スタジオジブリ場面写真無償提供の「常識の範囲でご自由にお使いください」の真意を考察。SNS使用は範囲内なのか

2020.10.3

「大きな目標」の共有を目指す

以上、法律と現状の側面から、アニメの場面写真をめぐる難しさを記してきたが、最後にもうひとつ「アニメから引用する」ことの技術的な難しさもある。それは「原画のコマ」を抜くことの難しさである。

アニメは、動きのキーとなる絵である「原画」と、「原画」と「原画」の間の動きをつなぐ「中割り(動画)」でできている。中割りの絵は、その動きを連続的に見せるためあえて形を崩して描いていることが多く(ネットで“作画崩壊”と騒がれている画像の何割かはこの中割りを取り上げている)、止めて見るための絵ではない、と考えられている。だからもし画面を引用するなら、「原画のコマ」をちゃんと選ぶ必要がある。アニメを語るときに、「当該のシーンだからこれでよい」と中割りのコマを抜いて事足れりとする姿勢では、クリエイターと批評者・研究者の間に信頼関係は生まれないだろう。実はこの部分も「アニメ画像の引用」については実務レベルで大きなネックになると考えている。

たとえばサッカーで審判がファウルを取るのは、ルールを執行するに留まらず、それを通じて試合をスムーズに進行させるためだ。試合が荒れ気味になってきたところで、審判が連続して厳し目に笛を吹き、試合の流れを整えようとする様子を見たことがある人も多いだろう。

著作権をめぐる話をするとどうしてもルールの適応範囲ばかりに意識がいって「これはセーフなのか、アウトなのか」という話ばかりになってしまいがちだ。だがそれは個別のケースが発生したときに、一つひとつ議論していけばいいことで、仮定の議論をしてもそこにあまり意味はない。むしろ大事なのはサッカーにおける「試合をスムーズに進行させる」に相当する、「大きな目標」を権利者と図版を使う側でいかに共有できるか、ということが必要なのではないか。製作会社・制作会社、出版社、あるいはそうした企業に出入りをするフリーランサーに、「業界の慣行」を実務レベルで教えても、法律を背景にした大局観を養う機会はほとんどないのである。

アニメの図版の取り扱いについて考えるということは、「著作物を中心に回転するエコシステム」をどう考えていくかということと積極的に結びついているのである。


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藤津亮太

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