テレビアニメ『BLEACH 千年血戦篇-禍進譚-』なぜハッシュヴァルトは“友情”を選べなかったのか?【キャラクター解体“芯”書】
なぜ、このキャラクターに惹かれてしまうのだろう? 言葉、行動、人間関係、物語での立ち位置。さまざまな角度から人物像を解体していくと、その人を形作る一本の「芯」が見えてくる。
【キャラクター解体“芯”書】は、毎回異なるひとりのキャラクターを取り上げ、愛される理由と本質に迫るコラム連載。第1回は、クライマックスを迎えつつあるテレビアニメ『BLEACH 千年血戦篇-禍進譚-』より、ユーグラム・ハッシュヴァルトというキャラクターについて考える。
ハッシュヴァルトの終焉で思い出す「ある言葉」

ハッシュヴァルトとは、滅却師(クインシー)の始祖・ユーハバッハ率いる「見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)」において、星十字騎士団(シュテルンリッター)の最高位に立つ人物。ユーハバッハの側近として仕え、組織を束ねる、いわば帝国のナンバー2だ。
金色の長い髪に、端整な顔立ち……。だが、感情をほとんど表に出さず、何よりユーハバッハへの忠誠を絶対とする男である。
そんな彼について、物語の終盤で鮮明に描かれるのが、石田雨竜との対比だ。
仲間たちのもとへ向かおうとする雨竜と、それを阻むハッシュヴァルト。アニメでもすでに描かれたふたりの激戦は、剣を交える以上に多くの言葉が交わされ、やがて「友」をめぐるそれぞれの選択へと行き着いていく。

そんなハッシュヴァルトの物語が終わりを迎えるとき、私にはどうしても思い出してしまう『BLEACH』のある言葉がある。
「…ただの仲間じゃないよ 黒崎くんにとって朽木さんは大切な人 …だって 朽木さんは黒崎くんの──世界を変えた人だから」
のっけから本人のセリフではなくて恐縮だが、これは原作マンガ『BLEACH』(集英社)第164話より、井上織姫が黒崎一護と朽木ルキアの関係について語った言葉だ。
ルキアとの出会いによって死神の力を得た一護は、それまで知らなかった世界へと足を踏み入れていく。戦う相手も、守りたいと思う者の数も増え、戦い方も、何もかも変わっていく。
文字どおり、ルキアとの出会いを境に一護の世界は一変した。だからふたりはたしかに仲間ではあるけれど、「ただの仲間」ではない。そんなふたりの唯一無二の関係性を、織姫が言い表した印象的なセリフである。

私は、この「世界を変えた人」という表現がとても好きだ。なぜなら、人生には時々、それまで見ていた景色がまるごと変わってしまうような“出会い”がたしかに存在するからだ。
そして、その人との関係が恋慕へ向かうこともあれば、固い友情や憧れになったり、またその出会いによって、それまでの自分ではたどり着けなかった場所へ連れて行かれることもある……。
ただ、「世界を変えてくれた人」が、自分の望んだ場所へ連れていってくれるとは限らない。その出会いが幸福をもたらすとも、そこで選んだ道に最後まで納得できるとも限らない。それでも、出会う前と同じ世界にはもう戻れない。
そう考えると、「世界を変えた人」という言葉ほど、人と人との出会いが持つ尊さと残酷さを、同時に言い表した言葉もないように思う。
そして、一護にとってルキアがそうだったように、ハッシュヴァルトにもまた、彼の世界を変えた人がいる。
いや、彼の場合はふたりいた。それが、バズビーとユーハバッハである。
「自分が選んだ人」と「自分を選んでくれた人」
ハッシュヴァルトの人生をたどると、彼は幼いころに両親を亡くし、叔父と暮らしていた。回想シーンでは、叔父から虐待を受けていたことが示唆されている。
狩りもうまくできず、滅却師としての力にも恵まれない……。自信がなく、卑屈だった少年の前に現れたのが、バズビーだった。
とはいえ、ふたりの出会いは、感動的でアツい友情の始まりというわけでもない。バズビーが半ば強引にハッシュヴァルトを子分にしたことがきっかけだ。
それでも、誰かから必要とされる経験をほとんど持たなかった少年にとって、それは大きな出来事だったのだろう。ふたりはともに行動するようになり、やがてユーハバッハへの復讐を目指すことになる。
ただ、ユーハバッハによって故郷と家族を奪われたバズビーとは違い、ハッシュヴァルトの胸中は複雑なものだったであろう。ユーハバッハは村を焼いた仇である一方、その炎は、ハッシュヴァルトを虐げていた叔父との生活を終わらせたものでもあったからだ。
それでもバズビーとともに鍛錬を続けるが、次第にふたりの差は開いていく。才能を開花させていくバズビーに対し、ハッシュヴァルトは弓を作ることすらできなかった。そんな彼を見つけたのが、ほかでもないユーハバッハだった。

