新しい価値観がどれほど優れたものであっても、過去の書物を否定したくない

中村光夫著『青春と女性』(レグルス文庫/1975年)に「教養について」では読書の意義と心得をこんなふうに述べている。
僕等が実生活の交友の範囲でめぐりあえる人々は、まず第一に僕等の短い生命によって制約をうけ、また生まれた国、住む場所によって必然に制限されます。
そこへ行くと書物は、歴史始まって以来の人類の各時代各国の代表的人物の声が、彼等の思想の精髄をつたえて凝縮されているのですから、普通の交友よりはるかに有益なわけで、これに対する僕等の心得はさきに述べた正直と謙虚以外ありません。
『青春と女性』「教養について」中村光夫/レグルス文庫
そして中村光夫は読書の目的を「自己の限界を認識し、人類とのつながりを意識することにある」という。人類には今の人だけではなく、過去の人も含まれている。新しい価値観がどれほど優れたものであっても、過去の書物を否定したくない——というのが、読書人としてのわたしの矜持だ。
また「教養について」では「自分に正直に問うて一番興味のあるものを読むのがよい」とも述べている。中村光夫は、高尚な外国文学を半知半解で読むより、娯楽小説でもなんでもいいからほんとうに好きなものを読むことをすすめる。
文学美術に関する書物は、科学の知識を得るための書物と違って、まず人の意見を聞かず、自分の好むところを固執することがかえって必要です。
『青春と女性』「教養について」中村光夫/レグルス文庫
中村光夫の読書論の要諦は「自分の好きなものを読め、書物に対して謙虚になれ」ということになるのだが、ダイエットや片づけ同様、わかっていても実行するのがむずかしい。とはいえ、小太りの人のほうが風邪をひきにくいという説や片づきすぎた部屋を好む人は他人と暮らせないという説もあるし、自分の好きなものを絞りきれないまま、適度にとっちらかった状態をよしとするというのが、半世紀近くに及ぶわが読書遍歴から導き出した答えだ。どんな本をどんなきっかけでどんなふうに好きになるのか今でもまだわからない。
精読の道はまだまだ遠い。
■荻原魚雷「半隠居遅報」は毎月1回更新予定です。
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荻原魚雷『中年の本棚』(紀伊國屋書店)
気力・体力・好奇心の衰え、老いの徴候、板ばさみの人間関係、残り時間…人は誰でも初めて中年になる。この先、いったい何ができるのか―中年を生き延びるために。“中年の大先輩”と“新中年”に教えを乞う読書エッセイ。
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