火)に創刊される。本書籍は直取引・QJストア限定書籍。その詳細な内容を紹介する。
装画は押見修造が担当
創刊1発目に登場するのは、『サークルクラッシャー麻紀』で知られる佐川恭一。惨めで情けない人間を愛し、競争社会の欺瞞を暴く文芸界の鬼才だ。これまで受験・学歴戦争を描いてきた佐川だが、今作のテーマは「労働」。受験の激しい競争を終えた先に待ち受ける世界の残酷さ、仕事ができない大人の悲劇と抵抗を描いた単行本未収録作&未発表作の8編が収録されている。
また、装画は『惡の華』や『ぼくは麻理のなか』で知られる押見修造が担当した。
佐川恭一
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』『ゼッタイ!芥川賞受賞宣言〜新感覚文豪ゲームブック~』『就活闘争20XX』『学歴狂の詩』など。
三宅香帆、押見修造による推薦コメント
三宅香帆(文芸評論家)
正直、面白すぎて、佐川恭一という存在に嫉妬!!!!
押見修造(漫画家)
自分の分身を読んでいるような、生きることを肯定されるような感覚になった。
樋口恭介(SF作家・コンサルタント)による解説
「たとえば僕らがまだ、競争と勝利に取り憑かれているなら」(一部抜粋)
佐川恭一の作品を読み始めて最初に印象に残るのは、ドライブ感あふれる関西弁全開の会話の応酬、大量の下ネタと暴力描写、あるいはポリコレ全盛の時流に逆行するようなブラックユーモアを含む過激な笑いの要素だろう。本書に限らずどの本を開いても、大学サークルで繰り広げられる恋愛バトルや幼稚なマウンティングの応酬、血みどろの嫉妬やユーモアを交えた残酷な描写が次々と押し寄せてくる。だから佐川恭一という作家を語るにあたって、荒唐無稽で低俗なコメディを主な特徴として挙げるというのは間違いではない。しかし、そうした要素はむろん佐川文学の一面に過ぎない。佐川の小説を途中で投げ出さずに読破した者は、ほぼ例外なく「さっきまで爆笑していたはずなのに、いまはなぜこんな切なさに襲われるのか」と驚嘆するはずだ。そこには確かに猥雑でドタバタな喜劇があるが、その奥に隠された繊細なリリシズムと、日本近代文学によって支えられてきた日本人の言語と思考と不可分な「自我」や「自意識」をめぐる骨太なテーマが、読者の胸を深く鋭く抉るからだ。
佐川がモチーフとして扱う世界には、必ずといっていいほど受験と学歴が絡んでいる。そしてそれはあらゆる場所で姿を変えつつも中心的な象徴として反復し、現実社会の日常とのあいだで様々な軋轢を生む。京都大学所属の学生やその他高校までも含む高偏差値校を出た人々が、「社会に出る前の最後の桃源郷」である大学サークルやキャンパス周辺の夜の街を舞台に、学歴によって芽生えた形式的なエリート意識や、受験を通して芽生えた競争心を、恋愛や就活という新たな「闘争領域」に向け始め、無意味なマウンティングやマドンナの奪い合いといったホモソーシャルでしのぎを削り合う。彼らは試験成績や偏差値という明確な基準を突破してきたエリートのはずなのに――少なくとも自分ではそう思い込んでおり親や教師などの周囲の人々からもそう言われてきたはずなのに――、その優位が社会一般の評価軸につながるわけでもなく、むしろ「自分がどれほど優秀かを証明したい」という欲求が肥大化し、自滅的な自意識の空転とその結果としての間抜けな行為の連続を生む。童貞か否か、彼女はいるか、サークルや職場など所属するソーシャルにおけるポジションはどうか――そんな些細な指標を勝手に作り上げ、それにこだわり過ぎて泥沼にはまる様子はもちろん笑いを誘うが、それは同時に他人事では決してないがゆえに、読者を戦慄させる。佐川はこうした、「受験エリート、あるいはエリートになるはずだった者、エリートという自意識の牢獄にはまりこんだ者ほど追いつめられていく構造」を、容赦ない速度の文体と暴力描写とブラックユーモアを交えて極端に誇張しながら浮き彫りにしていく。
ペーパーテストによる偏差値評価は奇妙な風習であり、それはその競争の勝者たちにも、深い呪いのような影響を与える。受験勉強に、文字どおり全てを賭けた人間ほど、社会に出てから、実のところそれがさほど意味のある行為ではなかったという梯子外しの衝撃をまともに食らう。実社会の評価軸はあまりにも多様であって、その人を品定めする際の学歴はほんの小さな要素の一つにすぎない。そんなことよりも、コミュニケーション能力や組織内での政治力、顔の美しさや表情の明るさ、優しさ、気が利く人かどうかといった恋愛市場における魅力のほうが、学力よりもはるかに一般性が高く、人生そのものに直接的に作用する。彼ら受験エリートは全身全霊をかけて受験勉強に勝ち、そして人生に負けるのだ。佐川の作品では、そこに性や暴力、ギャグが馬鹿馬鹿しいまでに絡み合う。試験で点数を取るのが得意でも、恋愛や労働の現場では逆に“使えない人間”になる――この哀しき現実を、彼はコミカルさの極限にまで煮詰めて提示する。読者は「これほどのアホなできごとはフィクションでしか起こり得ない」と笑い飛ばす半面、どこかで「似たような弱さを自分も抱えている」という他人事ではない苦しさと切なさを感じる。ここに佐川の巧みな仕掛けがある。大笑いさせて油断させたところで、現実世界の不条理や自身のトラウマを同時に喚起させる、いわば、“外面的なポップな刺激”を、“実存的で最も繊細な痛点”に向かって一気に突き刺すアクロバティックな物語技法が、佐川恭一の小説にはある。
目次
受験王死す
最高の夏
ナニワ最狂伝説ねずみちゃん
ジモン
職、絶ゆ
ターシルオカンポ
万年主任☆マドギュワ!
はじめての土地
解説=樋口恭介「たとえば僕らがまだ、競争と勝利に取り憑かれているなら」
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佐川恭一『人間的教育』(QJ Novels)
■価格:2,200円(税込)
■2025年6月3日刊行予定
<目次>
受験王死す
最高の夏
ナニワ最狂伝説ねずみちゃん
ジモン
職、絶ゆ
ターシルオカンポ
万年主任☆マドギュワ!
はじめての土地
解説=樋口恭介「たとえば僕らがまだ、競争と勝利に取り憑かれているなら」
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