20世紀を代表する女性写真家が残した、歴史に刻まれる一枚。その執念と使命感に、圧倒された理由(石野理子『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』レビュー)

2023年よりソロ活動を開始し、同年8月にバンド・Aooo(アウー)を結成した石野理子。連載「石野理子のシネマ基地」では、かねてより大の映画好きを明かしている彼女が、新旧問わずあらゆる作品について綴る。
第5回のテーマに石野が選んだのは、5月9日より日本で公開される『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』。ファッション誌のトップモデルから写真家へ転身し、第二次世界大戦の最前線を撮影、歴史に残る記録を残した彼女の姿を描く作品だ。
リー自身の生き様、そして主演・製作を務めたケイト・ウィンスレットの熱意にも心を動かされたという石野が、同作から感じ取ったものを綴る。
『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』あらすじ
1938年、南フランスでアーティスト仲間たちと休暇を過ごしていたリー・ミラー(演:ケイト・ウィンスレット)は、芸術家ローランド・ペンローズ(演:アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い恋に落ちる。ほどなくして第2次世界大戦の脅威が迫り、日常のすべてが一変。写真家の仕事を得たリーは、フォトジャーナリスト兼編集者デイヴィッド・シャーマン(演:アンディ・サムバーグ)とチームを組む。1945年、リーは従軍記者兼写真家として次々とスクープをつかみ、ヒトラーが自死した当日、ミュンヘンにあるヒトラーのアパートの浴室で自らのポートレイトを撮影して戦争の終わりを伝える。それらの光景はリー自身の心に深く焼きつき、戦後も長きにわたり彼女を苦しめることになる。
※本稿には、作品の内容および結末・物語の核心が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください
仕事の信条と、本作から感じられた熱意
仕事をする上で心がけていることがあります。
主に音楽活動においてですが、「毒にも薬にもならない作品は作らない」ということを意識しています。信条ともいえるかもしれません。私自身、無条件に大絶賛されたものよりも議論を生む/生んだものを好きになる傾向にあるので、そう考えるんだと思います。
もちろん作品にはさまざまな形式のものがあり、一概に言えるわけではないのですが、「自分が関わったものには何かしらの影響力があってほしい」と思っています。ポジティブな影響であればあるほどうれしいし、そうなるよう心がけています。
今回は新作、『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』を鑑賞しました。報道写真家、リー・ミラーの生涯を描いた作品です。主演のケイト・ウィンスレットと製作チームの熱意とこだわりが細部にまで感じられて、そこに強く胸を打たれました。

リーは実在した人物ですが、昨年の秋に上映された『シビル・ウォー アメリカ最後の日』に登場したキャラクター(リー・スミス)のモデルとなったこともあり、私はまた違う作品で違う角度から彼女の性格や、彼女自身を構築したものを知ることができてうれしかったです。
心に忠実、行動を尽くす人
物語の舞台は1940年前後、第二次世界大戦を目前に控えたヨーロッパ。
もともと『VOGUE』誌などで活躍するモデルで、写真を撮られる側の職に就いていたリーは、芸術家である友人らの影響もあり自らの生き方を再確認して、写真を撮る側の仕事に就くことになります。

人生にはタバコと酒とセックスがあればいいと言っていた奔放なリーは、その後すぐに出会った画家と恋に落ち、彼の故郷であるロンドンへ移ります。移住したころには第二次世界大戦が勃発しており、ロンドンは毎日のように町の様相が変わる状態でした。
そんななか、リーは英国版『VOGUE』の編集長に直談判して、写真家として仕事を得ようとします。

