1年間タイで映画撮影、暮らして見た地域の現実

2020.1.23


ラオスには音楽があった

ふたつめの理由は、イサーンはそのような過酷で抑圧された地域であったにもかかわらず、逆にパワフルな独特の文化が形成されたからである。

その代表が“モーラム”と呼ばれる音楽だ。大都会バンコクの路地裏やマーケットに行くとふと聴こえてくる音楽がある。演歌や民謡とも似た、それでいてダンサンブルなリズム。深夜の国道沿いの屋台でみんなが楽しそうに踊っている。聞けばイサーンの人たちで、それがモーラムとの出会いだった。モーラムはラオスの音楽で、その後60年代から現代に至るまでにジャズ、ソウル、ロックなどと融合してアジアのダンスミュージック〜大衆芸能としてイサーンで独自の発展をとげた。田舎のお寺の広場では、積み上げられたバカでかいスピーカーから爆音で流れるモーラムで人々は一晩中踊り続ける。まるでジャマイカの屋外サウンドシステムを彷彿とさせる重低音。そこに“ケーン”という日本の笙に似た竹製の楽器が加わる。この音色がまさに人を覚醒させると呼ばれるほどの凄まじさで、詩人チット・プーミサックに「人生の闘いの音楽」と称され、実際にかつて中央タイ政府よりケーン禁止令が出た歴史を持つ楽器なのである。演奏者の息吹の中で旋律とリズムが何層にも響き、揺れながら昇華していくケーンの音色はぜひ一度体感していただきたい。

『バンコクナイツ』は私たち自身がイサーンへの旅路の中でその源流であるラオスへと向かう作品となったが、それはアジアの植民地を辿ると同時に、揺るぎない人びとの生活、抵抗、歓喜、すなわち“音楽”を発見する旅路でもあった。私たちは「ラオスにはいったいなにがあるんですか?」という問いに、こう答えることができると思う。「音楽があった」と。


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空族

(くぞく) 映像制作集団 2004年、“作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する”をモットーに、『空族』を名のりはじめる。常識にとらわれない、毎回長期間に及ぶ独特の映画制作スタイル。作品ごとに合わせた配給、宣伝も自ら行ない、作品はすべて未ソフト化という独自路線をひた走る。テーマは日本に留まらず、広く..