第165回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。評価激突!「氷柱の声」に泣いたマライ「貝に続く場所にて」にドイツ人として違和感

2021.7.14


受賞にはちょっとおもしろ過ぎる?「水たまりで息をする」

『水たまりで息をする』高瀬隼子/集英社
『水たまりで息をする』高瀬隼子/集英社

「水たまりで息をする」あらすじ
衣津実の夫が突如風呂に入らないと宣言し、水道水に触れることを一切拒否するようになる。体は悪臭を放ち、勤めにも支障をきたし始める。そんな夫を傷つけることを怖れる衣津実は、口を挟むことをせずに見守るだけであった。世間から次第に隔絶していくふたりの生活。

杉江 すっかり忘れていましたが、デビュー作はすばる新人賞を取った「犬のかたちをしているもの」でした。交際している男性とセックスしなくなった女性が、その男性が妊娠させた女性との三角関係の中で自身の心を見直していくというのが前作です。

『犬の形をしているもの』高瀬隼子/集英社

マライ 微妙に似てますね。

杉江 そう思います。性の問題を捨象して、パートナーとの心の関係を描こうとしているところがそうなのかも。

マライ 今回の作品も、重要なのは「結局、夫の存在意味はなんだったのか」的なところでしょうか。自分にとって必要なものはなんだったのか、の再確認みたいな。

杉江 性に関わる物事はどうしても女性と男性で不均衡になるから、そこが必要条件みたいに言われるのはおかしくないか、という問題提起が作者にはある気がします。ものすごく雑にまとめていうと「パートナーと一緒にいるのは一緒にいたいから」みたいなことなので、その循環論法みたいなところを主人公が鬱々と考えるところが読みどころですよね。あと身体性みたいなものもあるかと思いました。

マライ と言いますと?

杉江 身体のリアリティ、さっき言ったセックスの有無みたいなことも含めて、自分の身体と心のリンクをどう考えるべきかということは、特に若い世代にとって重要な問題になっていると思います。摂食障害なんかがそうなんですが、自分に生身の体があるということを持て余してしまうということですね。

マライ なるほど。それとも関係するでしょうけど、ラストの突き放し感が、作品からの「主人公の独立」や、既存文脈からの解放を暗示している感もあって興味深かったです。

杉江 身体というものの象徴である夫から切り離されたゆえの一時的な解放感なのかな、と思いました。自分に体があること、って大事な問題だと思うので、そこに着目して描いた点が私の好みでした。好きという意味ではこの小説のどんどん臭くなっていく夫の描写なんかが一番好きです。ちょっとおもしろ過ぎてエンタメ寄りじゃん、って言われちゃうかもしれない、芥川賞的には。だから受賞は難しいかなと。主人公が夫を放置しちゃうのも、ちょっと不思議な展開ではあります。臭いって言えよ、という話でもあるので。

杉江松恋の芥川賞イチオシ
杉江「ちょっとおもしろ過ぎてエンタメ寄りじゃん、って言われちゃうかも」

マライ ああ、でもあれって、わかる気はする。「醒めた観察者」である「女性性」って、しばしばありますよ。高度な放置プレイの一種かもしれない。

杉江 生の実感がセックスのほうに来ないところがこの人の持ち味だと思うので、このあとの展開を見守りたいです、ってすっかり受賞しない気になっているわけですが。推しているのに。

マライ ナルホド。愛ゆえの不満ですね。

杉江 はい。好きなことは好きなのです。

何が光っていたのか「オーバーヒート」

『オーバーヒート』千葉雅也/新潮社
『オーバーヒート』千葉雅也/新潮社

「オーバーヒート」あらすじ
哲学の研究者として教鞭を執りながら、メディアにも注目される論客となった主人公は、ツイートというかたちで思考の断片を公開しつづけている。私生活ではパートナーである晴人との距離感に、公人としては自身が世間にどのような印象を与えるかに気を揉みつづける日々だ。

杉江 これは院生時代を描いた彼のデビュー作にして芥川賞初候補作「デッドライン」の後日譚です。前作は、何もしない主人公が何もしないために修士論文の締め切りに間に合わなくなるという、『男おいどん』(松本零士)みたいな小説で私は好きでした。

マライ 主人公は同性愛者でありツイッタラーでもありますね。私は同性愛者の知人が多くて、というか姉も同性愛者で同性婚しているのである意味身近だなーという感じで読みました。個人的にはLGBT絡みよりもネット人間・ツイッタラー的な思考の記述に興味がありました。「ツイッター小説」という140文字小説のジャンルがありますけど、これはその逆で、ツイッタラー的な思考の連鎖を通常小説のフォーマットに落とし込んで日常語りをしている印象がある。そこにおもしろ味を感じるか否か。なんか自分をディスってきた別の大学の先生に対し、現実で軽く挑もうとする場面があるじゃないですか。あれってどう感じました?

杉江 あの対決場面は不思議な感じでした。私だったらミュートしてリアルでもスルーしますけど、ツイッター上の喧嘩上等が習い性になっている人なら、ああいう行動はするのかもしれないな、と思いました。攻撃的なメンションを送りつける感じでリアルにも行くという。

マライ でも、実際にはもう少し何かあるだろうと。いくらネット人間でも、イキった上で実際には「一発も撃たずに萎縮して終わり」ってないと思うんですよ。「あんときのアンタのあの書き込み、スゲー気になってるんで、ここでひとつ、140文字で収まらない真意を教えてくれません?」とか言うぐらいはアリでないかと。そういうのは作品の方向性的にダメだったんでしょうか。主人公の行動原理に納得いかず、内面説明が足りない気がしました。

杉江 あとは私小説的なエピソードが多い気はします。読者がみんな千葉さんのファンではないから、それはちょっと弱いかな。思考がSNS規模になっている人間の典型を、自分をモデルにした主人公を使って自虐的に描いた、というところが芥川賞的な評価ポイントでしょうね。賞の評価と関係なさそうな部分、大阪と東京を比較した都市論とか、主人公のふるさとである北関東ディスとかの部分も私はおもしろく読みましたが。正直、あえて候補にしなくてもいい気はします。もっといいもののときに候補にすればいいのに。

杉江松恋
杉江「北関東ディスとかの部分も私はおもしろく読みましたが」

マライ 逆に、選考時に何が光っているように感じられたのかが重要かもしれない。単にLGBTを扱っているから、という理由だったら萎えますね。

杉江 あー。そういう理由だとしたらちょっと安易ですよ。

「彼岸花が咲く島」言語マニア、民俗学マニアとして評価

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杉江松恋

(すぎえ・まつこい)ライター、書評家。『週刊新潮』などのほか、WEB媒体でも書評連載多数。落語・講談・浪曲などの演芸にも強い関心がある。主要な著書に、『読みだしたら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』『路地裏の迷宮踏査』、体験をもとに書いたルポ『ある日うっかりPTA』など。演芸関係では..

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