「歌ってみた」にとってイラストMVはどんな役割を果たすのか

2020.8.8


スローテンポな曲は、シンプルな映像が効果的

スローテンポな曲のMVは、要素を削ぎ落としたシンプルな構成のほうが没入感を高める傾向にある。しっとりと曲に浸っているのに映像の要素が多過ぎると、蛇足感が出てしまうからだ。しかしながら世界観に引き込むような編集力は求められるため、足し引きのバランスが難しいとされている。

花に亡霊 - ヨルシカ/cover 鹿乃

花に亡霊 - ヨルシカ/cover 鹿乃
(イラスト:ごろく 動画:ヤマドリ)

歌い手の鹿乃による、ヨルシカ「花に亡霊」の歌ってみた動画。鹿乃のイラストが背景の質感と異なることで立体的に見える、神秘的な構図となっている。サビの盛り上がりと共に次々と花火が開き、感情を盛り上げていく。
また、一般的には動画序盤に入ることの多いクレジット表記を最後に入れるなどの「引き算」的工夫のおかげで、リスナーは音楽が生み出す世界に集中しつづけられる。

恋人失格(コレサワ)/luz【cover】

恋人失格(コレサワ)/luz【cover】
(イラスト:鮫子 動画:高橋 学)

別れたカップルの心をリアルに描写したバラード、コレサワ『恋人失格』をluzがカバー。付き合っていたころのふたりを思わせるアイテムが登場するイラストで、リスナーの感情移入を促していく。

カメラワークもポイントだ。一枚絵を少しずつ映すシンプルな構成で歌詞に集中、共感しやすい。最後に絵の全貌を見せることで、額縁に入った思い出たちと、額縁の外でうなだれるふたりの対比を際立たせる。

歌詞入れも動画師の腕の見せ所

歌ってみた動画で欠かせないのが、歌詞の存在だ。歌ってみた動画の多くは映像に歌詞を載せており、ただ映像を観るだけでなく歌詞を「読む」行為が加わることで、注視させる効果にもつながっている。

イラストMV黎明期は一枚絵の下部にテロップとして表示させるケースが多かったが、その後見せ方が変化。歌詞をどんなタイミングや効果、動きで映像に組み込むかも今や動画師の腕の見せ所となっている。

♧「威風堂々」-梅とら-(Cover)歌ってみたぬき。

♧「威風堂々」-梅とら-(Cover)歌ってみたぬき。
(イラスト:ここかなた 動画:kon)

梅とらが制作した、5人のボーカロイドが歌う『威風堂々』を、歌い手のうらたぬきがカバー。歌詞の文字を焼きつけたり透かせたり、映像に迫力を出す多彩な視覚効果を楽しめる。曲のビートに合わせた(「音ハメ」と呼ばれる)歌詞表示も、聴くだけでなく「観て気持ちいい動画」の成立に一役買っている。

【歌ってみた】妄想税 : DECO*27【Kotone天神子兎音cover】

【歌ってみた】妄想税 : DECO*27【Kotone天神子兎音cover】
(イラスト:長谷梨加 動画:千里山 サポート:優 a.k.a. 優柔不男子)

バーチャルYouTuberの天神子兎音が、DECO*27による人気ボカロ曲「妄想税 feat. 初音ミク」をカバー。サビのモーショングラフィックを筆頭に、全体としてかなり贅沢な要素量の動画となっている。

イラストの構図は本家動画に倣いつつ、歌詞表示はアクティブにアレンジされており、最後まで動画を注視させる。天神子兎音のパワフルな歌声にふさわしい、強い引力を持った映像だ。

「歌ってみた」を楽しむなら、まずは動画で

移動中や作業中にBGMとして楽しむなら、必ずしも動画である必要はないだろう。ただ、「歌ってみた」はもともと動画の形で成長してきたものであり、聴く行為だけでなく観る行為も同じくらい重視してきたのだ。

ほかの視聴者によるコメントが動画上に活字で流れるニコニコ動画では、歌だけでなく映像に対する感想も投稿され、動画の視聴体験を盛り上げる。コメントがページ下部にまとめて表示されるYouTubeでも、傾向自体はやや薄まるものの、動画全体で評価する声がまだまだ多い。

新たな歌い手をチェックしたり初めて「歌ってみた」を聴いたりするときは、ぜひ映像と共に味わってほしい。歌い手自身による曲の解釈に触れて、歌だけではない楽しみも感じられるはずだ。


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ヒガキユウカ

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ヒガキユウカ

(ひがき・ゆうか)歌い手、ボカロP、YouTuber、VTuberなどを追うライター。会社員としてWEB編集者もしています。『エキサイトニュース』『ねとらぼ』『KAI-YOU』『リアルサウンド』『東方我楽多叢誌』などでインタビュー・ライブレポ・コラムを執筆。1993年に生まれ、小学生のころからインタ..

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