異世界においてなぜ男はチート、女は悪役令嬢に転生するのか(荻原魚雷)

2020.2.20

男は最強、女は苦境

当然、男性向けの没落系もあれば、女性向けのチート系もあるにはあるが、大まかには「男は最強、女は苦境」という設定が好まれるといっていいだろう。

異世界において、なぜ男はチート、女は悪役令嬢に転生するストーリーが好まれるのか。

この問題を研究すれば、いまの日本がわかる――とまでは言わないが、わたしは異世界は常に現代社会を反映していると考えている。

たとえば「チート&ハーレム」モノでは初期設定を重視しているものが多い。勇者や賢者になれるかどうかは初期設定でほぼ決まっている。凡人はどんなに苛酷な修業をしてもそれほどレベルが上がらない。恵まれた人たちとの差は広がっていくばかりだ。

異世界ものには出自が極めて重要という価値観があるわけだ(すべてがそうではない)。悲しい設定だけど、これもいまの日本の現実と無縁ではない。一方ダメな初期値に転生してしまった主人公が何かしらの奇跡の力によってチート化し、自分をバカにした奴らを見返すというストーリーもいまや流行ジャンルのひとつになっている。

悪役令嬢に関しては、現代社会で暮らしていたころの知識を活かし、窮地を逃れようとする物語が目立つ。悪役令嬢ものに共通しているのは自立願望だ。経済や経営の知識を活かし、領地の再建を志す。あるいは手に職をつけ堅実に生きようとする。悪役令嬢ヒロインは同性にも気を使うのもいまの時代を反映している。

ぷにちゃん・著/成瀬あけの・イラスト『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される①』(2016年、ビーズログ文庫、KADOKAWA)

なんの努力もなしにモテる善良なヒロインはお呼びでない、もはや王子様との結婚はゴールではない。王子がハーレム願望の持ち主だったら? 王国が戦争に負けたら? お妃候補たちの嫉妬だって心配だ。だったら敵を作らず、堅実な生活を目指したほうがいい。それがいまどきの異世界の風潮だ。

中には異世界でヒモになったりスローライフを送ったり隠居したりする物語もある。

苦労して勇者のパーティーに入っても戦いの日々だ。敵はどんどん強くなる。だったら転生先ではなるべく争わず働かずのんびり平和に暮らしたい。もはや異世界ファンタジーはそんな境地に達しているのだ。

異世界に行ってひたすらチートな仕掛けで釣り三昧の日々を送る作品が生まれる日も近いだろう。

この記事が掲載されているカテゴリ

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。