宇垣美里、親友への思いを綴る「あなたの好きな人、大っ嫌い」
宇垣美里がTBSアナウンサー時代に『Quick Japan』で執筆していたエッセイ連載、「拝啓、貴方様」。“いろいろな人に手紙を書く”という設定の本連載は、当時多くの反響を読んだ。
この連載を収録した書籍『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)が、2021年12月14日に発売。
本書の発売を記念して同書より、『Quick Japan』に掲載されていたエッセイを特別に公開する。
「あなたがみんなに愛されていること、どうか自覚してください」
本当に生きるってつらい。週末に一泊二日でスノボに行ってきたからなんですけど、筋肉痛って恐ろしいですね。ずっと首を曲げて進行方向を見ていたからとにかく首が痛いんです。ひどい筋肉痛や、ごりごりと痛くて心が折れそうになるマッサージ、歯医者での治療の時はきまって「痛覚を捨てたい……」と神に祈ってしまいます。電灯みたいに痛覚スイッチのオンオフができたらいいのに。
はあ、なんの話だろ。あなたは、元気にやっていますか?
なかなか集まりに顔を出せていなくてすみません。年末も関西に帰って、あなたに会いたかったのだけれど、お仕事でばたばたとマカオに行っておりました。
他の友人たちに様子を見てきてくれと頼んではいましたが、できることなら直接この目であなたの顔色を、目の色を、しっかり確かめたかった。
LINEも電話もよくしているけれど、ふわっとした話しかできなかったり、ちゃんと意図が伝わらなかったりするから下手なことは言えなくて、ずっとやきもきしていました。本当はお酒を酌み交わしながら、昔話なんかも交えて話すのが一番なのだけれど、なかなか時間の都合がつかないから、せめて手紙にして送ります。
懐かしいでしょう? 学生時代、授業中によく手紙を回していたよね。テスト前にはノートを貸し借りして。久々に私の字を見て、あの頃のこと思い出しながら読んでくださいな。
はっきり言います。私、あなたの好きな人、大っ嫌い。まじでぶん殴りたいなあって思います。
いつだったか一緒に写真を撮ろうとした時、「最近私の写真見て彼が『ほんとうにブスだねえ』っていうから、なんか嫌になっちゃって全然撮ってないんだあ」って苦笑しながら言っているのを聞いて、あやうく持ってたコップ落としちゃいそうでした。はああああ? 私たちのかわいいかわいい天使に何言ってくれちゃってんの? そいつ鏡見たことあるのかしら? 人様にそんな偉そうなこと言える顔面なのか? と。
いや、これだと彼と同じレベルに下がることになるのでよくないね。これは美醜の問題ではない。どんな絶世の美女だろうがハイパーイケメンだろうが、冗談でも言っちゃいけないことがある。こんな主観的な罵詈雑言で人の自尊心や自己肯定感を下げる人には、絶対に近寄っちゃいけないよ。その人の吐き出す言葉一つ一つに疲れてしまうよ。
私たちの大好きな山田詠美さんが、「人の心が何によって傷つくかを知らないで育って来た人間を、『お育ちが悪い』と言うのだよ。お育ちが悪いってのは、食事のマナーがなってないことでも、言葉遣いが悪いことでもない。人を傷つけても平気でいられる倫理観のない人間をさして言うのだ」って書いていたじゃない? 人を傷つけることは言っちゃいけませんって幼稚園で習わなかったのかしら? そんな、人のメンタル壊して平気な奴からはとっとと離れて忘れるのが一番だよ。「忙しいから会えない」って何なんだ。そいつの百倍忙しいであろう私ですら時間作って電話しているというのに。忙しいを理由に人との交流をおろそかにする奴はたいてい大成しませんよねえ。私調べ。
あとバレる嘘つく奴って、詰めが甘いんですよ。嘘つくなら本気でつけよ。遊びじゃねんだよ。一度疑っちゃうと、もう全部が怪しくみえてきちゃうよね。それはもう尊ぶべき恋愛のかたちではないよ。予言しますけど、絶対に彼を許せる日なんてこない。カップルの行く末を最も的確に占えるのは女性側の友人、と聞いたことがあります。私ですね。嘘をついて裏切った人のそばにいるのって、裏切られた事実をずっと突き付けられることと同義ではないですか。許す努力とかマジ無駄だから。さっさと別れてその時間をリハビリにあてたほうが、よっぽど有意義よ。
きっぱり別れたらそいつこそが諸悪の根源だったって絶対に気づくから。でも、それって近くにいると気づけないんだよね……。まだ好きという気持ちがある段階で捨てると、未練が残る危険性があるけれど、“will beゴミ”に付き合っていられるほど私たちは暇じゃないでしょう。痛みを予感しながら、それでも捨てる決断ができる人ってすごく美しいと思うんです。ねえ、どうせなら爪痕残してやろうよ。笑顔でバイバイしてその後ずっとずっときれいになって幸せそうに振る舞うことが、一番の復讐になるんだよ。「惜しいことしたなあ」って思わせるのがあなたの勝利だよ。その手伝いは任せてよ。私が持てるすべての技を使って、あなたを誰よりもきれいにしてあげる。とりあえず化粧から教えるから、はよ下地を買いなさい。
