決定「この野球マンガがすごい2022」水島新司亡き世界でベスト3

2022.4.17
野球2022

構成・文=オグマナオト 編集=アライユキコ


2022年1月10日、水島新司逝去。巨星の輝きなき世界で、新時代を切り拓く野球マンガは? 「水島新司評論」得意とするオグマナオトと、野球マンガ評論家として「あだち充評論」を得意とするツクイヨシヒサが、2020年2021年につづき、今年も読むべき作品ベスト3を紹介する。

安定の三本柱にはない新基軸を求めて

オグマ 『QJWeb』では3回目を迎えたこの企画。野球マンガの大家・水島新司の逝去を受け、まさに新しい時代を迎えようというなか、今こそ読みたい野球マンガを挙げていきましょう。前提として、過去に選んだ作品、10巻以上に到達した作品以外から選んでいこうと思いますが、全体の傾向としてはいかがでしょうか?

ツクイ 基本は『ダイヤのA act2』(寺嶋裕二/講談社)、『BUNGO─ブンゴ─』(二宮裕次/集英社)、『MAJOR 2nd』(満田拓也/小学館)が本格派三本柱なのは変わらず。特殊枠として『バトルスタディーズ』(なきぼくろ/講談社)がありつつも、このへんの堅調ぶりはここ数年同じ状況がつづいています。

『ダイヤのA Act2』<30巻>寺嶋裕二/講談社
『ダイヤのA act2』<30巻>寺嶋裕二/講談社
『BUNGO─ブンゴ─』』<30巻>二宮裕次/集英社
『BUNGO─ブンゴ─』<30巻>二宮裕次/集英社
『MAJOR 2nd』<24巻>満田拓也/小学館
『MAJOR 2nd』<24巻>満田拓也/小学館
『バトルスタディーズ』<31巻>なきぼくろ/講談社
『バトルスタディーズ』<31巻>なきぼくろ/講談社

オグマ 野球にまつわる物語、という意味では、2020年に1位に選んだ『ドラフトキング』(クロマツテツロウ/集英社)が今も群を抜いていると思いますが、野球の試合描写という意味ではやはりその3作ですよね。

『ドラフトキング』<11巻>クロマツテツロウ/集英社
『ドラフトキング』<11巻>クロマツテツロウ/集英社

ツクイ ただ、どの作品もここ最近、似たような流れの試合を繰り返している状況で、若干の停滞感も拭えないのかなと。実際、『BUNGO─ブンゴ─』は最新刊の巻末コメントで作者自身が笑い話的に「早めに高校編へ行きたいのに一向に中学編が終わらず」と呟いていますから。

オグマ 『忘却バッテリー』(みかわ絵子/集英社)『クワトロバッテリー』(高嶋栄充/秋田書店)あたりも、スタート時に感じたおもしろさ、新鮮味は少し薄れてきた気がします。

『忘却バッテリー』<12巻>みかわ絵子/集英社
『忘却バッテリー』<12巻>みかわ絵子/集英社
『クワトロバッテリー』<7巻>高嶋栄充/秋田書店
『クワトロバッテリー』<7巻>高嶋栄充/秋田書店

ツクイ 『クワトロバッテリー』の投手2人・捕手2人の組み合わせの妙、というアイデア自体はさすがだし、現在と20年前の回想シーンとでユニフォームのトレンドを描き分けるマニアックなこだわりは大好きなんですけどね。

オグマ 一つひとつの描写、試合展開は熱いしおもしろいけど、新基軸や新展開がないという話ですよね。その意味も込め、今年は例年以上に「新基軸」「今っぽさ」を感じる作品を選んでいきたいと思います。

3位『2番セカンド』「野球×吃音」テーマの魅力

『2番セカンド』<1巻>小木ハム/光文社 ※既刊1巻
『2番セカンド』<1巻>小木ハム/光文社 ※既刊1巻

【あらすじ】言葉がつかえて上手にしゃべれない吃音の少年・小倉あずきは、周囲から孤立し、やがて不登校に。そんなあずきを孤独の闇から救ったのは、プロ野球選手の向井信次郎。どんなブーイングや逆境にも負けない彼の背中と言葉を信じ、あずきは、外の世界へと踏み出していく。

