考察『紅の豚』ポルコはなぜ秘密警察に命を狙われているのか?
今夜(1月14日)の『金曜ロードショー』(日本テレビ)は『紅の豚』(1992年公開)。先週の『千と千尋の神隠し』につづき、2022年をジブリ作品でスタートする企画である。宮崎駿監督自身の投影ともされる主人公・ポルコは、戦時中はイタリア軍の飛行艇パイロットだった身で、秘密警察に命を狙われている。その背景を、歴史に詳しいライター・ツヤマユウスケが考察(ネタバレを含みます)。
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フィオ「だっておかしいわよ。何もしてないなら」
豚の姿をした賞金稼ぎ・ポルコには敵が多い。「豚をミンチにしてやるぜ!」などと言って襲いかかるキャラがやたらと出てくる。最初に登場するのは空飛ぶ強盗団・マンマユート団と空賊連合。次は、空賊たちが雇った用心棒・カーチス。そして最後がおそらく一番厄介。イタリア政府の秘密警察だ。
つまり、ポルコはお尋ね者である。彼の元同僚・フェラーリン少佐によると「お前には反国家非協力罪、密出入国、退廃思想、ハレンチで怠惰な豚でいる罪、ワイセツ物陳列で逮捕状が出される」とのことだ。そしてポルコはフェラーリンと別れた直後、黒服の男たちに車でつけ回される。追っ手はファシストの秘密警察だという。
物語の舞台は第一次世界大戦後のイタリア。ムッソリーニ率いるファシスト党が独裁政権を打ち立てたころだ。『紅の豚』は大筋では史実に沿っており、ポルコを尾行した組織は「反ファシズム監視抑圧機関(OVRA)」がモデルだと思われる。政権に異議を唱える者を拘束し、特別裁判所へ送る役割を担っていた。
しかしポルコの様子をうかがう限り、反政府活動なんてことはしていない。むしろイタリア政府との関わりを避けようとしている。だから、彼と行動を共にするようになった少女・フィオも疑問に思う。
フィオ「ねぇ、ポルコって本当はスパイなの?」
ポルコ「アハハハハ! 俺がスパイかハハハ……。スパイなんてものはな、もっと勤勉な野郎がやることさ」
フィオ「でも戦争のときは英雄だったんでしょう? だっておかしいわよ。何もしてないなら」
ポルコ「俺もそう思うぜ!」
このセリフのあと、ポルコは派手なカーチェイスをやって街を荒らしてしまう。だが普段の彼の行いは、政府にとって脅威になるものには見えない。日々空賊を撃退し、アドリア海の安全に貢献しているのに、なぜ秘密警察に追われるのだろうか?
ポルコは誰に雇われているのか?
映画の冒頭、アジトにいるポルコのもとに電話がかかってくる。電話の主について具体的な説明はないが、用件は、マンマユート団が客船を狙っているからすぐに来てほしいとのことだ。また、「契約14条の第3項を該当させる」とも言う。
ポルコはいったい誰と契約を結んだのか。その答えは『紅の豚』原作マンガの『飛行艇時代』(宮崎駿/大日本絵画)にある。マンガの中でポルコは、『わたしはイタリア海軍退役パイロット マルコ・パゴット中尉。貧乏なバルカンの諸国と契約した空賊狩りの賞金稼ぎである』と言う。
当時のバルカン半島にはユーゴスラビアがあった。イタリアが領土問題をめぐって対立した相手国のひとつである。
イタリアは、イタリア人が多く暮らす近隣地域(「未回収のイタリア」)を併合して領土を拡大する機会をうかがっていた。1915年、その野望を達成すべく第一次世界大戦に参戦。多大な犠牲を払いながらも戦勝国の一員となった。しかし、1919年のパリ講和会議の取り決めで、「フィウメ」という物流の拠点がイタリアではなくユーゴスラビアに帰属する。イタリアはこの要衝を獲得できず、国内で不満が噴出した。
『紅の豚』が原作どおりの設定だとすれば、ポルコは、祖国と対立関係にある国に雇われていたことになる。ここで、彼が銀行で賞金の札束を受け取るシーンに注目してほしい。おそらく支払い元はユーゴスラビアである。『紅の豚 スタジオジブリ絵コンテ全集〈7〉』(宮崎駿/徳間書店)によると、「ずーっと後ろの案内係が敵意のある目線を送っている」という説明書きがある(離れたところから睨んでくる男性がふたりいて、実に怖い顔なのだ)。きっと銀行はポルコの事情を知っているのだろう。
ポルコはフィオを巻き込むわけにはいかない
こんな仕事をつづけるポルコに対し、ファシスト政権はどのような反応をするだろうか。
『紅の豚』で描かれたように、当時のイタリアでは急激なインフレが発生し、経済の立て直しが喫緊の課題だった。そこでファシスト政権は、国民全員が一体となってよく働くことが必要だと考え、労働者を守り、管理していこうとする。
ファシスト政権は、国民に対してアメと鞭の政策を実行した。大規模な公共事業で雇用を生み出す一方で、1927年に「労働憲章」を制定。国のために働くことを国民の義務とした。これは裏返していえば、政府の監視下で働かない者は非国民として排除するということだ。
ポルコは外国からの依頼を受け、個人で空賊狩りをやっている。ファシスト政権からすれば、自由気ままに生きているように見えるだろう。そして、エースパイロットだったほどの腕前を持つ人物が、軍のためにその能力を役立てないのはおかしいと思うはずだ。
ポルコが軍を辞めた理由は、映画の中盤で示唆される。まだ彼が人間の姿だったころ、オーストリア軍と空中戦になった回想シーンだ。ポルコは戦友・ベルリーニの命を救うことができなかった。そして、ベルリーニと結婚したばかりのジーナは深い悲しみに暮れる。祖国のために働き、軍人として飛んでいた間に仲間たちが次々と傷ついていった。
戦後、ポルコは自分に魔法をかけて豚に変身し、人間として生きることをやめた。そして国に縛られない職業を選び、ファシスト政権から「排除対象」にされる。ファシスト政権の秘密警察から逃げ切るのは非常に困難だ。街の至るところに諜報員や密告者が配置され、彼らは市民の電話を盗聴するだけでなく、郵便物を蒸気で開封してあらゆる情報を調べ上げていたという。
だからポルコはフィオの身の安全を本気で心配する。カーチスとの決闘のあと、フィオはポルコについてこようとするが、それはあまりに危険な選択に思えた。彼女を巻き込むわけにはいかない。好意を寄せられても、けっして応えることはできないのだ……。うーん、やっぱり『紅の豚』のラストは切な過ぎる!!
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