「クリトリック・リスにしよ」というひと言からすべてが始まった

2020.1.18

文=スギム(クリトリック・リス


「クリトリック・リス」というユニット名で、ひとりで活動しているアーティストをご存知だろうか。彼の名はスギム。36歳でそのスカムユニットを突然スタートさせ、スキンヘッドにパンツ一丁というスタイルと強烈なライブパフォーマンスで、一度観たら忘れられないインパクトを残す。そんなクリトリック・リスが2019年4月、日比谷野外大音楽堂でワンマンライブを行った。しかも、なんと自費で。一大イベントを控えていたスギムが「クリトリック・リス」誕生秘話を綴ったコラムをご覧あれ!

※本記事は、2019年2月22日に発売された『クイック・ジャパン』vol.142掲載のコラムを再構成したものです。


中年ジジイ希望の星

「クリトリック・リスにしよ」このひと言がすべての始まりだった。

2006年秋。当時36歳でサラリーマンだった俺は管理職というポストに就き、自分の仕事以外にも、部下の指導や課の売上を任され一気に忙しくなった。終電を逃す日が続き、タクシーで帰っても眠れるのはせいぜい3時間程度。帰ることすら面倒で、会社近くのバーで飲み、奥のソファーで朝まで寝かせてもらう。というのが日課となっていった。

この日のバーにいた客は常連の若者ふたりにサラリーマンと俺。お酒が程よく回ってきて、客同士で音楽談義となった。影響を受けたアーティストや感動したライブなど。そんななか、サラリーマンが「またライブでベース弾きたいなぁ~」とボソッと漏らした。若者ふたりが「えっ! バンドやっていたの? 俺ギター弾けるしこいつドラム叩けますよ」。3人がカウンターの端の俺を見る。「いや。俺は、音楽経験まったくないし」。「じゃあ、ダンサーで参加してや」。正直、うれしかった。結婚もした。仕事では管理職にも就いた。まともな人生を歩んできたつもりだが、趣味と言えるような趣味がなかった。歌は下手。楽器もできない。だけど音楽は好きでいつかステージに立ってみたいという夢があった。「じゃあ、この4人で決まり。バンド名はどうする?」深夜の酒が入った男達のこと、発せられるのは下ネタばかり。「アナルナルシスがいいね」、そこで俺が放った「クリトリック・リスにしよ」。これが通った。音楽経験のないサラリーマンが命名したという理由だけで、バンドのリーダーとなった。

それから数日後、早速バーのマスターから周年イベントに出てほしいとオファーがあった。そのことをメンバーに伝えたが、仕事が繁忙期に入ったため、練習することもできず、なんの準備もないままライブ当日を迎えてしまった。仕事を抜け出し、出番直前に会場入りしてみるとほかのメンバーが来ていない。楽器を持つ3人にセッション演奏してもらい、後方で俺が踊る。というのをイメージしていたのに。ハコの人に泣きついたけどダメだった。「告知しているのでなんでもいいからやってくれ」。覚悟を決めるしかなかった。対バンの人からボタンを押せばドラムパターンが流れるリズムマシーンを借り、強い酒をガブ飲みし、なんとでもなれ!とスーツを脱ぎ捨て、パンイチになってひとりステージに飛び出した。何をしたのか、何が起こったのかまったく覚えていない。目覚めたら全裸でゲロまみれだった。「ありがとう。よかったよ」ってマスターが笑いながら伝えてくれた。

このデビューライブが噂となり、クリトリック・リスというひとりユニットがライブハウスやイベンターからオファーを受けることとなる。仕事では必死に頑張って成果を上げたとしても、何もしていない上司が評価される。そんな不条理に目をつむってきたが、音楽活動においては評価がダイレクトに伝わる。それがやりがいにつながった。

2012年、18年間働いた会社を辞め、音楽で食べていく道を選んだ。2015年にはメジャーと契約しアルバムを配信。2016年クリトリック・リスをモチーフにした映画『光と禿』で主演と音楽を担当した。2017年メジャーからセカンドアルバムをリリース。そして2019年。今まで地道に歩んできたが未だに売れていない。36歳で始めて今年50歳になる。周りからは「中年ジジイ希望の星」と呼ばれるようになった。いつまでもサブステージで満足している訳にはいかない。今勝負しないと! 日比谷野外大音楽堂でワンマンライブします。採算取れるわけないと誰も出資してくれないので、自分でお金出してやります。コケたら一生借金を背負うことになるかもしれない。平成が幕を閉じるのと同時に、俺の人生も終わってしまうかもしれない。けどもう人生の半分は生きました。何があっても後悔はしない。2019年4月20日(土)日比谷野音で伝説を作るのみ(※編集部注:ライブはすでに終了しています)。新しい時代はもうそこまで来ている。

クリトリック・リス_日比谷野音
スギム(左)とクリトリック・リス結成時にバーにいたゴヤ(右)

この記事が掲載されているカテゴリ

クリトリック・リス

Written by

クリトリック・リス

ミュージシャン。音楽経験のなかったサラリーマンが、行きつけのバーの常連客達と酔った勢いでバンドを組む。しかし初ライブ当日に他のメンバー全員がドタキャン。やけくそになりリズムマシーンに合わせてパンツ一丁で行った即興ソロ・パフォーマンスが、「笑えるけど泣ける」と話題となりソロ・ユニットとして活動を開始。..

CONTRIBUTOR

QJWeb今月の執筆陣

酔いどれ燻し銀コラムが話題

お笑い芸人

薄幸(納言)

「金借り」哲学を説くピン芸人

お笑い芸人

岡野陽一

“ラジオ変態”の女子高生

タレント・女優

奥森皐月

ドイツ公共テレビプロデューサー

翻訳・通訳・よろず物書き業

マライ・メントライン

毎日更新「きのうのテレビ」

テレビっ子ライター

てれびのスキマ

7ORDER/FLATLAND

アーティスト・モデル

森⽥美勇⼈

ケモノバカ一代

ライター・書評家

豊崎由美

VTuber記事を連載中

道民ライター

たまごまご

ホフディランのボーカルであり、カレーマニア

ミュージシャン

小宮山雄飛

俳優の魅力に迫る「告白的男優論」

ライター、ノベライザー、映画批評家

相田冬二

お笑い・音楽・ドラマの「感想」連載

ブロガー

かんそう

若手コント職人

お笑い芸人

加賀 翔(かが屋)

『キングオブコント2021』ファイナリスト

お笑い芸人

林田洋平(ザ・マミィ)

2023年に解散予定

"楽器を持たないパンクバンド"

セントチヒロ・チッチ(BiSH)

ドラマやバラエティでも活躍する“げんじぶ”メンバー

ボーカルダンスグループ

長野凌大(原因は自分にある。)

「お笑いクイズランド」連載中

お笑い芸人

仲嶺 巧(三日月マンハッタン)

“永遠に中学生”エビ中メンバー

アイドル

中山莉子(私立恵比寿中学)
ふっとう茶☆そそぐ子ちゃん(ランジャタイ国崎和也)
竹中夏海
でか美ちゃん
藤津亮太

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。