オグマ まだ1巻だけなので選ぼうかどうしようか迷いましたが、柔らかな作風も含め、新鮮味のある野球マンガでとても印象に残る作品です。「野球×吃音」というテーマがまず斬新で考えさせられます。

ツクイ 加えて、「2番」と「セカンド」という、これまで目立たなかった部分にあえてスポットを当てているのも、特殊ですよね。王道の野球マンガというか、試合描写を楽しみたい人にとっては、ほのぼのとしたトーンも含めて「なんだこりゃ」と思うかもしれませんが、僕はそこに不思議な魅力を感じました。従来の少年漫画誌では載らない作品。『コミック亜帯』というWEB媒体だからこそ、実現できた作品なのかなと。

オグマ 従来の野球マンガの多くは、野球が「自己実現」「自己表現」のツールとして存在しているのに対して、この作品では吃音に悩む少年にとって、大事なコミュニケーションツールになっている。そのへんも、今の時代に即した描き方なのかなと感じました。

ツクイ 「野球」「野球部」といったら、いかに声を出すか、なんなら叫ぶことがひとつの“型”といえるなか、その真逆をいく作品。それだけに、どうなっていくのか見守りたいなと思わせてくれます。主人公がとんでもない選手になるのでもなく、ちょっといい話的な短編で終わるのでもなく、最後まできちんと、ほのぼのとしたままの結末に辿り着いてほしい。

オグマ そうなんですよね。コミュニケーション下手という点以外でも、ほとんどの子供はスポーツに挑戦してもどこかで挫折を経験するもの。選手として大成できるなんてほんのひと握り。それでもスポーツに打ち込みたいと思うのは、勝ち負け以外の魅力、野球をすることの喜びがあるから。そこを丹念に描いてくれれば、という期待値も込みで。

2位『イレギュラーズ』ヤンキー高校×元強豪校はいい掛け算

『イレギュラーズ』<3巻>松本直記/講談社 ※既刊3巻
『イレギュラーズ』<3巻>松本直記/講談社 ※既刊3巻

【あらすじ】かつて強豪だった私立常星学園野球部。だが、学校の学業優先への方針変更で、今では部員4人の弱小チームに。常星No.1野球バカ・日比野塁斗は連合チームで甲子園を目指す秘策を練るも、タッグ相手に決まったのは野球ド素人の不良高校。不良×堕ちた強豪! 嫌われ者共(イレギュラーズ)の王道高校野球譚、開幕!

オグマ 少子化、野球離れの波もあって、現実世界でも注目度を高めつつあるのが「連合チーム」。ここをテーマに持ってくるのは、新しい高校野球の描き方のひとつであるのは間違いなく、そこをちゃんと攻めているテーマ設定が目を引きます。

ツクイ そう。連合チームはほかにもテーマに考えていた漫画家はいたと思うんです。問題は、どういった組み合わせを描くか。その意味で、ヤンキー高校と真面目君揃いの元強豪校、という組み合わせは、意外と思いつきそうでやらなかったいい掛け算だと思います。

オグマ 全体的にベタなんですけど、そのベタ具合がちょうどいいというか。連合チームにとっての初戦が強豪校の3軍相手、なんてベタ中のベタじゃないですか。そこを正面突破しようとしている潔さも感じます。

ツクイ 僕の中では、『ROOKIES』(森田まさのり/集英社)はもちろん、『バツ&テリー』(大島やすいち/講談社)や『なんと孫六』(さだやす圭/講談社)のころから、ヤンキーと野球というのは相性がいいというか、親和性のある組み合わせだと思っているんです。でも、今はただヤンキーを描くだけではウケる時代ではない。そこで、連合チームを組むことによって『ROOKIES』でいう御子柴(徹)的なキャラを融合させるのはいいアイデアだなと。ヤンキー軍団に「四天王」みたいなキャラがいるのも、ベタだけどおもしろいし。

