黛灰というVTuber
黛灰のVTuberとしての「存在」の見せ方はかなり特殊だ。彼はホワイトハッカーとしてにじさんじからデビューしたVTuber。施設育ちで、デビューしてからはある依頼をされて潜入調査のために活動を開始したらしい。
YouTubeチャンネルの配信にはまれに伏線が仕込まれており、時にはチャンネル以外のあらゆる場所に関連する事例が散りばめられた。
・まったく別な存在が黛灰のチャンネルをジャックして勝手に配信をした。
・ツイッターアカウントとサブアカウントで、まれに異様な発言が行われた。
・仲のいいVTuberが、彼についての記憶を失ったことがある。
・YouTubeコミュニティの投稿に、黛灰が認識していない書き込みがされていた。
・販売されたボイスに、普段語られないヒントになるトラックが入っていた。
・鈴木勝と出雲霞のオンライン通話に割り込んで、盗聴対策として嘘の字幕を出しながら事実を語ったことがある。
・ゲーム『どうぶつの森』内の掲示板に、彼の存在の曖昧さをほのめかす書き込みが、別の誰かにされていた。
ふだんは落ち着きがあるしゃべりをしつつも、場を楽しませるおもしろお兄さん。しかし彼は忘れたころに、自身の物語について仕込みをしてくる。
特にファンを驚かせたのは、3Dボディのお披露目配信だ。前半はゲーム実況のほんわかした空気を楽しめるのだが、後半彼の過去と存在の曖昧さが一気に明かされる。
「俺とリスナーと呼ばれる人たちは ただ異なる世界にいるだけだと思っていた」
「俺は俺 黛灰は黛灰なはず でも俺のことをあたかも俺でない誰かが奥にいるように語る人がいる “にじ“を”さんじ“から観ている人がいる 俺はVTuberとは自分の容姿と精神をそのまま投影した人の総称だと思っていた」
「リスナーの言うVTuberの意味を考えるなら 俺自身も 俺を取り巻く現実さえも 存在しない仮想の住人なのかもしれない」
視聴者が彼と対話し参加することで完成する「存在」の物語を、黛灰は紡ぎつづけている。
かなりこじれた話だが、ここは視聴者の「VTuber」に対しての認識を重ねるとわかりやすくなる。
VTuberのふたつのスタイル
VTuberを観る際、あくまでも視聴者はその裏方の黒子を意識せず、目の前にいるアバターが「存在している」として受け取るのが、VTuberの楽しみ方だ。しかしアバターを動かす黒子に当たる存在がいる、という感覚自体は言わないだけで当然ある。映画を見て「これ演技じゃん」と言わないのと同じだ。
VTuberは大きく分けてふたつのスタイルがある。キャラクター性を全面に押し出して表現するロールプレイ・ストーリーテラースタイル。ほぼアクター自身の個性や感情がそのまま出るアバタースタイル。その中間のスタンスも含めて、どちらかに針は振れるだろう。それら異なったスタンスが全部並列になれるから、VTuberはおもしろい。
黛灰は最初は、ぼそぼそ話すクールなロールプレイタイプだと思われていた。しかし配信を重ねていくうちに彼のユニークなエンタメ精神が視聴者に伝わり、アバター的な部分もあるんだろう、と親しみが感じられた。
ところが今回のアルタビジョンのような展開が来ると、一気に視聴者と黛灰の距離は突き放される。視聴者が「現実世界にアクターがいて、黛灰というバーチャルなアバターがある」と無意識下で考えるとしたら、「現実の自分の姿をそのまま投影したのが自分」という「VTuber黛灰(画面の中で動いている存在・キャラクター自身)」の考え方と乖離することになるからだ。
6月30日。黛灰が「現実に送り出される(=VTuberとしての黛灰はいなくなる可能性あり)」か、「仮想に再構築される(=記憶がリセットされ視聴者の求めるVTuber黛灰を形成する)」を、視聴者が投票で決めることになった。
結果はまさかの50%:50%。視聴者が協力して「選ばない」という選択肢を選んだ結果になる。
この配信で、魂とか中の人とかではない「プレイヤー」という単語が出てくるのは注目してほしい。黛灰の解釈による、アバターと現実の距離感を表す単語だ。インターネット上で物語を見せてきたのが、「演者」でも「黒子」でもなく「黛灰のプレイヤー」。TRPGのキャラクターを動かす「プレイヤー」なのか、演奏者の意味なのか、はたまた祈りの「prayer」なのか。さまざまな意味を含む言葉なだけに、解釈も幅があって興味深い。
メタ的な要素も含む表現は苦手な人もいるかもしれない。しかし「黛灰」が自身の物語のテーマであるバーチャルな存在の意味を語る際、どうしても欠かせない部分を誠実に見せた結果だ。
念のため、これはあくまでも「黛灰」の考え方であって、他のVTuberに適用されるわけではないのはつけ加えておきたい。俳優の演劇論や芸人のお笑い論がバラバラなのと似ている。
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