「劇団ひとり」という男の恐ろしさ。“永遠の思春期”を感じさせる『ようこそ!パラダイス劇場へ』【1話無料試し読み】

文=かんそう 編集=高橋千里


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劇団ひとりが原作を手がけたマンガ『ようこそ!パラダイス劇場へ』の単行本が、8月12日にぶんか社から発売された。

『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり、江野兎季/ぶんか社
『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり 原作/江野兎季 作画/ぶんか社

お笑いから俳優業、マンガ原作、映画の脚本・監督まで、幅広いジャンルで圧倒的な存在感を発揮する劇団ひとりの魅力を、ブロガーのかんそうが語る。

心の機微を“1000倍”にする劇団ひとり

「俺? 省吾……川島省吾」

これは劇団ひとりが生み出した、下の名前を言ってからフルネームを言う「カッコいい自己紹介」だ。

このシーンを初めてテレビで観たとき、あまりのおもしろさとカッコよさに、稲妻に打たれたような衝撃が走った。

そして「俺もいつか絶対にやりたい」と心に誓って、10年以上が経った今も実践できずにいるのだが、これを息をするように、当たり前にできるのが劇団ひとりという男の恐ろしさだ。

人が1しか感じないような心の機微を、劇団ひとりは誰よりも敏感に察知し、100にも1000にも増幅させて表現する。過剰ともいえるほどに感情が乗った言い回しは、一見「やり過ぎだろ……」と思わされるのだが、すぐに彼の一挙手一投足から目が離せなくなってしまう。

その空間において明らかに異質な雰囲気を放っているにもかかわらず、その空間に存在するすべての要素がまるで「劇団ひとりに近づいている」かのように、その世界に飲み込まれていく。

『THE TOKIWA』劇団ひとり 
劇団ひとり×花沢健吾インタビューより(撮影=吉場正和)

しかも、劇団ひとりのすごさはそれを「即興」でも表現できるということだ。

脳の大きさが常人の倍はないと説明がつかないほどの異常なアドリブ力は、深夜番組『ゴッドタン』(テレビ東京)の人気企画、さまざまな誘惑をするセクシー女優からのキスを我慢する「キス我慢選手権」で存分に味わうことができる。

特に映画『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』では、決められた世界観の中で唯一、劇団ひとりだけが100%アドリブを課せられている。

少しでもその行動に違和感があれば作品として破綻してしまう危険があるにもかかわらず、一瞬でその世界に溶け込み、誰もが思い描く「カッコいい主人公・川島省吾」を完璧に演じていた。

こんな芸当は、24時間365日カッコいいセリフやカッコいい立ち居振る舞いを考えつづけ、血肉としていなければ絶対にできない。

劇団ひとり、初のマンガ原作『ようこそ!パラダイス劇場へ』

そして、その圧倒的な存在感はお笑いだけでなく、ドラマや映画でもいかんなく発揮されていた。

個人的に最も印象に残っている役柄が、朝の連続テレビ小説『純情きらり』(NHK)の主人公・桜子(宮崎あおい)の初恋相手・斉藤直道だ。

不器用で変わり者だが、素朴で気が優しい青年役で、その名のとおり「真っ直ぐ」な姿に多くの人間が心惹かれたことだろう。同ドラマに出演していた西島秀俊や福士誠治にもまったく劣らない素晴らしい相手役だった。

ちなみに私は、桜子と斉藤が1本のストローでシャボン玉を吹くシーンで心臓が爆発してしまった。この瞬間、完全に「朝ドラ版 キス我慢選手権」が開催されていた。

劇団ひとりは「永遠の思春期」なのだと思う。「カッコつけたい」という自意識は誰もが根底に抱えているものだが、それが最も多感な「15歳の感情」をいつまでも持ちつづけている。

それは、劇団ひとりが原作を手がけたマンガ『ようこそ!パラダイス劇場へ』を読んだときに改めて強く感じた。

『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり、江野兎季/ぶんか社
『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり、江野兎季/ぶんか社

土佐に住む女子高生の夏海と、その幼なじみで夏海に10年以上恋をしているも自意識の高さからずっと想いを伝えられずにいる賢太とのすれ違いを描いた物語なのだが、「好きな人に好きと伝えることの難しさ」を、ここまで繊細に、ここまでドラマチックに描ける人間がどれだけいるだろうか。

並みの人間が躊躇してブレーキを踏んでしまうような表現も、劇団ひとりはなんの躊躇もなくフルアクセルで踏み切ることができる。

『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり、江野兎季/ぶんか社
『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻/劇団ひとり 原作/江野兎季 作画/ぶんか社

彼が2014年に原作・監督・脚本を務めた映画作品『青天の霹靂』も、劇団ひとりらしさが存分に詰まった作品で本当に素晴らしかった。人生に絶望したマジシャンがタイムスリップし、生き別れた両親と再会するヒューマンコメディ。

恥ずかしがらず真正面から「感動」を描ける純粋さと、そんな劇団ひとりの頭の中を具現化したような涙が出るほどの画の美しさに、観終わったあとすべての命に「ありがとう」と呟いたのを覚えている。

また2021年にNetflixで配信された、劇団ひとりが最も尊敬するビートたけしとその師匠・深見千三郎の師弟関係を描いた映画『浅草キッド』でも、画面の隅々からビートたけしへの想いがダダ漏れし、愛情の海に溺れ死んでしまった。

お笑いでも「伝わるのか?」じゃなく「伝えるんだ」

そして、それはもちろん「お笑い」の面においても間違いなく発揮されており、普通の人間はやらない、たとえ思いついても萎縮してしまうネタであろうが、劇団ひとりは最後までやり切ってしまう。

2011年に放送された『ゴッドタン スペシャル 芸人マジ歌選手権』で、劇団ひとりが、田原俊彦がグレムリンと化した姿「トシムリン」で現れたとき、爆笑と共に恐怖にも近い感情を味わった。

「田原俊彦+グレムリン=トシムリン」

こんな意味不明過ぎる方程式がなぜおもしろくなるのか、小手先の技術や理論ではまったく測れない、天才としかいいようがない奇跡の瞬間だった。

『THE TOKIWA』劇団ひとり
劇団ひとり×花沢健吾インタビューより(撮影=吉場正和)

彼を見ていると、他人の評価を気にして表現の幅を狭めている自分を恥ずかしいとさえ思う。「伝わるのか?」じゃない、「伝えるんだ」という強い意志と力。それこそが大事なのだといつも教えてくれる。

それが劇団ひとり、そう、省吾……川島省吾だ。

『ようこそ!パラダイス劇場へ』1巻
著者:劇団ひとり/江野兎季
レーベル:ぶんか社コミックス
定価:1,200円(税別)
発売日:2023年8月12日

劇団ひとりが自身の男子だったころを投影し、マンガ原作に初挑戦! 本当バカ……でも憎めない男子&鈍感女子の運命を変える青春ラブコメ!

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