圧倒的“違和感”が放っておけない俳優──バリー・コーガンの沼へようこそ「内容よりも彼のことが気になって仕方がなかった」(石野理子)

2023年よりソロ活動を開始し、同年8月にバンド・Aooo(アウー)を結成した石野理子。連載「石野理子のシネマ基地」では、かねてより大の映画好きを明かしている彼女が、新旧問わずあらゆる作品について綴る。
これまで主に作品を紹介してきた本連載だが、この第10回では少し趣向を変え、ひとりの俳優を軸にさまざまな映画を紹介する。スポットライトを当てるのは、石野がファンだというバリー・コーガン。ヨルゴス・ランティモス、クリストファー・ノーラン、 クロエ・ジャオら映画界を代表する名監督たちからラブコールを受ける彼の“唯一無二”な魅力とは?
バリー・コーガン
1992年、アイルランド出身。幼くして母を亡くし、里親や祖母のもとで育つ。インディ映画出演を経て2013年にテレビシリーズ『Love/Hate』でブレイク。『ダンケルク』『エターナルズ』『チェルノブイリ』などに出演し、その高い演技力が国際的に評価されている。
溜まりに溜まった“偏愛”
今回のシネマ基地は、俳優・バリー・コーガン(敬称略)特集です! 好きな映画、監督、俳優は数えきれませんが、今回は「どこにも吐き出せずにいた偏愛」、溜まりに溜まったバリー・コーガンへの思いを綴ります!
彼は”不安”を魅力に変えて異彩を放つ俳優だと思います。その沼にハマっている映画ファンは、きっと私だけではないはず……! 「バリー・コーガンが気になる! 好き!」その偏愛を原点から辿っていきます。
私が彼をはっきりと認識し、雷に打たれたようなひと目惚れを覚えた作品。それが、ヨルゴス・ランティモス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』でした。

この特集を書くにあたり改めて観直したところ、まだ少年性を帯びたバリー・コーガンの幼い顔立ちにハッとさせられました。時を経て見返すことで、経年変化という新たな楽しみ方を知り、私はすっかり感慨に浸ってしまいました……。
そして、彼がこの不条理サスペンスにもたらす圧倒的な違和感たるや!! 冷たく陰鬱とした質感への馴染み方、何より存在そのものの求心力が格別でした。
初めて作品を鑑賞したあと、話の内容よりも彼のことが気になって仕方がなかったのを思い出します……ほぼ恋ですね……。
彼が演じたマーティンの執拗で湿っぽい存在は、空虚な家庭を侵食していきます。その不気味さを通り越した「気持ち悪さ」の表現は、まさに卓越していました。
視線の送り方、落ち着きのない所作。おぼつかない話し方から核心をつくような威圧的な話し方。パスタを食べるシーンや、血だらけで手足が拘束されたままタバコを吸うシーン。そこには彼にしかない唯一無二の魅力があり、私は完全に虜になりました。
気持ち悪さを味わう
そのあとはもう、彼の軌跡を巡る旅です。『ダンケルク』を彼を探すために観直したり、『アメリカン・アニマルズ』、『エターナルズ』、『イニシェリン島の精霊』を鑑賞。彼特有の湿度の高さや放っておけなさ、不和として示される存在感を一つひとつ確認していきました。
そして2023年の年明け、不意打ちのプレゼントのように配信公開されたのが、エメラルド・フェネル監督の『Saltburn』でした。
この作品で、先述した『聖なる鹿殺し』と似て非なる彼の気持ち悪さを、たんまりと味わいました。

