「夫婦別姓は犯罪が増える」というトンデモ発言は“男性特権”が生んだ無知の末路(清田隆之)
夫婦が望む場合には、結婚後もそれぞれの名字を使いつづけることを認める、「選択的夫婦別姓制度」。最初に改正案が議論されたのは24年前の1996年だが、「家族の絆」「日本の伝統」など漠然とした反対意見が根強く主張され、未だに法整備が進まないのはなぜなのか?
これまで1200人以上の恋愛相談に耳を傾け、男女問題やフェミニズムに詳しい「桃山商事」の清田隆之が、自身は夫婦同姓で結婚することを選択した経験も踏まえて解説する。
選択的夫婦別姓は犯罪が増える!?
3月10日、愛媛県議会で自民党の森高康行議員(62)が「選択的夫婦別姓は犯罪が増えるのではないか」と発言し、物議を醸した。これは議会に提出された選択的夫婦別姓の採択をめぐるひと幕で飛び出た発言だ。
制度の導入に反対するのはもちろん自由だと思う。しかし、「事実婚に起因した虐待や殺人などがニュースで目につくことが多いと感じる」ことを理由に選択的夫婦別姓と犯罪増加を結びつけたこの発言は完全無欠の差別だし、これをとりわけ問題視しなかった県議会含め、絶望しかない。
日本社会は現状、結婚した夫婦は同じ姓を名乗らなければならない「夫婦同姓」が原則となっている。その根拠となっているのが「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定めた民法750条だ。
「夫又は妻の氏を」とあるように、建前上はどちらの名字を選んでもいいことになっている。しかし、厚生労働省の統計(2016年人口動態統計特殊報告「婚姻に関する統計」)によれば結婚した女性の96%が夫の名字に変更しており、内実には圧倒的な偏りがあるのが現状だ(ちなみに日本は「夫婦同姓は差別的」という理由でこれまで国連の女子差別撤廃委員会から是正勧告を3度も受けている)。
情緒的で根拠に欠ける反対派の意見
選択的夫婦別姓とは、別姓を望む人たちに別姓という選択肢を可能にするというものだ。同姓にしたい夫婦はこれまで通り同姓を選べばいい。名字を変えたくない人が泣く泣く変更することもなくなる。これに反対する論理的な理由はひとつも見当たらないはずだ。実際、今年行われた朝日新聞のアンケート調査では69%が、西日本新聞の調査では約8割が選択的夫婦別姓の導入に賛成と答えている。
ところが現実はどうだろう。すでに1996年には法務省の法制審議会が選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法の改正案を提出しているが、今日に至るまで実現はなされていない。
選択的夫婦別姓の導入に反対しているのは主に自民党の議員だ。安倍首相もかつて「夫婦別姓は家族の解体を意味する」と国会で答弁している。反対派は「家族の絆が壊れる」「日本の伝統が失われる」「両親の名字が違うと子どもがかわいそう」と口を揃えて主張する。
1月22日の衆議院本会議で選択的夫婦別姓が話題になった際には、自民党の女性議員(杉田水脈議員と見られている)から「だったら結婚しなければいい」というヤジも飛んだ。「犯罪が増える」もそうだが、反対派の意見はことごとく情緒的で根拠に欠ける。これで法律をめぐる議論が成立するのか甚だ疑問だ。
「考えなくてすむ」という“男性特権”
私は個人的に、一刻も早く選択的夫婦別姓が実現して欲しいと考えている。しかし、私自身は夫婦同姓で結婚している。しかも妻が清田姓に変更する形でだ。言ってることとやってることが矛盾しているような気もする。このトピックに関しては語りづらさを感じる部分が正直ある。
結婚しようという話になった当初、私は夫婦別姓を希望していた。そのためには事実婚という形を取る必要があったが、これは母親や妹から猛反発を食らった。そして恋人と話し合いをしたところ、「私も名字に愛着がないわけではないが、変えることにそこまで抵抗はないので、だったら夫婦同姓で結婚という形にしようか」となった。特に大きな問題も起こらず、スーッと決着がついてしまった。
正直なところ、私はこれまで自分の姓が変わるという発想をしたことがほとんどなかった。子どものころに「両親が離婚したら母親の旧姓になるのかな……」と考えたことはあったが、結婚によって別の名字になるなんて思ったこともなかった。これはまぎれもなく“男性特権”のひとつだろう。
特権と言うと物々しく感じるが、それは例えば「考えなくても済む」とか「やらなくても許される」とか「そういう風になっている」とか、意識や判断が介在するもっと手前のところの、環境や習慣、常識やシステムといったものに溶け込む形で偏在しており、その存在に気づくことなく享受できてしまう恐ろしいものだ。
『すばる』2020年4月号より
私は先日、文芸誌『すばる』4月号に寄稿した「生まれたからにはまだ死ねない」というエッセイの中で男性特権についてこのように書いた。名字変更について考えなくてもすんでしまっている──。利益を得ている自覚はなくともその時点ですでに特権なのだ。
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