あんな奴「美」で殴ってやれ。
なんて、偉そうなことを言ってますけども。私だって人のこと言えないのはご存知承知の通り。あの頃めちゃくちゃにぐちゃぐちゃになった私を救ってくれたのは、あなたでした。
先日、原美術館で開催されている『ソフィ カル―限局性激痛』を、観に行きました。日本に留学していたカルの九十二日間にわたる写真と恋人との往復書簡が展示されていました。失恋から立ち直る、というより傷が劣化していく様子をこれでもかと生々しく表現していて、観終わった後、吐血するかと思いました。いやあ、あの展示は胃にきた。自分たちは特別な関係なのだ、という陶酔からの叩きつけるような絶望。やがてゆるゆると、その記憶の彩度が下がっていく過程で、忘れたくないが、忘れたいに変わり、忘れていく様は、滑稽で無様で見覚えがあって。あくる日、かつて好きだった人に愛されて幸せに微笑む夢を見て飛び起きてしまいました。最高に寝ざめが悪かったです。でも、それすらもう過去なのだなと、どこか安心した自分もいました。
ジェットコースターのように感情が揺さぶられる恋愛を経験したことがあります。その人から離れて分かったのは、荒野で二日に一回食べる乾パンより、食卓で味わう白パンのほうが、はるかに栄養価が高くて美味しいということ。そして、「彼以上の人なんかもう絶対現れない」とか思っていたとて、そんなのはただの幻想だということ。恋する相手は星の数ほどいるんですよ。ブルゾンちえみも言ってた。何度だって連呼しますよ。幻想です。あっさり次が現れて、どんどん記録を更新しちゃうものなのです。それに、人を心から愛した経験がある人は、何度だって同じように愛せるものなんです。自転車と一緒。
だから、その忍耐強さや執着心を、手放す勇気に変えてほしいなあって思います。代わりに新しいもっといいものが舞い込んでくるから。ほんのちょっとの勇気で一歩踏み出せば視界はクリアになるはず。
何も期待しないことをデフォルトにしないで。傷つけられることに麻痺しないで。ないがしろにされることに慣れないで。いつかそいつに再会して、箸の使い方や、声、口癖、そんな些細なところにかつての感情がよみがえり、心震わせる日が来るかもしれない。
でも、好きな人、じゃないよ。好きだった人、なんだよ。
尊厳と引き換えに続ける恋はもうやめにしたらいいんじゃないかと思います。恋って愛って、もっとあったかいものなんじゃないの? 優しくなれるものなんじゃないの?
私が夢見てるだけかしら。
まあ、隣にいた人がいなくなる切なさは分からなくもないですが、一回のハグは布団で寝るのと同じだけ精神が回復するそうですよ。ならば布団で寝たほうがよっぽど効率的じゃない? 裏切らないし、あったかいし包容力最強だし。寝ようぜ! 寝て起きて、まだ悩んでるようなことなんて、悩むだけ無駄なんだから!
絶対に大丈夫だよ、とは簡単には言えない。大丈夫じゃない大丈夫を積み上げ続けるのはとても疲れることだし、傷はなかなか癒えてはくれない。働かなくちゃならないし、ごはんだって食べなきゃいけないし、毎日化粧もしなくちゃいけないし、生きるって大変だ。
いつか、時の流れがつらかった記憶を流して、全部過去にしてくれるはず。痛みや悲しみを思い出して泣いてしまう日もあると思う。どれだけ待てば、これでよかったと納得できるかなんて、誰にも分からない。
でも、きっと大丈夫だよ。あなたはあなたのいいところも悪いところも全部ちゃんと分かってるでしょう? 忘れてしまったのなら、何度だって私が言葉にしてあげる。あなたを大事に思ってそばにいる人がいることを知っているでしょう。この年末、どれだけの友人があなたを訪ねたことか。あなたがみんなに愛されていること、肯定されていること、どうか自覚してください。
さあ、飲みにいこう! 旅行にいこう! ディズニーランドだってUSJだってどこだっていいよ! ぱあっと遊び明かそうよ! 恋愛で空いてしまった穴を女友達で埋められる、なんて思ってないよ。そんなきれいごと言えない。でも、一人でいるよりずっとずっといいはずさ。何度だって話を聞くよ、いくらでも時間を割くよ、一生残る傷なんてないのだから。私がいるよ、みんながいるよ、それだけはどうか忘れないで。
片言の整体師に「え、錆(さ)びてますカ……?」と言われた国境を越えまくるポンコツから、ゾンビみたいな顔色で寂しそうに笑うぼんくらへ、愛をこめて。
(二〇一九年二月)
※「拝啓、貴方様」第六通「親友」より
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『今日もマンガを読んでいる』(文芸春秋)
著者:宇垣美里
定価:1,650円(税込)
発売日:2021年12月14日週刊文春の人気連載「宇垣総裁のマンガ党宣言!」を書籍化。宇垣美里が選りすぐった傑作マンガの数々を熱量たっぷりに評します。
「マイメロ論」で話題になった『Quick Japan』巻頭随筆をはじめ、TBSアナウンサー時代に執筆したエッセイ8篇も特別収録。
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