貧しく育ったオリバー(バリー・コーガン)が大学デビューを果たし、陰気なアウトサイダーとしてうだつの上がらない日々を送ります。そんな彼が上流階級のフェリックスと親密になり、城のような邸宅へ。生活を共にするうちに、次第にその家庭へと溶け込んでいき……という内容なのですが、最終的には「気持ち悪い」が「気持ちいい」になるという、痛快な感触が残る作品です。
世間と感覚がズレたこの貴族の心を虜にし、洗脳し、いつの間にか家のど真ん中にいる。無害なようで、内側から侵食する。そんなつかみどころのないオリバーは、本当にさまざまな表情を見せてくれます。
序盤の縁無しメガネをかけた不憫そうな姿、企み顔、貴族暮らしを満喫する姿、巧みな話術で人を信じ込ませる姿。他にも、パーティでカラオケをがんばる姿や仮装姿、墓を抱く姿など、バッチリ決まった美しいカット。視覚的にこれほど多様なバリー・コーガンを楽しめる作品があるでしょうか!!!
私が一番好きなのは、やはりラストの全裸で豪邸を踊りながら練り歩くシーンです。初めて観たときは、2時間で追ってきた話の内容をかき消すほどの強烈なインパクトがありました。彼なりのリズムの取り方、体の使い方、時にポージングをしながら、嬉々として誇らしげな動きの妙に、再び心を奪われました。
ちなみに、『Saltburn』のとあるシーンのカットは私のスマホのロック画面に設定してあります。
最新出演作で大歓喜

さあ! そして、バリー・コーガン出演の最新作『バード ここから羽ばたく』を観てきました!
バリー・コーガンへの気持ちがだいだいだいだいだぁいすきくらいまで高まりました。
正直なところ、バリー・コーガンのファンとしては、虫タトゥーまみれの上裸姿で、UKロックを流しながら電動スクーターで娘を迎えに来た最初のシーンで大歓喜でした!!! もう、たまらない!!! ファーストカットから想像以上の存在感に「あぁ……すごい……!ありがとう……!!!」とあらゆる方面への感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

そして登場直後、彼が型破りなほどクレイジーで自己中心的な性格、そして若くして父親になったシングルファーザーであることが分かります。
しかし、物語が進むにつれて印象が変化していき、彼がどうしようもなく人間的で、情に厚い一面を持っていることが、子供や友人たちとの関わりを通して見えてきます。この多面的な魅力が物語の彩りの一端を担っているのだと確信しました。
この作品の中で、個人的に一番気に入ったのが、バリー・コーガン演じるバグが、新たなパートナーとの結婚式の費用を工面するため、カエルの幻覚成分を出す分泌液を集める場面です。
カエルの分泌液をなんとか出そうとバグは仲間たちと必死になってあれこれ試みるのですが、「カエルが不快に感じる曲を流すとよさそうだ」と閃き、Coldplayの「Yellow」を流すのです。
世界にこんなに下劣な「Yellow」が存在したのかと、私は笑いが止まりませんでした……。
この作品は感動的な展開が後半に山ほどあるのに、私のハイライトはこのカエルが分泌液を出させられるシーンでした……。
この映画も実は、カラオケをしたり、踊ったり、イキり煽ったりする様々なバリー・コーガンが観られる作品なので、バリー・コーガン愛好家の方々は必見です!
なにより『バード ここから羽ばたく』がほんっっっとに素晴らしい作品でした! 「今回はどんなバリー・コーガンが観られるんだろう?」と彼への期待が鑑賞の大きなきっかけでしたが、その期待を遥かに超えて、物語や演者、動物や自然、音楽といった要素の一つひとつが鋭利な輝きと尊さを放ち、絶妙なバランスで融合されていて感動しました。
音楽はこの作品に躍動感を付与し、物語を進める推進力としての役割を担っており、また、フランツ・ロゴフスキ演じるバードの登場は、非現実的な要素を織り交ぜることで神秘性を生み、これまでになかった成長譚となっていました。

脆く鮮烈な衝動と温かい空気が同居し、軽やかな幸せの余韻に満たされる、まさに最高の映画体験でした。劇場で観られて良かったと感じた作品です。
今後、バリー・コーガンが作品の中でどんな七変化を見せてくれるのか、ますます楽しみです。また、現在、ビートルズの伝記映画の準備が進んでおり、彼がリンゴ・スターを演じるという情報に、大きな期待を寄せています。
好きな俳優を通して、新たな物語や価値観に出会えることも映画の楽しみ方のひとつですよね。
秋の夜長に、バリー・コーガンの出演作をチェックしてみるのはいかがでしょうか?
『バード ここから羽ばたく』

Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開中
監督・脚本:アンドレア・アーノルド
出演: ニキヤ・アダムズ、バリー・コーガン、フランツ・ロゴフスキ
2024年/イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ/英語/119分/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/原題:BIRD /日本語字幕:石田泰子/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
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