ハッシュヴァルトには力がないのではない。他者に力を分け与えるという、稀有な能力を持っている。そしてユーハバッハは、ハッシュヴァルト自身も知らなかったその価値を見抜いた上で、自分にはお前が必要なのだと告げる。
こうしてハッシュヴァルトの人生を振り返ってみると、彼の前にはいつしか、対照的なふたりの存在があったことがわかる。それが「自分が選んだ人」と、「自分を選んでくれた人」だ。
もちろん、最初にハッシュヴァルトへ声をかけたのはバズビーなのだから、彼もまた「自分を選んでくれた人」ではある。
ただ、ふたりはそこからともに過ごし、同じ目的を掲げ、ハッシュヴァルト自身もバズビーの隣にいることを選んできた。いわば、自ら関係を育ててきた友だった。
対してユーハバッハは、自分にはなんの力もないと思い込んでいたハッシュヴァルトに、自分でも知らなかった価値を見出した人だ。
バズビーと並んで戦えるようになりたいと願いながら、どれだけ努力しても力を得られなかった彼に、「お前には価値がある」「お前が必要だ」と、まったく別の場所から答えを与えた。
こうして、結末はみなさんご存じのとおり、ハッシュヴァルトはユーハバッハを選ぶ。

ただ、この選択を、ハッシュヴァルトが一方的にバズビーを捨てたものとして見ると少し印象が変わってくる。なぜなら、ユーハバッハの右腕に抜擢されたハッシュヴァルトを、当時のバズビーは祝福しなかったからだ。
自分を鋭く睨みつける友を前に、ハッシュヴァルトは困惑する。彼にとっては、自分がユーハバッハを選んだこと以上に、ユーハバッハに選ばれた自分をバズビーが受け入れてくれなかったことこそが、「自分が選んだ人」からの裏切りとして映ったのだ。
そのあと、ハッシュヴァルトはユーハバッハの側近として生きる道を選び、バズビーとは袂を分かつ。かつて同じ目的を掲げたふたりは、ついには敵として刃を交えることになる。
でも、なんの価値もないと思っていた自分を見つけてくれた。自分自身さえ知らなかった能力を見出し、居場所を与えてくれた。そんな相手から「お前が必要だ」と言われたとき、その手を振り払える人がどれほどいるだろう。
ましてハッシュヴァルトは、幼いころから自分の意思や欲求を押し込めるような環境で育ってきた人物だ。
振り返れば彼は、「自分が誰を選びたいのか」だけではなく、「誰が自分を必要としてくれるのか」を、自らの選択の大きな拠りどころにしてきた人物のように思える。
最初に自分を必要としてくれたバズビー。そして、自分でも知らなかった価値を見出し、「お前が必要だ」と告げたユーハバッハ。
ハッシュヴァルトは、ただ誰かに選ばれるのを待っていたわけではない。自分を選んでくれた相手を、自分もまた選び返してきたのではないだろうか。
雨竜が見せた「ハッシュヴァルトが選ばなかったもの」
物語の終盤、そんなハッシュヴァルトの前に雨竜が立つ。

