物語は終わって、社会が始まる──『シン・エヴァンゲリオン劇場版』から考えたこと

2021.4.12

鍵アカコミュニケーションは「私的」なのか?

コメカ これも先月の出来事ですが、歴史学者の呉座勇一氏が、ツイッターの鍵アカウントで文学者の北村紗衣氏を執拗に誹謗中傷していたことが明るみに出た事件がありました。呉座氏のツイートは本人自身が言うようにひどい偏見にまみれた女性差別そのもので、言語道断だと思う。

コメカ そして僕が気になったのは、「私の偏見は今さら矯正できないかもしれません。ただ公私を切り分けると申しますか、職場や学会など​ではそれが表に出ないよう努力してきたつもりです。そのストレスがツイッターに捌け口を求めてしまったのかもしれません。もちろん言い訳にはなりません」と彼が弁明していたことで。彼は「鍵アカウントでツイートすること」を、「私」の領域における行為と捉えていたわけだよね、これを読む限り。「私」の領域で偏見を仲間と共有し「ストレス」を解消していたということなんだろうけど、呉座氏はどうしてそんな甘えた状況・環境を欲してしまったのか? さっき言った「違和も齟齬もない甘やかな世界」として「私」の領域を形作りたかったんだろうか、と考えてしまった。

https://twitter.com/R2g3Oie7XDeAhHR/status/1373241400767045632

パンス 「私」の領域というけども、あれは個人だけではなく、鍵アカウントを見ている人同士で醸成されたノリなわけだよね。何かひとつの考えというよりは、行動様式に近い。ネトウヨが全盛だったころにもよく思っていたのだけど、やりとりの中から差別的な言説が生まれてくるという。

コメカ コミュニケーションの中から「ノリ」が生まれてくる、というね。ネトウヨ全盛期、たとえばその温床のひとつだった『2ちゃんねる』という環境は、それこそエヴァの人類補完計画的に、群れになった名無しの書き手たちにより吐き出された言説が絡み合って「ノリ」が生み出されるものだった。「職場や学会」という「公」とは違う空間=「私」的空間として呉座氏が捉えたツイッター鍵アカコミュニケーションの中にも、中傷行為を通して「ノリ」を共有する心地よさがあったのではないか。齟齬も違和もなく「ノリ」を共有できるのが気持ちよくて幸せだ、という。

パンス そもそも鍵アカウントっていっても何千人もフォロワーがいる場所を「私的」と解釈できてしまうことが不思議なんだけど、それこそがインターネットの特性なのかも。そこを超えて公共的であれ、ということが言いたいわけだね。今は過渡期的だけど、徐々にそうなっていくと思う。このあたりの系譜についてはもうちょっと探りたいとこです。

コメカ そうだね。あと前回もこういう話をしたわけだけど、「大人になる」というのは本当に難儀な問題で。「帰属先の共同体」の確かさが事実上消失してしまっている社会で、「大人」という概念はそもそも成立するのか?とかさ、いろんな疑問や論点も付随して出てくる。ただ、違和や齟齬のない空間にひきこもって癒されていたい、というのは少なくとも「大人」のやることではない、と僕は思うんだよね。
公共的な水位において「他者」とやりとりすることに耐える、というのが「大人」の振る舞いというか……まあ僕は「大人」という言葉を使っているけど、別に違う表現でもいいんですけどね。「ノリ」が共有できない「他者」と共に過ごすしんどさや楽しさを一生懸命生きることは、ベタだけどやっぱりすごく大事なことだと思っています。

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