しかし、当時の女性写真家は撮るものが限られていました。彼女は戦場に行くことと、撮りたいものが撮れるようにすることを会社を通して政府に要請します。結局、許可は下りず、あらゆる手を尽くしていたところ、1941年にアメリカから従軍としての許可が下り、彼女は戦地に赴きます。
リーがいかに心に忠実で行動を尽くす人かは、ここまでの話でも理解に難くないのですが、意義深い写真を遺した報道写真家としての活動はここから本格的に始まります。
フランス・ノルマンディーに到着し戦地に行けると思いきや、リーが案内されたのは前線ではなく医療テントでした。女性であることで望ましい機会が得られず、困難を感じながらも、彼女は常に目の前に広がる戦争の状況、真実を捉え、写真に収めることに情熱を注いでいました。
戦地を移動し、リーは初めてナパーム弾が使用された瞬間を収めたあと、偶然その場に居合わせた同じ写真家のデイヴィッド・シャーマンと仲よくなります。
それからふたりはタッグを組んで行動するようになり、心身が疲弊しながらも互いに励まし合い、どんどん独占スクープをつかんでいきます。

1945年、ふたりは何カ月もかけて自走をし、ドイツ・ダッハウ強制収容所を訪れます。そこはふたりが訪ねた朝に解放されたばかりで、荒廃した空間全体に緊張感とひどい臭いが立ち込めていました。顔をしかめながらも、ふたりはゆっくり足を進めていき、目の前の光景から目をそらすことなく、最大限被写体に近づいてシャッターを切っていきます。この残虐で凄惨な現実を確実に記録に残さねばならない、という執念が感じられた場面でした。
闘うリーの姿に感じたもの
また、リーは戦地で出会う女性、戦争の被害を受けたかつての友人に対して、常に愛情深く、献身的で強(したた)かなひとりの女性として向き合っていました。解放された収容所で、女性に対する暴力や不当な行いを目撃したとき、彼女は被害者を強く見つめたまま写真を撮り、現実と向き合っていました。この場面もとても印象的で、「絶対にこの人を、この状況をこのままにはさせない」といような彼女の決意が感じられました。
その後、デイヴィッドとリーは、アドルフ・ヒトラーがベルリンの地下壕で自死した日、ミュンヘンにある総統の別荘に入ることに成功します。そこで、ふたりは浴室に侵入し、リーはシャワーを浴び道中の汚れを落としながら、不意に総統の写真をバスタブの脇に立てかけ、写真を撮る準備を始めます。そして、デイヴィッドがシャッターを切り、歴史に刻まれた印象的な一枚『ヒトラーの浴室のリー・ミラー』の撮影をします。

戦争が終わり、ロンドンへ帰国したリーに『VOGUE』の“勝利号”が送られてきました。しかし、戦争の写真は今は不向きだと、リーの写真は一枚も載っていませんでした。このことにより、男性社会の中で、戦場で、生き抜き闘い抜いてきたリーは、「封印してはならない!」「この写真は私のものだ!」と訴え、激昂しながら自らが撮った写真を切り刻みます。
これを機に、リーは自身が幼いころに受けた虐待や戦場で目にした光景などが重なり、生涯長く苦しむことになります。
リーの揺るぎない責任感と満ち満ちた使命感、仲間や女性と連帯する力に、私は勇気づけられ、圧倒されました。
そして、映画を通して見るリーは献身的で、愛情深いだけでなく、賢明で強かな女性でした。多彩で魅力あふれる彼女の生き様は、今もなお彼女の作品などを通して大きな影響を与えているでしょう。
彼女にしか撮れなかった写真、彼女にしか書けなかったルポがあるように、私も私にしか書けない詞や文書を書き、歌を歌う、そういう生き方をしたいと思わされました。
『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』

5月9日(金)全国公開
監督:エレン・クラス
製作:ケイト・ウィンスレット、ケイト・ソロモン
出演:ケイト・ウィンスレット、アンディ・サムバーグ、アレクサンダー・スカルスガルド、マリオン・コティヤール、ジョシュ・オコナー、アンドレア・ライズボロー、ノエミ・メルラン
配給:カルチュア・パブリッシャーズ 原題:『LEE』
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