“異色の実話モノ”として話題の映画『ジェリーの災難』が間もなく公開される。
本作は、アメリカで定年退職後の男性が1本の電話をきっかけにスパイに仕立て上げられ、違法行為に加担させられた実在の事件を、その被害者であるジェリー・シューが自ら脚本・主演を務めたというもの。
物語が進むにつれ、どんどんと窮地へ追い込まれていく主人公・ジェリーについて「他人だと思えない」と言うみなみかわは、自身のある記憶を語り出す……。注目の新作映画を熱血レビューする「シネマ馬鹿一代」第10回。
「お父さんここで見てるから」
自分の人生で一番最初に自分を落としてでもウケたいと思ったのはいつだろう?
小学3年生のころ。私は近所で空手を習っていた。
通っていた小学校では、当時流行ってるとまではいかないが、数人が空手を習っており、なぜか私も通いたくなった。そして年に数回大きめの大会がありそこに参加するのが恒例行事だった。
ある大きな体育館で空手の大会があった。といっても小学生の大会だから、試合以外は学校の友達とワイワイしていた。
試合というので、父親が見に来ていたことがあった。試合と試合の間だったと思う。私はそのとき1階の体育館にいた。2階にいる父親が見えた。無邪気に手を振ったように覚えている。
すると、うしろから衝撃があった。同じ学校の同級生が私に飛び蹴りをしたのだ。前にこける私。その同級生たちはケラケラ笑っている。
先に言っておく。これはイジメなどではない。男子同士のふざけ合いだ。普段は別に普通に話す関係性。たまたまそのとき、何かの流れで私を蹴ったんだろう。「何してんねんお前!」で終わるだけの話だ。ただ。父親が見ていなければだ。
私を呼んだ父親は険しい顔で言った。
「おい。やり返せ。何してんねん。顔でもなんでもいいから思いっきり殴ってこんかい」
ブチギレている。
小学生ながら「いや、なんか温度違うんやけどなぁ」と思った。もちろん本当にイジメられていたのならそうするべきだが、本当にそのときはノリだったんだ。やられたほうが言うんだから間違いない。
今子供がいる自分なら理解はできる。たぶん私も同じ光景を見たら、むしろもっと言っている。
父親は私に厳しく言った。
「ほら。行け。お父さんここで見てるから。行け、おら。」
面倒だなぁと思った。困った私はとりあえずてくてくとその子のところに行った。その同級生も私の父親が険しい顔で何かを言っていることにに気づき、気まずそうにしていた。
とてもとても重たい空気になった。それを含めてこの空気が嫌だった。心底。
ちょっとピリリとした雰囲気から逃げ出したい気持ちと、この空気をわかってくれない大人へのモヤモヤ。そして気づく。この沈んだ空気を変えられるのは、私しかいないことに。
「お前のせいで俺の父親ブチギレてるやん! 帰ったらお前の蹴り以上の蹴りされるぞ俺!」
気づいたらおどけながら言っていた。哀れなピエロ。
もちろん父親の名誉のために言うが、父親に蹴られたことなどない。ガンコだが、至ってマジメな家族思いの父親だ。しかし私は、父親と自分を犠牲にしてでもこの空気と蹴った彼を救いたかった。
そして自分と父親も救いたかった。
子供のごちゃ混ぜになった感情を整理できる唯一の手段が、自虐でウケることだった。和やかな空気になったあと「だから殴らせろ!」と彼のポンと頭を叩いた。別段ウケもしないが、さっきまでの空気が変わった。ふわりといつもと同じ空気になった。
最近は自虐はよくないと言うが、私にとっては言葉ひとつで空気が変わる画期的なものとして、子供の自分の教訓になった。
他人のような気がしない主人公

『ジェリーの災難』を観た。
長年アメリカで暮らしてきた69歳の中国人男性ジェリーは、妻と離婚して定年退職を迎え、3人の息子たちとも離れて独り暮らしを送っていた。ある日、彼のもとに中国警察から電話がかかってきて、自分が国際的なマネーロンダリング事件の第一容疑者になっていると告げられる。ジェリーがフロリダに持つ銀行口座を通して、128万ドルが違法に移動されているというのだ。逮捕して中国に強制送還すると言われたジェリーは、中国警察のスパイとして捜査に協力することに。その後の数週間にわたり、銀行を監視して写真を撮ったり、極秘の送金をしたり、さらには隠しマイクをつけて窓口係を探ったりと、中国警察の指示どおりに潜入捜査を手伝うジェリーだったが……。
ジェリー。なんだか他人のような気がしない。

家族と自分を守りたい一心で何も言わずに奔走し、追い込まれていく。
ただただ働いて生きてきたマジメな男が一歩一歩と地獄に進んでいく。
最悪な地獄の空気の中、ジェリーがしたこととは?
私が小学生だったあのとき、体育館で放ったひと言。好転したかどうかわからない。でもそうするしかないんだ!と言ったあの光景を思い出す。

正直、今回のコラム「おいみなみかわ、なんの話なんだ?」となっているかもしれない。
しかし、観たあとなら納得してくれるはず。
ただでは転ばない男ジェリー。
短く観やすい作品なのでぜひとも観てほしい。
映画『ジェリーの災難』

3月20日(木・祝)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開
主演:ジェリー・シュー 監督:ロー・チェン 脚本:ジェリー・シュー/ロー・チェン
プロデューサー:ジョン・シュー/ロー・チェン エグゼクティブプロデューサー:ジョン・シュー/ロー・チェン
字幕翻訳:藤原由希 提供:マクザム 配給:NAKACHIKA PICTURES
【2023年|アメリカ|75分|カラー|スコープ|DCP|原題:Starring Jerry As Himself】
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