ずん飯尾和樹<下から目線>の笑い。逆らわず、諦めない「農耕民族芸人」の生き方/『【日めくり】まいにち、飯尾さん』
「平日の昼間から、ゴロゴロ~ゴロゴロ~」「忍法メガネ残し」など、ずん飯尾和樹のギャグはいつも穏やかに、クスリと笑わせてくれる。その独特なテイストはどこから生まれ、なぜ私たちは惹かれてしまうのか?
日めくりカレンダー『【日めくり】まいにち、飯尾さん』(時事通信社)に収録された数々の名作ギャグと共に、お笑い評論家ラリー遠田が魅力を解説する。
芸人の大半は「狩猟民族」である
人を笑わせることを「笑いを取る」という。この場合の「取る」は「盗る」であり「獲る」でもある。笑いとは、油断している人から不意打ちで盗むものであり、力ずくで獲得するものでもあるというわけだ。
その意味で、プロの芸人の大半は狩猟民族である。鵜の目鷹の目で獲物を狙い、相手がスキを見せた瞬間に飛びかかる。笑いを取るにはコンマ1秒以下の精密さで正確な「間」を捕らえることうが必要になる。
『M-1グランプリ』などのコンテスト番組が流行して、視聴者の間でも笑いを審査する目で観ることが一般的になった。笑いを狩る能力の高い凄腕のハンターは、プロの審査員から称賛されるし、視聴者からも尊敬の眼差しで見られる。
しかし、ずんの飯尾和樹にはそんな狩猟民族の臭いがしない。いつも控えめ、「ぺっこり45°」の精神で、グイグイ前に出てきたりしない。
独自の人気を得ている秘密は「低姿勢」にある
そんな彼が今、引っ張りだこの人気を博しているという。「人気」と言っても、若い女性にキャーキャー言われてモテているとか、そのファッションが憧れの対象になっているとか、数多くの番組でMCを務めているとか、バラエティ番組で伝説を残すような活躍をしたとか、そういうことではない。バラエティからドラマまで幅広い分野で活躍している上に、CM出演の機会も増えていて、何かと注目を集めているのだ。
テレビで見かける飯尾は、いつも当たり前のようにそこにいる。彼はけっして相手を身構えさせない。必ずと言っていいほど低姿勢で下から入り、そのままへりくだりつづける。
飯尾の「下から目線」はその芸風にも表れている。
「忍法メガネ残し」も「転んだついでに由美かおる」も「平日の昼間から、ゴロゴロ~ゴロゴロ~」も、彼の代表的なギャグのほとんどは、自分の目線を下げて繰り出されるものだ。
獲物ではなく、収穫物としての笑い
飯尾は、狩猟民族というよりも農耕民族に近い。
農耕民族は田畑の近くに定住し、大地の恵みを得て生きている。農業を営む者は厳しい自然環境と戦うことになるのだが、戦うと言っても殴ったり蹴ったりできる相手ではない。ただ大雨や台風や日照りに一方的に蹂躙され、振り回されるだけだ。それでも、遠い先の日の収穫を得るために、粛々と自然と向き合う。
飯尾が芸人としてやっていることもそれに近い。逆らわず、諦めず、淡々とボケを放つ。狩りで捕まえた獲物としての笑いではなく、農作業の収穫物としての笑い。それは、優しく穏やかに人々の心に火を灯すような笑いである。
血しぶきが舞う『KOC』会場でも、唯一無二の存在感
数年前、『キングオブコント』の予選会場でずんのネタを観たことがある。コント日本一を決める大会であり、若手芸人にとっては人生のかかった大舞台だ。誰もが緊張した面持ちで生きるか死ぬかの勝負に来ている。
でも、ずんのネタにそんな緊張は一切感じられなかった。
ネタの中で飯尾は「ぱっくりピスターチオ」などと普段どおりにギャグを連発して、相方のやすにツッコまれていた。最後は観客のほうを向き直り「それでは皆さん、いい夜を」と言って頭を下げていた。血しぶきが舞う戦場に一瞬だけふわっと爽やかな春風が吹いたようだった。
11月16日に発売される『【日めくり】まいにち、飯尾さん』は、日替わりで飯尾のギャグの数々を楽しむことができる。「裸眼解除」に始まり、得意のメガネ関連のギャグも充実。飽きずに長く楽しめる作品となっている。
笑いにもいろいろな種類があって、芸人にもいろいろな人がいる。飯尾がもたらす笑いは、下から目線の農耕民族の笑い。庭の畑で採れた野菜をおすそ分けしてくれる近所のおじさんのように、温かみのある笑いをもたらしてくれている。
その優しさと自然の恵みに感謝しよう。ぺっこり45°で。
【日めくり】まいにち、飯尾さん
シュールなギャグでお茶の間に笑いを届けつづけて30年。テレビ、CM、映画などに引っ張りだこの“好き勝手に生きてるだけのおじさん芸人”こと、ずん飯尾和樹による、待望の「日めくりカレンダー」。