オグマ 純粋に読んでいて楽しい作品ですよね。ヤンキー校と進学校の対比もうまく噛み合って、キャラが立っている。細かいところですけど、主要キャラ全員の髪色が違ったりという、戦隊モノ的な味わいもあります。

ツクイ 確かに、『黒子のバスケ』(藤巻忠俊/集英社)みたいですよね。あと、同じ連合ものでは、『ラストイニング』(中原裕、神尾龍/小学館)で知られる中原裕による『僕らはそれを越えてゆく~天彦野球部グラフィティー~』も1巻が発売されたばかり。

『僕らはそれを越えてゆく~天彦野球部グラフィティー』<1巻>中原裕、市田実/小学館
『僕らはそれを越えてゆく~天彦野球部グラフィティー』<1巻>中原裕、市田実/小学館

オグマ ただ、こちらはどうにも展開がゆっくり過ぎるというか、ワクワクすることが起きそうもなくて……。ただ、2019年からスタートさせて、ゴールをコロナ禍の夏(2020年)に設定していること。そこで何を描くんだろう?というのは気になっています。

ツクイ 『僕らは〜』と比べると、『イレギュラーズ』は確かにシンプルに読んでいて楽しい。興味が引かれる展開で、つづきが気になる作品です。

オグマナオト/ライター。水島新司研究家
オグマナオト/ライター。水島新司研究家

1位『野球で戦争する異世界で超高校級エースが弱小国家を救うようです。』異世界物の傑作

『野球で戦争する異世界で超高校級エースが弱小国家を救うようです。』<4巻>海空りく 原作/西田拓矢 絵/講談社 ※既刊4巻
『野球で戦争する異世界で超高校級エースが弱小国家をを救うようです。』<4巻>海空りく 原作/西田拓矢 絵/講談社 ※既刊4巻

【あらすじ】甲子園からの帰路、命を失った常夏太一。未練を残したまま死んでしまった太一が、生き帰って元の世界に戻るためには、野球ですべてを決める異世界で弱小国家の人々を救う必要があった。異種族の身体能力を相手に、最新の理論に裏打ちされた技術で勝負を挑む、異世界系本格野球マンガ。

オグマ 去年のこのランキングで、「そろそろ野球マンガでも異世界物が増えないとおかしい」という話をしたんです。するとこの1年で、一気に異世界物が増えたなと。問題提起したからには、そのジャンルで一番おもしろいものを選びたい、ということでの1位選出です。

ツクイ 一気に増えましたね。『異世界三冠王』(渡辺保裕/日本文芸社)に、『エルフ甲子園』(若槻ヒカル/講談社)と。『異世界三冠王』は、あの野球マンガを得意とする渡辺先生が!と期待していたなかで……絵は確かに『北斗の拳』(武論尊、原哲夫/コアミックス)的な世紀末感や、『ベルセルク』(三浦建太郎/白泉社)的なファンタジー感もあったのですが、残念ながら野球と異世界をうまく絡められていないなぁと。

『異世界三冠王』<2巻>渡辺保裕/日本文芸社
『異世界三冠王』<2巻>渡辺保裕/日本文芸社

オグマ 『球場三食』『神様がくれた背番号』(共に講談社)など、名作を生んできた作家が満を持して!とすごくワクワクして読み始めたんですけど、どんな展開でもとにかくバットを振って解決。というのが強引にも感じました。

ツクイ 『エルフ甲子園』は、1巻はおもしろかったんです。でも、2巻になるとまったく野球をやらなくなった。異世界ネタのほうに引っ張られちゃうんですよね。その点、『野球で戦争する異世界で〜』は、野球というスポーツと、異世界における価値観とのバランスがいい。それぞれの種族がなぜこのスタイルの野球をしているのか、という設定も自然です。

