みなみかわ、話題のホラー『サブスタンス』を「すごすぎる」と感じたワケ。鑑賞後に回想した“早番バイト”とのいがみ合い

文=みなみかわ 編集=菅原史稀


公開前から大きな注目を集めていたホラーSF『サブスタンス』が、5月16日より上映されている。

思わず目を留めてしまう強烈な予告映像、「サブスタンス」という謎の違法薬品がトリガーとなる設定はもちろん、デミ・ムーアとマーガレット・クアリーによる、メインキャストふたりの名演への前評判の高さが期待度を高めた。

「めちゃくちゃおもろい」と本作を絶賛するみなみかわは、ある“意外”な自身の体験について綴る。注目の新作映画を熱血レビューする「シネマ馬鹿一代」第12回。

『サブスタンス』あらすじ
50歳の誕生日を迎えた元人気女優のエリザベス(演:デミ・ムーア)は、容姿の衰えによって仕事が減っていくことを気に病み、若さと美しさと完璧な自分が得られるという、「サブスタンス」という違法薬品に手を出すことに。薬品を注射するやいなやエリザベスの背が破け、「スー」という若い自分(演:マーガレット・クアリー)が現れる。若さと美貌に加え、これまでのエリザベスの経験を持つスーは、いわばエリザベスの上位互換ともいえる存在で、たちまちスターダムを駆け上がっていく。エリザベスとスーには、「1週間ごとに入れ替わらなければならない」という絶対的なルールがあったが、スーが次第にルールを破り始め……。

バイトの早番と遅番

20年以上バイトをしてきた。

学生時代からさまざまなアルバイトをしてきた。引っ越し、魚屋、テレアポ、居酒屋、マッサージ、中学校に新しい机と椅子を卸す仕事、パチンコ店の写真を撮るバイト……などなど。

私くらいのプロバイトになると、面接のときに「ここで働くべきかどうか?」の嗅覚が異様に鋭くなる。

バイトにおける問題点は結局、職種ではなく主に人間関係だ。人間関係がよければぶっちゃけ、けっこうキツくても耐えられる。

良い意味でも悪い意味でも正社員ではなく、しょせんアルバイトなんだから。第一目的は「ストレスなくお金を稼ぎたい」これしかない。でもそこで人間関係を保てないようでは、いいバイトも急転直下キツくなる。

そしてその人間関係の問題をかいつまんで言えば、早番と遅番の対立と言っていい。うん。言いきろう。

ある飲食店でアルバイトをしていた20代前半のとき、私は遅番だった。21時出勤で午前2時までのシフト。早番の女性従業員たちは、夕方に来て21時半に帰る。30分ほど、引き継ぎなどで一緒に働く時間が生じる。

私の認識では、基本的にバイトに来たときと同じようにして帰るというのが基本的なかたちだと思っていた。しかしなぜか、彼女たちは早い時間に来たお客様が使った大量のお皿やコップを洗わない主義だった。

なので私たちは、来た瞬間にまず皿とコップを洗うところから始める。もちろん仕事がいっぱいいっぱいならば理解できるが、私たちが洗うのを横目に退勤までの30分ただただ余韻でしゃべっているだけなのである。

遅番の時間帯は客足が少なくなるに加え、給料もアップするので彼女たちの間では「それくらいやってよ」みたいな正義の空気が蔓延していた。でもだ。洗おうとする姿勢は見せてほしかった。

挙げ句の果てに時間内に着替えてきて、私服でタイムカードを押して21時31分に出ていく。我々遅番メンバーはだんだん理不尽に感じ始めた。

早番が帰ったあと「なんであいつら洗わないんだ? しゃべってばっかりでよ」と、第一弾の不満が遅番のリーダー格から破裂する。

「ま、それくらいええやん、遅番のほうが楽やし」みたいな心の広い人間は皆無である。だってアルバイトだから。みんなサボりたいのである。

「そうや……じゃあ遅番のゴミまとめずに帰ろう。それくらい早番がやってくれたらいいよな?」よくわからない報復が決定する。

もうこうなったら早番遅番戦争が始まる。

次のシフトに入ったら、早番メンバーが明らかに戦闘モードである。こちらにイラつきつつ、昼のゴミをまとめているが、ごみ収集所に持っていかずキッチンのジャマなところに無造作に置いている。「はい、お前ら持っていけな」の合図である。もちろん食器もそのままだ。

遅番のみんなのこめかみの血管が浮き出てるのがよく見える。早番が帰るまで誰ひとり話さず、血管だらけで粛々と食器を洗う。

そして早番が帰った瞬間、遅番リーダーが嬉々として次の作戦に打って出る。まずひと言。「俺らのことナメすぎ」。ナメられて当然の身分だが、もちろん言わない。

リーダー格の報復はちゃんとダサかった。オーナーに「早番がちゃんと仕事してくれません」とチクるのだ。そして早番はシフトを減らされるが、もちろん私たちの悪行もバラされてお互いシフト減らされ、誰も得しない職場と変貌を遂げる。

なぜ同じバイトがこんなにもいがみあうのだ。賢く協力すれば、うまくできたはずなのに。

想像を超えた結末

『サブスタンス』を観た。

(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS

年老いた人間が若返るストーリーはわかる。自分の意識は同一で、若い自分と年老いた自分の時間が交互に来るのもわかる。

私がこの作品に新鮮さを感じたのは、別人格の若い自分が(自分から)生まれて、それを維持するには相互の体のメンテナンスが必要ということ。そしてポイントはあくまで「それらは“ひとり”」というところ。

考え得る最悪なことが起きまくり、自分の想像を超えた結末が待っていた。

(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS

まずデミ・ムーアがすごすぎる。私たちの世代にとっては当然、『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)のショートカットの清純で美しい女性というイメージが一番強いし、ほかにもたくさん彼女の作品を観てきたが、確実に代表作が入れ替わるくらいの偉業を異形な役で成し遂げている。

(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS

そしてマーガレット・クアリー演じるスーもまた素晴らしい。若きスーはプロポーションも顔面もレベル高い。愛嬌たっぷりのキュートなスーが支配して暴走していく様は、しっかりデミ・ムーアと組み合っていた。

さらにすごいのが、お互いオールヌード上等で惜しげもなく披露しているが、そこにエロさがまったくないというところ。「そんなことより」が勝つ。それくらい作品の引力が強い作品。

(C)2024 UNIVERSAL STUDIOS

もうお気づきでしょう? 冒頭の私の文。こんな名作をバイト早番遅番で例えるなんてバカすぎる。まあ程度が違うだけで、ニュアンスだけでもつかんでください。ぐだぐだすんません。めちゃくちゃおもろいです。

ぜひ観てほしい。

映画『サブスタンス』

5月16日(金)全国順次公開

監督:コラリー・ファルジャ
出演:デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド

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みなみかわ

『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。

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