ハッシュヴァルトは雨竜に、何かを選択するときには「得るもの」と「失うもの」を秤(はかり)にかけるべきだと説く。一方の雨竜は、一護たちとの関係をそんな秤には乗せない。
思い返せば、雨竜も物語の初期から友情を第一にしていた人物ではない。当初は一護たちと距離を置き、滅却師として一護と対立することさえあった。
それがともに戦い、時間を重ねるうちに、口ではなんと言おうと仲間のためなら危険を厭(いと)わない人物になっていく。雨竜にとって一護はその生き方を変えた……。つまり「世界を変えた人」のひとりだったのだ。

そんな雨竜がハッシュヴァルトの目の前で選ぶのは、かつて彼が選べなかった道である。
ふたりは剣を交えながら、それ以上に「何をどう選ぶのか」をめぐって言葉を交わしていく。
しかも、世界に起きる幸運と不運の均衡を取る「世界調和(ザ・バランス)」という能力まで含めて考えると、物事を秤にかけるハッシュヴァルトの価値観は、彼自身の能力とも重なって見える。
対して雨竜は、友情を損得の秤にはかけない。それは、一護たちと過ごすなかで彼自身が選び取ってきた生き方でもある。
つまり、ふたりの対比は「友情を選ぶか否か」だけではない。「誰が自分を必要としてくれるのか」を選択の拠りどころにしてきたハッシュヴァルトに対して、雨竜は「自分は誰を大切にしたいのか」を起点に選ぶ。そして、その意思のままに「友のもとへ行く」と決めている。
そんな雨竜の姿は、ハッシュヴァルトにとって、かつての自分にはできなかった選択を目の前で見せられることでもあった。
もちろん、そんな雨竜と対峙したことで、ハッシュヴァルトが突然、自分の人生を否定するわけではない。ユーハバッハによる「聖別」で力を奪われ、絶望はすれど彼を恨む言葉を口にすることはなかった。

しかし、雨竜との対話を経たハッシュヴァルトの最期には、彼自身の「選ぶ」という行為にも変化が表れる。
瀕死のハッシュヴァルトは、雨竜の傷を自分へ移すよう申し出て、「友を助けに行くべきだ」と彼を送り出す。
そして、その姿を見届けながら、胸の内で自分に言い聞かせるようにこうつぶやく。「たとえ結果は変わらずとも 思うままに選択し 思うままに進む事に意味がある」と。
それまで「得るもの」と「失うもの」を秤にかけていたハッシュヴァルトが、最期には結果よりも、自分の意思で選ぶこと自体に意味を見出す。
さらに、彼が最期まで携えていた剣には、バズビーの「B」の文字が刻まれたバッジが埋め込まれている……。
ハッシュヴァルトがバズビーを選べなかったのは、友情を軽んじていたからではない。最期まで「B」のバッジを持ち続けていたことを思えば、バズビーはずっと大切な存在だったはずだ。
それでも彼にとって、自分を必要とし、自分でも知らなかった価値を見出してくれたユーハバッハの存在は、あまりにも大きかった。さらにそのとき、バズビーは「選ばれた自分」を受け入れてくれなかった。
だからハッシュヴァルトは、友情を捨てたというよりも、自分を必要としてくれた相手を選び返すことで、結果としてバズビーを選べなかったのではないだろうか。
そんな彼の前に最期に現れたのが、「自分は誰を大切にしたいのか」を起点に、迷わず友のもとへ向かおうとする雨竜だった。
ハッシュヴァルトはその姿を通して、かつて自分が選べなかったものだけでなく、「思うままに選ぶ」という生き方そのものを目の当たりにしたのかもしれない。
それでも、彼が歩んできた人生をやり直せるわけではないし、バズビーとの時間を取り戻せるわけでもない。
でも、これはハッシュヴァルトだけの話でもないのだと思う。
人生は、選んだものだけでできているわけではない。選ばなかったもの、選べなかったものもまた、その人の中に残り続ける。そして、何を選んだかだけでなく、何を選べなかったのかもまた、その人を形作っていく。
ハッシュヴァルトの最期に浮かび上がるのは、そんな人の選択が持つ、割り切れなさだ。だからこそ、彼の物語はこんなにも他人事ではなく、痛いほど胸に残るのかもしれない。
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