『エルフ甲子園』<2巻>若槻ヒカル/講談社
『エルフ甲子園』<2巻>若槻ヒカル/講談社

オグマ 戦争の代わりに野球で領土問題を決める世界において、種族同士で戦略が変わってくるというのは妙な納得感があります。ライバルチームがウサギの種族というのも、ウサギの能力的にも、読売ジャイアンツを連想させたいんだろうなという点においても、いい塩梅です。

ツクイ 僕は、ドワーフが作る野球の修練場という発想がうまいこと考えたなと感じました。確かにドワーフなら、そういう場所を作りそうだし、効果も期待できそう。この作品は、そういった異世界物でのお約束ゴトや、押さえなきゃいけないポイントについて、お色気要素も含めて盛り込めていると思います。

オグマ 野球発展途上国に日本の超高校級エースがやってきていかに戦うか、という点においては、戦略的なおもしろさもあるし、日本野球の最先端理論が、異世界では最新軍事情報になるという部分では最新理論もどんどん出てくる。野球描写を読みたいという読者のニーズも掴めています。野球に詳しい人も詳しくない人も、どちらも楽しめる作品になっていると思います。

ツクイヨシヒサ/野球マンガ評論家、ライター。1975年生まれ。主に書籍、雑誌、WEBなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条』(小学館)など
ツクイヨシヒサ/野球マンガ評論家、ライター。1975年生まれ。主に書籍、雑誌、WEBなどで活躍。著書に『あだち充は世阿弥である。』(飛鳥新社)、編著に『ラストイニング 勝利の21か条』(小学館)など

水島新司亡き世界で「野球マンガ」の覇権を握るのは?

オグマ 以上の3作品以外で、この1年の野球マンガトピックスといえば?

ツクイ 『デッド・オア・ストライク』(西森生/GANMA!)が終わってしまいました。スタート時にかなり話題になった作品で、序盤の勢いだけでは終わらず、そのままの勢いで完結まで描き切ったことはいち野球マンガファンとして讃えたいなと。

『デッド・オア・ストライク』<4巻>西森生/GANMA!
『デッド・オア・ストライク』<4巻>西森生/GANMA!

オグマ 「野球版テニスの王子様」として話題になりましたよね。

ツクイ 僕の中では「現代版アストロ球団」という楽しみ方でした。ただ、コミックスが紙版で2巻までしか出ず、3巻以降は電子版のみ。ちゃんと完結したのに書店に並ばないで忘れ去られてしまうのはあまりにもったいなさ過ぎる。もっと多くの人にきちんと評価してほしい、という願いも含めて、ここでも話題に上げておきたいなと思いました。

オグマ あとは、驚異的な勢いを感じるのはやはりクロマツ先生ですね。冒頭でも触れた『ドラフトキング』は盤石の状態。その『ドラフトキング』10巻発売にあわせ、3月には新作の『ベー革』(小学館)、『山本昌はまだ野球を知らない』(集英社)が3作同時発売。過去作の『野球部に花束を』(秋田書店)の実写映画化も発表されるなど、まさに破竹の勢いです。

『ベー革』<1巻>クロマツテツロウ/小学館
『ベー革』<1巻>クロマツテツロウ/小学館
『山本昌はまだ野球を知らない』<1巻>クロマツテツロウ/集英社
『山本昌はまだ野球を知らない』<1巻>クロマツテツロウ 原作/マルヤマ 漫画/集英社
『野球部に花束を』<9巻>クロマツテツロウ/秋田書店
『野球部に花束を』<9巻>クロマツテツロウ/秋田書店

ツクイ 『ドラフトキング』は、スカウト同士の駆け引きもそうだし、野球との距離感が絶妙。「名門校に進んで消えた天才」や「プロ入りを逃してノンプロに進んだベテラン」など、これまで野球マンガの主人公にならなかったキャラクターたちにどんどん光を当てていくのが素晴らしいです。あまり忙しくなり過ぎて、こちらのパワーが衰えないかだけが少し心配です。

オグマ 水島新司亡きあとの世界で「野球マンガ」覇権を握るのが誰になるのか? そんな視点でも今年も楽しんでいきたいと思います。

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